西暦2022年弥生蝶人狂言綺語&バガテル―そんな私のここだけの話第405回
○友人の銀婚式を祝うスピーチ
田中君、そして奥さんの郁子さん、このたびは銀婚式おめでとうございます。私は田中君の高校時代からお付き合いをさせていただいております門と申します。*1
こうやってお二人が並んですわっていらっしゃる姿を拝見しておりますと、いまからちょうど25年前のあの日の姿が昨日のことのようによみがえってきます。*2
今だから申し上げますが、このお二人を結びつけたのは、他ならぬ私と家内なのです。いや、正確には音楽の神様ミューズのなせる業だったのです。
当時音大のバイオリン科を出てから勝手きままな独身生活をエンジョイしていた田中君の行く末を案じた私ども夫婦は、ある日自宅に彼を招待しました。
なんにも知らないでやってきた田中君を待ち受けていたのは、才色兼備のひとりの女性でした。当時、郁子さんは私の家内と同じ音大を卒業されてピアノの教師をされていました。
その晩、食事を終えた後私たち夫婦のすすめで田中君と郁子さんは、ベートーベンの「クロイツェル・ソナタ」を合奏してくれましたが、それははじめての顔合わせとは思えぬ見事なものでした。
昔の中国に*3「琴瑟相和す」という言葉がありますが、まさに初対面のふたりはバイオリンとピアノでお見合いをし、たちまち恋に落ち、熱情的に愛し合うようになったのであります。*3
「始めは処女のごとく、終りは脱兎の如し」とは、まさにその折のふたりの演奏を的確に捉えた表現と申せましょう。これを「音楽の奇跡」といわずしてなんというべきでしょうか。
25年前の結婚式は、ご親族に私たち友人を加えた少人数で小さな教会で挙行されましたが、その後のパーティで再び演奏された「クロイツェル・ソナタ」は、愛することのよろこびが爆発的に表現された一世一代の名演でありました。あれがビデオに収録してあれば、といつも家内が惜しんでいたほどの素晴らしさでした。
それからのおふたりの活躍については私よりも皆さんのほうがよくご存知でしょう。
田中総司&郁子のデュオは、国内のみならず世界各地で好評を博し、とりわけニューヨークのカーネギーホールで行われたリサイタルは、ニューヨークタイムスに取り上げられて絶賛されました。*4
私と家内は、このような世界的な演奏家コンビの生みの親であることを誇りに思っています。田中さん、郁子さん。どうかこれからもお元気で充実した演奏活動を続けてください。そして、今夜私たちの思い出の曲「クロイツェル・ソナタ」を演奏してくださいますようお願いしまして、お祝いの言葉に代えさせて頂きます。
○アドバイス
*1 25年間の長い歴史を振り返って、エポックメーキングな思い出を拾い上げてみよう。
*2 友人との密接な関係をできるだけ客観的に、面白く紹介すると会場の雰囲気も盛りあがってくるだろう。
*3話し言葉の中で漢語や熟語の決り文句を挿入してみよう。説得力が高まりスピーチが立体的になる。
*4物語のエピーローグは、ふたたび友人と話者の強い絆の再確認と今後の健康、活躍への期待で結ぶとよい。25年目の現在でこと足れりとせず、それ以降のアクティブな活動を視野に入れてスピーチできればなおよい。
ロシアには殺したい奴が一人いる口には出さぬが皆そう思う 蝶人
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