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2022年11月20日21:44

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小説『偶然の家族』落合恵子

落合恵子(1945- )の小説『偶然の家族』を読む。
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1990年に発行されたものだが、2021年になって復刊された。
復刊されるに当たって冒頭に一節を書き足し、新たに「あとがき」も加えた。

足された4ページでは、1989年に6歳だった滋少年は37歳になっている。
滋は、同じアパート榠樝荘(かりんそう)の住人だった当時58歳の夏彦に宛ててメールを送った。夏彦は89歳になっている。
滋はアメリカのポートランドで研究者として暮らしている。新型コロナの状況や、トランプ支持者の連邦議会乱入事件が近況として差し挟まれていて、登場人物達がまるで今も生きているかのように感じられる仕掛けとなった。
「あとがき」には、7人の登場人物が今どうしているか短く紹介されている。
滋は彼等を今も「家族」と呼んでいる。もっとも1人は亡くなっているのだが。
榠樝荘の住人である夏彦と平祐(当時66歳)は同性愛のカップルだし、恭子(当時38歳)はシングルマザーで滋を育てていた。

1989年、榠樝荘は東京の中野にある洋館風の建物で、庭には武蔵野の面影を残すような樹々が生い茂っており、周囲とは全く異なる風情だった。
住人は皆、普通の家族という枠からはみ出してしまった人達で、現代でも日本において彼等はマイノリティーであり、30余年前に書かれた物語は今も古びていない。
残念ながら日本社会はこの30年間停滞したまま。皮肉な事だが、この小説が復刊され、再び読者を惹き付けている由縁はここにある。

落合は「血縁」に対して「結縁(けちえん)」という言葉を対置させている。
血縁は、古い制度や倫理によってどんなに閉塞していても、選ぶ事ができない。そういう泥沼の中で窒息状態にもがく人は今も多い。
血によらない新しい家族を新たにつくりあげる事はできないものか、それが落合の思いだった。
落合自身、婚外子で、母一人子一人の環境下に育ち、母は神経症に苦しんだ。

榠樝荘の人達は皆、古い家族関係に痛みや違和感を感じ、そこから飛び出して偶然ここに集った。
性別も上下関係もなく、美しいものささやかなものに共感し合い、年の差があっても相手の人格を尊重し、話しを聴き、励まし合う。それでいて個の生活に踏み入らない節度。こうして7人は新しい関係を築いていった。
庭の四季の木々や草花、鳥や虫達を愛おしむ暮しが優しく描かれる。
料理は皆で作り合い、大テーブルを囲み、季節毎の魚や野菜を愛でる事の歓び。
滋の小学校の参観会には恭子以外に姓の違う3人の男達も出席した。滋はハラハラしながらも、クラスでそれを誇りに思う事になる。
ここに描かれているのは、新時代の家族と呼んでいいものかもしれない。

人と人のつながりが希薄になっていきがちな現代、こうした生き方に教えられるところは大きい。
あなたはそれでいいんだよと背中を叩いてやりたい人は、私の周囲にも何人かいる。
彼等にこの小説を勧めてやりたいと思う。


『偶然の家族』
 執筆 落合恵子
 復刊発行 2021年3月、東京新聞
 
〈参考資料〉
中日新聞2021年3/28「書く人」〜『偶然の家族 血縁を超え築く関係』
 執筆 矢島智子
 
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