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2023年03月14日13:00

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名古屋フィルハーモニー交響楽団第510回定期演奏会②

(続き)

[3] ピアノ協奏曲《キューブ》
　　

作曲者の酒井健治は1977年大阪生まれで、フランス国立パリ高等音楽院、ジュネーヴ音楽院で作曲を学び、17年間の滞欧後、2017～20年の間は名フィルのコンポーザー･イン･レジデンスを務めた。
これ迄も世界のオーケストラで彼の作品は初演されている。今回のピアノ協奏曲はこの名フィルが委嘱した作品で、世界初演となる。
改めて書かないが、酒井は国内外の著名な作曲賞を次々に受賞してきた。

本演奏会の始まる前、彼はステージに呼ばれてインタビューを受けた。
以下、インタビューを踏まえて少しばかり書く。

この曲は2018年に書き上げられていたのだが、新型コロナの影響で2度も演奏機会が延期になってしまった。
そこで酒井はもう一度仕切り直し、大きな変更を加え、2020年に改めて完成を見た。
第1稿第3楽章の〈Xfade〉が〈Capriccio〉となり、第5楽章〈Finale〉は〈Cube〉になった。
結果、５つの楽章は、「Corona」禍にあって以下の如く全部「C」で始まる副題を持つ事になった。

第1楽章〈Cascade〉
第2楽章〈Choral〉
第3楽章〈Capriccio〉
第4楽章〈Cadenza〉
第5楽章〈Cube〉

第1楽章、フランス語の「Cascade」は連なった小さな滝の意。冒頭のピアノソロの下降音形のイメージ。
第2楽章、ドイツ語の「Choral」は言う迄もなく讃美歌や合唱。冒頭の木管楽器群による主題がコラールのように聞こえる。
第3楽章、イタリア語の「Capriccio」は奇想曲。対称の図形を音楽化した一種の遊戯とも言える。本楽章はスケルツォでもある。
第4楽章、イタリア語の「Cadenza」。ピアノがオーケストラを伴わずに自由に即興的な演奏をする。楽章に相当する程長大なカデンツァである。
このカデンツァを経て、
終楽章はピアノとオーケストラが有機的に協奏する「Cube」に至る。

酒井によれば「Cube」は２つの着想から来ている。
・1つ；
フランスの批評家が酒井の作品を「仮想物理空間」と称している。
酒井は「ある立方体が空間上に浮いた状態で激しくアングルを変えながら回転したり、ゆっくりと動いたりする姿を音で描こうと試みた」と言っている。
・2つ；
ピカソが開発したキュビスム、物体を様々な角度から見た構図を１つの画面に収める。それを音楽的に引用する。
これも酒井の発言、「一見脈絡がないパッセージが突然挿入され音楽が進行するのだが、従来の弁証法的なクラシックの語り口(*)とは異なる視点でもって、音楽の統一感を捉え直そうと試みた」。

(*)例えばソナタ形式のように、２つの対立要素の展開と解決によって音楽を形成する手法を言っているのではないか。

ピアノとオーケストラがそれぞれ意外なパッセージを生成し、協和不協和に拘泥せず、自由に動き回り、仮想空間を作っていく。古典的な協奏曲とは全く違うスタイル。
使用楽器面でも、名前だけではよく分からないものを含め、打楽器が21種類に及ぶ。
ピアノソロにも技巧的で相当に難しい部分がある。

　　

フィリッポ・ゴリーニ(1995- )はアレクサンダー･ガジェヴの代役を受けてからそう長くない期間でよくここ迄世界初演の現代曲を我がものとし、ソロをこなしたものだ。
酒井も当初は心配していたようだが、来日後最初のオーケストラとの音合わせでそれは吹き飛んだと言っていた。
ガジェヴは「同じイタリア出身で、現代音楽も得意としている、素晴らしいピアニストがいるので、この人を推薦したい」と言ってゴリーニを推した由。
シュトックハウゼン、クルターク、ラッヘンマン、ジェルヴァゾーニ等の作品の演奏、新作初演も多い。
CDではベートーヴェンの《ディアベッリ変奏曲》,《ハンマークラヴィーア》,32番のソナタを録音したアルバムがディアパソン金賞、ガーディアン紙他で５つ星。バッハの《フーガの技法》はル･モンド紙で2021年のベスト･アルバムにノミネートされた。

シューマンと酒井、全く異なる世界の２つの協奏曲を完璧に演奏し、ゴリーニはアンコールにブラームスを演奏した。
・《７つの幻想曲》Op.116より第3曲〈カプリッチョ〉ト短調

シューマンからのつながり、《キューブ》の第3楽章からのつながりを意識したのだろうか。

[4] 交響曲第5番Op.74
イギリスの20世紀の作曲家マルコム･アーノルドを一躍有名にしたのは、映画『戦場にかける橋』だ。この音楽で彼はアカデミー賞作曲賞を受賞した。
交響曲も9曲、協奏曲も様々な楽器のため12曲も書いている。
イギリスのギターの名手ジュリアン･ブリームのために書いたギター協奏曲は、LPレコードを長く愛聴してきたので、アーノルドは近しい作曲家だという感覚が私にはある。

チェルトナム音楽祭協会の委嘱で、彼は1960～61年、40歳前後にこの交響曲第5番を作った。自身この5番を、完成度が高く最も気に入っていたようだ。
プログラムで初めて知ったが、この曲は働き盛りで亡くなった4人の友人の思い出に捧げられたとの事。ここではそれら人物の詳細は省略する。
その思い出をキーにして、この交響曲は、以下４つの楽章で構成されている。

・第1楽章テンペスト―ソ(嵐のように)
無機質な短いモチーフがオーボエにより演奏されてスタートする。自由なソナタ形式によっていて、冒頭のモチーフは次第に各楽器に受け渡され変形されていき、次第に不安な空気が醸し出される。
金管と打楽器が加わってこの気分が嵐のようにドラマティックな山を形成する。
グロッケンシュピール、ベル、チェレスタが響き、クラリネットの長いソロを招来。
終結部のトゥッティでは各楽器が不協和音で喚き散らしたあと、ホルンとテューバが冒頭のモチーフを断片的に奏して消え入る。

・第2楽章アンダンテ･コン･モート～アダージョ
弦のアンサンブルの甘美な緩徐楽章。ついマーラーの交響曲第5番のアダージェットを思い浮かべてしまう。
中間部は管楽器が入れ替わりながら、チェレスタの囁きの上で素朴な第2主題を奏する。
オーボエソロのあと短調に転調し、金管が叫ぶ緊迫したサスペンス調となる。
ティンパニとハープに伴われて第1主題が回帰、弦の叙情的な歌に続いて木管が夕暮れのような雰囲気を表して終わる。

・第3楽章コン･フォーコ(火のように)
ボンゴとティンパニの連打に、金管が都会の夜のモダンなジャズダンスを踊る。一種スケルツォ的な楽章である。
トリオ部分では第1楽章のモチーフが現れ、快活だった管のメロディが諧謔的でシニカルな雰囲気に溶けでていく。
低音弦のスタッカートの持続音に再度ジャズ風なダンスが重なり、金管と打楽器の入り乱れる乱闘で突然の停止。

・第4楽章リソルート(決然と)～レント
小太鼓とピッコロが行進曲を奏する。この軽い行進曲は金管と打楽器群の荒々しく重い警句の合い間にところどころで現れ、ショスタコーヴィチめいたシニカルな風味を出しながら前に進む。
そこへ第2楽章の第1主題奏が弦に現れて滔々と歌われ、壮大な映画の大団円に終結するかと思うと、低音弦に第1楽章のモチーフが戻り、長くゆっくりと引き伸ばされ、遠い鐘の音を聞きながら曲は不安な空気の中にゆっくりと閉じていく。

指揮者の大井剛史は最後なかなか指揮棒を下ろさず、フェルマータの余韻を噛みしめた。
アーノルドの交響曲は初めて聴いたが、カラフルな色彩に富み、楽観と不安、官能とシニカル等、ダイナミックな抑揚があって面白い作品だった。
大井はやっと指揮棒を下ろし、にこやかに観客の方を振り返ったあと、オーボエの上品綾香や活躍したソリスト達を1人1人指名して立たせ、その度にホールの聴衆は喜んで拍手を送った。
加えて、今回は客演コンサートマスターの植松太郎とVnの鬼頭俊が退団する定期演奏会でもあり、演奏終了後、2人はステージの上で花束を受けた。ホールはいつ迄も拍手と暖かい雰囲気に包まれた。

〈付記〉
席は1階第6列の15番、ほぼ中央だった

〈参考資料〉
プログラム『名古屋フィルハーモニー交響楽団2022-23 SEASON 3月』～第510回定期演奏会曲目解説
　執筆谷口昭弘,茂木一衛,酒井健治,等松春夫
　発行 2023年3/10名古屋フィル

Naxos
《ブルー･カセドラル》(ママ) (J･ヒグドン)
　指揮ロバート･スパーノ
　Orc オバーリン音楽院響
　録音 2007年1/26ニューヨーク･カーネギーホール

《序奏と協奏的アレグロ》(R･シューマン)
　指揮クリストフ･ポッペン
　Pf フローリアン･ウーリヒ
　Orc ザールブリュッケン･カイザースラウテルン･ドイツ放送フィル管
　録音 2010年6/15～18 ドイツ

交響曲第5番(アーノルド)
　指揮作曲者自身
　Orc バーミンガム市響
　録音 1972年
　

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