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2018年09月26日10:57

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短歌研究社文庫版「塚本邦雄全歌集第2巻」を読んで

照る日曇る日第1143回

本書には著者の24の序数歌集のうち第4歌集の「水銀傳説」、第5歌集の「緑色研究」、第6歌集の「感幻樂」の三大歌集を収めている。

いずれも著者壮年期の代表的な作品であり、「水銀傳説」ではかのランボーとヴェルレーヌのベルギー逃避行に自らを仮託した一連の歌、

 五月新緑みなぎる闇に犯しあふわれらの四肢の逆しまの枝
 巴里の勞働者に榮ありて喘ぎつつはこぶ氷の死にたる眞水
 詩と絶縁して地の果てにむかふわれ眼窩、蜂窩のごとくかわき

「感幻樂」では、ローマの狂乱の堕帝ネロに託して詠んだ作品群が無尽蔵の文藻詩想を爆裂を四散させている。この歌人はバッハと違って、みずからが立ち上げた主題による変奏がことのほか見事なのである。

 青麦に黒麦まじる罰の愛 イエス胸ぬめらかにほろびき
 霜月の半童貞の腰縊る革帶のカンガルーの人肌
 世界より逸るるばかりををとこらがかなしき肉のほかのゆふすげ

本書ではこの他に、「碧川瞬 青春歌集」という付録がついているが、これはなんと塚本邦雄17歳の昭和13年春から21歳の18年2月までの、「若書き歌集」なのである。

 苦しさはダミアの聲のいと暗う心に胸に沁むる暮方
 セヴィーリァの夏の日暮のときめきか紅薔薇投げしカルメンの唇
 生けるもの皆死ねかしと想ふ日ぞ空暗く風荒び魂ぞ潰ゆ
 母病みぬ振れど下らぬ水銀の鈍き光に涙溢れぬ
 寒夜深し須臾の快樂にわが若き血は汚すまじ澄める星空
 徴用延期と力一ぱい書き撲れば鉛筆の芯がポキッと折れたり
 満員の飯屋に食めば傍には我が席空くを只管待てる人

「解題」の島内景二氏は、この最初期歌集のなかに、のちの傑作の萌芽があるとして、盛んにその因果関係を探っておられるが、それは牽強付会というもので、これくらいの作品なら当時の文学青年ならだれにでも詠めただろう。

その文学的価値を云々するよりも、むしろ戦中の関西の若き肉体労働者の切実な生活体験の記録として、ありのままに受け取ればよろしいのではないだろうか。

また島内氏は、ランボー対ヴェルレーヌの関係では、寺山修司&岡井隆がランボー、塚本邦雄はヴェルレーヌ側に立つと断言されているが、そうだろうか? わが塚本選手はそのような安直かつ機械的な裁断から遠く離れて、ある時はランボー、またある時はヴェルレーヌになるという、自由自在融通無碍な両性具有の人であったのではないだろうか。


 3月にタカギさんが69歳で死んでいた 知らないでも別にどうということなく世間が
 回っていくことが恐ろしい 蝶人


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