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2018年10月30日11:35

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漱石の「夢十夜」を読んで 

照る日曇る日 第1155回

毎日毎晩の夢を枕元で記録して「夢百夜」というタイトルで連載するようになってほぼ10年になるが、その元祖、本家本元である漱石の「夢十夜」を久しぶりに読んでみた。

「こんな夢を見た」で始まる「第1夜」は、仰向けに寝た女(どことなくそれからの三千代、或いは漱石の嫂、或いはミレイのオフィーリアを思わせる)が死んで100年目に蘇る話だが、これが圧倒的に浪漫的で耽美的で物悲しく、わずか1200字余りの掌篇であるが、もしかすると漱石の最高傑作ではないだろうか。
こんな夢を本当に見たとしたら、もうそれだけで死んでもいいと思うに足りる珠玉の名篇である。

「第2夜」は難解な公案を出されて恨む侍の話で、おそらく若き日の円覚寺参禅の体験が夢に出てきたのであろう。「父母未生以前の自己如何」と問われて正解できる人なんかいるのだろうか? 
ここで主人公は侍を侮辱した和尚を殺そうとまで思いつめるのである。

「第3夜」は怖い。これ以上の怪奇小説はないといっていいほど怖いので、まだの人は読まない方がいいだろう。
背負った子供が「文化5年辰年だらう」と断言するあたりが一等怖い。私も人を殺す寝醒めの悪い夢を見るたことはあるが、こんな夢だけは見たくないものである。

「第4夜」も怖い。
「深くなる。夜になる。真っ直ぐになる」と唄いながら川の中に沈んでいく爺さんはいったい誰だろう。

「第5夜」はどこか「走れメロス」に似ているが、結末は正反対の壮絶な大悲劇であり、「天探女は自分の敵である」という結語の切れ味が最高である。

「第6夜」は運慶の創造の秘密の話だが、これは漱石の小説にも出てきた話柄のような気がする。また同じ趣旨の話を幸田露伴や谷崎潤一郎も書いていたのではなかったか。

「第7夜」もまるでポオの怪奇小説を思わせる恐ろしい話で、あたかも自分が早まってタイタニック号から飛び降りたような背筋の寒さを味わえる。
いやあ漱石の夢って怖いですねえ。

「第8夜」は本郷の散髪屋「喜多床」へ行ったときの実体験か。
床屋の親父が「今日はよいお日和ですね」と話しかけたら、漱石はそんな余計なことは言うなと窘めたそうだ。

「第9夜」は漱石が母から聞いたという悲しい話。
出征してすでに戦死している夫の無事を祈ってお百度を踏む妻の姿は哀れを誘う。

最後の「第10夜」はレミングのように暴走する豚の大集団に襲われ、懸命に豚の鼻ずらを叩いて海に落すが、多勢に無勢、とうとう豚に舐められて命を落とす庄太郎の話。
可哀想の話なのだが、そのくせユーモラスなところが面白い。


   「右翼とは席を同じうせず」てふ奇妙な悪癖今に残れり 蝶人

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