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2022年11月28日23:10

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上京2日目～本郷界隈①

(続き)

11/24～25の上京、1日目は東大本郷キャンパス内の史跡を巡ったが、2日目は東大の西側、細い道や坂の多い本郷一帯を歩く。

8:00　ホテル内のレストラン「ルヴェンソール本郷」で朝食。
9:00　チェックアウト。

まずは、昨日休館のため行けなかった東大総合図書館に行く。

美しいシンメトリーな姿。
折角の機会であるから、ここで開催中の、没後100年記念森鷗外旧蔵書展「テエベス百門の断面図」を是非とも観ておきたい。

・会期　10/13～11/28
・入場無料

東大総合図書館は19,000冊に及ぶ「鷗外文庫」がある。
これは、関東大震災後に遺族から寄贈されたもので、和･漢･洋幅広い分野に亘る。
「テエベス百門」とは、東大医学部教授で劇作家･詩人でもあった木下杢太郎が、敬意を籠めて「森鷗外は謂わばテエベス百門の大都である。東門を入っても西門を極め難く、百家おのおの一両門を視て他の九十九門を遺し去るのである」と言った事から来ている。
「テエベス」とは古代エジプトの都テーベを指す。
今も遺跡として遺るこの大都市は、エジプト中～新王朝時代に栄え、ホメロスの『イリアス』では「100の門を持つ」と表現されている。
鷗外は軍医、官僚、作家、詩歌人、翻訳家、評論家と多面な顔を持つだけでなく、その知識･教養は驚く程広く且つ深いものだった。
この特別展のタイトルは、そうした事に由来している。

本展では、「医学生鷗外」「職務に向き合う」「知識への渇望」「人脈のなかで」「作品への通路」と５つのテーマによるコーナーを用意していて、鷗外の蔵書、自筆等、約100点を厳選、テーマに仕分けて見せる事で、彼の多面性が際立つ。
蔵書の中には多くの書き込みが見られ、また、新たに発見されたものもある。
鷗外の文字は極めて明晰で、手直しが殆どない。頭の中で文章は完成しているのだろう。書くスピードも驚く程速かったと言われている。
下は、総合図書館で新たに見つかった、洋雑誌に挟まれていた未刊草稿(部分)。

ラファエル前派のダンテ･ゲイブリエル･ロセッティ(1828-82)の父で、19世紀のイタリア統一運動時にナポリを逃れイギリスに渡ったガブリエーレ･ロセッティ(1783-1854)の中世文学論に関する逸話について書いている。
中断のあとには、息子ロセッティに言及する予定だったと考えられる。
鷗外は東京美術学校(現東京藝大)の「西洋美術史」講義でこの父子について紹介している。鷗外は殆ど同時代のヨーロッパ当代美術にも関心を向けていた事が分かる。

東大を出たあと、本郷通りを挟んで赤門の向かいにある浄土宗和順山法真寺へ。
樋口一葉(1872-96)は生涯引っ越しを繰り返したが、4～9歳(1876～81)の間はこの寺の向って左の広い土地と屋敷に住んでいた。
父は健在で東京府下級役人として勤め、副業の不動産売買も利益を出し、一葉と家族が経済的に安定していた時代である。(のち、父は自宅土地売買による資金を注ぎ込んだ新事業に失敗、負債を遺して1889年病死。)
一葉は晩年、病床で書いた雑記『詞がきの詩』で、この頃住んだ家を「桜木の宿」と呼び懐かしんだ。庭には大きな桜の木があった。
同じく最晩年の小説『ゆく雲』(1895)にはこうある、
「隣家(となり)は御梵刹(おんてら)さまにて、寺内広々と桃桜いろいろ植わしたれば、此方(こなた)の二階より見おろすに、雲は棚曳く(たなびく)天上界に似て、腰ごろもの観音さま濡れ仏にておわします。御肩のあたり、膝のあたり、はらはらと花散りこぼれて」。
下に写っているのが「腰ごろもの観音さま濡れ仏」である。

昔は低い台座に設置されていて、柄杓で水をかける事もできたのではなかろうか。
脇に「一葉塚」という石碑と、幼い一葉が読書をしている銅像があるが、つい最近造られたものだろう。サクラの木も新しい。

尚、前々日の11/23は一葉の命日で、法真寺では一葉忌が行われて賑わっていた筈である。

本郷通りを南に下り、3丁目の小間物の老舗「かねやす」の角へ。
古川柳に「本郷もかねやすまでは江戸の内」とある。
江戸時代初期、江戸が郊外に拡大する前はここらが北の町はずれだった。
漱石の『三四郎』(1908)にもこの店が出てくる。
理学士の野々宮(寺田寅彦がモデルとされる)が入院中の妹にリボンを買ったのがここだ。
「四角ヘ出ると、左手の此方側に西洋小間物屋があって、向こう側に日本小間物屋がある。」「野々宮君は、向こうの小間物屋を指して、あすこで一寸買い物をしますからね」と言い、「蝉の羽根の様なリボンをぶら下げて」「どうですか」と訊いた。

この辺りは古くは「見返り坂」「見送り坂」と言われてきた。
江戸を追放される罪人は、加賀屋敷から菊坂へ注ぐ小川にかかっていた橋(通称「別れの橋」)を限りに縁者に見送られ、自身も何度も見返した。坂の名の由縁である。
今は区の説明板があるのみで、大きな四つ角の信号の雑踏にこれらを思い起こさせるものはない。

この角を西へ、春日通りを少し行くと、「本妙寺坂上」の南東角にアライ理容店がある。

明治時代は「喜之床(きのとこ)」という名の床屋で、1908(明治41)年に幾度目かの上京を果した石川啄木は、短い間に引っ越しを重ね、翌年6月この床屋の2階に間借り、函館から家族4人を呼び寄せた。
貧困の中、望郷の念を抱きながら、ここで名作『一握の砂』を刊行するに至った。
2年後、小石川久堅町の借家へ移るが、翌1912年には、母に続き26歳という若さで没する事になる。結核だった。
啄木の足跡は、このあともいくつか辿る。

「本妙寺坂」の1本西、「真砂坂」を北へと細い道を入る。
すぐ左に「文京ふるさと歴史館」がある。
ここではミニ企画③として「樋口一葉、奇蹟の舞台～丸山福山町四番地」を開催中。
・会期　9/28～12/25

文京区の旧丸山福山町4番地は一葉終焉の地である。
ここにいたのは1894(明治27)年5/1から1896(明治29年)11/23迄。この地で一葉は24歳の若さで没する。彼女も結核だった。
ここ彼女は『大つごもり』『にごりえ』『十三夜』『たけくらべ』『軒もる月』『ゆく雲』『裏紫』等の名作を、次々書きに書いた。
1894年12月の『大つごもり』から1896年2月、未完の『裏紫』迄の11作品、この期間をのちの研究者は「奇蹟の14ヶ月」と呼んでいる。

文京区は多くの文化人が関係した土地であったから、彼等が私的に交わした手紙の類も多く遺されていて興味深い。
例えば、一葉から半井桃水(なからいとうすい)への心の籠った書簡。
19歳の一葉が小説家として立つため、1891年に師事したのが東京朝日新聞専属作家だった桃水である。
しかし、2人の付き合いは「萩の舎」内で醜聞となり、主宰者である中島歌子等に交際を反対される。やむなく一葉は翌1892年6月、桃水と絶縁。
が、その後も手紙の遣り取りは続いていた。
本館で展示されているのは1894年、21歳頃のもので、さらさらと美しい草書でしたためている。
桃水の体調を気遣うに、なるだけ恋愛感情は外に出さぬようにしているが、下線の言葉にその何とも強い思いが漏れ出てしまっている。
「その後、ご病気はどのように、お出あそばし候哉」。
「(中略)あまりお夜更かしなどは、お毒にござ候。
吹(く)風寒き此頃の空には、殊にご病気後のおん身思われ参らせ候。
お大事の上にもお大事にあそばし候よう、神かけ祈り居(り)候」。
適宜句読点を入れ、字を補い、漢字をかなに、かなを漢字にする等した。

浅草の鷲(おおとり)神社の境内にある石碑に彫られた、同じく一葉から桃水宛ての書簡も、桃水の体調を心配する内容で、恐らく本館展示品と近い頃に書かれたものと思われる。
以下参。
　https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1970170881&owner_id=3341406
このレポートは、丸山福山町に越す前、一葉が吉原近くの龍泉寺町に住んでいた頃にスポットを当てている。

他に、坪内逍遥から森鷗外宛の手紙(1891)、二葉亭四迷から鷗外へのハガキ(1907/四迷がベンガル湾上で客死する前年)、石川啄木から鷗外へのハガキ(1908/蓋平館時代)、夏目漱石から鷗外宛の礼状ハガキ(1920)、等々。
鷗外は多忙な生活にあっても手紙のやりとり等、極めて律儀に行っていた。
啄木のハガキには歌が書かれている。
若いにも関わらず彼は鷗外宅における「観潮楼歌会」のメンバーになった。
啄木が初めて観潮楼を訪れたのは1908年5/2、22歳の時で、与謝野鉄幹に伴われて歌会に参加したのである。
陸軍省のトップ医務局長であった鷗外(46歳)は、若い啄木の才能を見抜いてつきあった。

(続く)
　

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