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2020年05月06日21:04

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村上龍「MISSING」失われているもの

「心はあなたのもとに」も「オールドテロリスト」もよかった。しかし、村上龍はこうじゃないだろう、と感じた。
そしてやはり、村上龍は村上龍だった。

父親の死によって、自分が十分歳を重ね、さまざまなものを失いながら日々を過ごしている、と感じる「私」は、好きな音楽も過去の象徴のように感じられ、心療内科に通うようになる。(心療内科に通うことなどとくに珍しくもないし、そもそも小説なのだが、あの「コインロッカーベイビーズ」や「5分後の世界」の村上龍しか知らない読者には意外かも知れない)

幼い頃に教師の母親とともに過ごす時間が少なかった「私」は、永遠に続く夕暮れが欲しいその代わり幸福は求めない、と願った。午前や昼間に訪れて通り過ぎてゆく幸福(母親の勤める学校の職員室で昼食時だけ母親と過ごすことが出来た)は幻影なのだから、ひたすら怖ろしい夜ではなく夕暮れを欲したときに自分は既に「抑うつ」を選択したのだ。
幸福に言葉はいらない。その対極にある「夕暮れ」言葉を組み合わせて虚構を紡いでいくこと、を自然に選択した。

「私」は心療内科医に、あなたは睡眠と覚醒の境界が曖昧なときだけかすかな安堵を得られる、精神的に不安定な自分だけが本当の自分だということもわかっているはずだ、と言われる。そして、表層で安堵を求めているが心の深い部分で安堵する自分を許せないと決めている、と。

「記憶として強く刻まれ、決して消えることがないのは、残像となった、失われたものの記憶だ。正確には「失われたもの」ではない。残像が存在しているので、それは常に「失われているもの」という現在形になる。今も、今後も、失われたままなのだ」
「いずれにしろ、現実の戻れるかどうか、考える必要はない。現実とは何か、はっきりしない。はっきりしないものには意味がない。現実には、意味がないのだ」

ああ、村上龍の真実はここにあったのか。
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