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2017年08月09日23:50

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TBSK管弦楽団 第6回定期公演より交響曲第1番(エルガー)を中心に

TBSK管弦楽団については、今年1月初旬の日記に書いた。
2017年で初めて行ったコンサートが、その第7回定期演奏会だった。
参)http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1957974214&owner_id=3341406
「TBSK」とは、愛称「てばさき」だとの事、ユーモアたっぷりだ。

日記でも触れたように、この管弦楽団のメンバーの親御さんが知り合いだった為、公演の情報を頂き、聴きに行ったのだった。

その後、TBSK管弦楽団の過去の公演の模様を収録したディスクを貸して頂いた。
しばらくばたばたしていたので遅くなったが、そのディスクから少しずつ聴き始めている。

これも日記に書いたように、第7回のテーマが「フランス」だったのに対し、第6回は「イギリス」だった。
その「イギリス」プログラムの内容は、印刷物上の情報があったので、前掲の日記に概略を書いているが、もう一度詳細を記しておく。

・ホルスト / 作曲1914〜16年、初演1918年
組曲《惑星》op.32より、第1曲〈火星〜戦争をもたらす者〉、第6曲〈天王星〜魔術師〉、第2曲〈金星〜平和をもたらす者〉、第3曲〈水星〜翼のある使者〉

・エルガー / 作曲1897〜99年、初演1899年
メゾソプラノと管弦楽のための連作歌曲集《海の絵》op.37

・エルガー / 作曲1907〜08年、初演1908年
交響曲第1番変イ長調op.55

指揮 久世武志
メゾソプラノ 片野田名帆子
ゲストコンサートミストレス 三ツ木摩理
演奏 TBSK管弦楽団
収録 2016年8/14、ミューザ川崎シンフォニーホール公演

意思の籠った選曲で、それが既に大きな魅力である。
国内にはプロ・アマ様々な演奏団体があるが、誰もが知る名曲を並べただけのようなプログラムも多く、チラシやサイトの告知を見ただけで食傷する。
是非聴きに行ってみたいと思わせる、きらっと光った選曲の演奏会は数少ない。
今回のように強い意思のあるプログラムは、その演奏会を乗り超える度に、団員を成長させるに違いない。


エドワード・エルガー(1857-1934)は、これ迄に《エニグマ変奏曲》op.36(作曲1898-99)、チェロ協奏曲op.85(1918)等をCDで聴いているが、交響曲は初めてだ。
チェロ協奏曲のCDは、ジャクリーヌ・デュ・プレとジョン・バルビローリの名演だった。
エルガーが交響曲第1番を作曲したのは1907〜08年にかけて。初演は1908年、この曲を献呈されたハンス・リヒター(1843-1916)の指揮、ハレ管弦楽団の演奏で行われた。この時エルガー既に51歳。

今回は、この交響曲第1番を中心に書く事とする。

改めて時代を俯瞰してみると、1905年にはR・シュトラウスの歌劇《サロメ》が初演された。世紀末はこの作品で終ったという考え方がある。
1907年には、ピカソが《アヴィニョンの娘たち》を描いた。命名は後だが、これが「キュビスム」最初の作品となる。
翌1908年、シェーンベルクがソプラノ付き弦楽四重奏曲第2番の終楽章で無調に到達した。
1910年、カンディンスキーの手により抽象絵画が生まれ、1913年には、ストラヴィンスキーのバレエ《春の祭典》が初演された。
そして、翌1914年、第1次大戦が勃発する。
ヨーロッパは直接の戦場となり、近代科学による大型殺戮兵器によって膨大な数の命が失われ、人類の進化に対する盲信の時代は終わりを告げ、文化的潮流が断絶する等、大きな影響を受けた。
エルガーの交響曲第1番はこうしさたさなかで作曲されたのである。

エルガー作品の主たるものは、1899年以降1920年迄の間に殆ど作曲された。年齢で言うと42歳から63歳の21年間の事で、若い頃にはあまり見るべきものがない。エンドラインの1920年は、彼の妻キャロライン・アリスが死んだ年である。

エルガーは、初期、標題音楽、物語のある音楽を好んで書いたが、交響曲第1番を手掛ける前に、絶対音楽に回帰した。
それ以降の彼の音楽は、ブラームス(1833-97)との親近性を指摘される事が多い。
英国エルガー協会会員である等松春夫によると、「1905年バーミンガム大学に創設された音楽学講座の初代教授として招聘されたエルガーは”音楽の最高の形態は標題のない絶対音楽、すなわち交響曲である”と語り、ブラームスの交響曲第3番とモーツァルトの交響曲第40番の詳細な楽曲分析を行っている」との事だ。
当時ベルリンフィルの常任指揮者だったアルトゥール・ニキシュ(1855-1922)はエルガーを評価してドイツで演奏を行い、交響曲第1番を「ブラームスの第5交響曲」と称したと伝えられる。

拝借したディスクで交響曲第1番を聴いていると、確かに弦の歌等でブラームスを想わせるところがある。
しかし、ものは言いようで、まさにニキシュと同じ理屈でエルガーを評価しない人もいるのだ、つまり、新しさがない、と。
20世紀初頭の芸術の潮流について先に概括したが、そうした際立った前衛性はエルガーにはない。

だが、R・シュトラウス等、エルガーに革新性を認める発言があるのも確かだ。
例えば、曲全体に繰り返し現れる循環主題の手法、”Last desk”と彼が呼んだ変わった管弦楽法等。
ただ、漫然と見聴きしていたのでは、後者の効果等、客席の聴衆にあまりよく伝わらないだろう。大向こうを唸らせるような、派手な革新手法ではない。
循環形式も、ルネサンスの「循環ミサ」に始まりを見る事もできなくないし、ベートーヴェン(1770-1827)やベルリオーズ(1803-69)、フランク(1822-90)や超保守派のサン=サーンス(1835-1921)に見る事もできる。
必ずしも新奇な手法ではないが、エルガーはこの交響曲第1番で、循環主題を、様々な場所で様々に変容させている。
終楽章では、まず序奏部のレントで断片的にそれを見せておいて、アレグロに突入した後は、当楽章本来の第1主題第2主題を競い合わせ、その混沌の闇から循環主題が凱歌のように姿を現わす。実によく練られている。、

何しろ管弦楽の分野で殆ど初めてイギリスをヨーロッパの第一線に押し出し作曲家である。ドイツやオーストリア、フランス等の音楽大国とは違い、イギリスでは、ルネサンスの時代こそ、エリザベス朝の下でミサ曲を多数書いたウィリアム・バード(1543?-1623)、リュート曲と世俗歌曲をたくさん書いたジョン・ダウランド(1563-1626)等、多くの作曲家がいたが、その後、音楽の発展期、大型化を迎えた時代には、バロック期にヘンリー・パーセル(1659-95)を見るくらいで、古典からロマンを通して、これという作曲家がいない。
バロック末期にドイツからヘンデル(1685-1759)が、古典時代にオーストリアからハイドン(1732-1809)が招聘され、謂わばその穴埋めを求められた恰好である。

このような現象が起こった原因として、1641〜49年のピューリタン(清教徒)革命がしばしば挙げられる。
革命を牽引したオリヴァー・クロムウェル(1599-1658)はチャールズ1世を処刑(1649)、後、1653年には護国卿となって独裁的な政治を進め、カトリック時代からの人々の娯楽(音楽,演劇,飲酒,賭博等含む)を禁止した。
急進的なカルヴァン派プロテスタントだった彼は、教会の偶像だけでなく、オルガン迄破壊させ、イギリスの音楽家の多くは国外へ逃亡するハメになった。
1660年に王政復古されるが、世情は安定せず、イギリスに大作曲家が復活するのは、何とこのエルガー(1857-1934)を待たねばならなかったのである。

エルガーが自らに課したのは、何よりもイギリス人としてヨーロッパ中に知られる作曲家となる事だったろう。それは、イギリスの聴衆の思いと全く同じだった筈だ。
だから、クラシック音楽のヒエラルキーの頂点にある交響曲の第1番をエルガーが書いた時は、イギリス国民の歓びは特別だった。

大陸側では、音楽史の長い蓄積の上で世紀末を終え、新時代の音楽を求める機運が既に勃興している。
しかし、イギリスでそうした機運が熟するのは、エルガーの後のヴォーン・ウィリアムス(1872-1958)、この定期公演でも取り挙げているグスターヴ・ホルスト(1874-1934)、更にベンジャミン・ブリテン(1913-76)を迎えてからやっとである。
20世紀初頭における音楽史上の潮流の現れ方は、したがって、イギリスと大陸とではかなりギャップがあったという事を、我々は意識しなければならないだろう。

先にも述べたが、プログラムはオーケストラを育てる。
全てを順追って見ている訳ではないが、TBSK管弦楽団員は、このコンサートを契機に、西欧音楽史におけるイギリスの特異性、その中でのエルガーの位置付けを学び、また、循環形式等エルガーの音楽の特徴を学んで、それを演奏した歓びと伴に一段と成長したに違いない。
ディスクを通して演奏しているメンバーの表情を見ていると、彼等の音楽をする歓びを感じないでいない。


2015年3/15、新宿区新宿文化センターにおける第4回定期演奏会はテーマが「アメリカ」だった。
そのディスクの中からは、アルベルト・ヒナステラ作曲のバレエ組曲《エスタンシア》だけ拾い聴きした。

同年12/27、ミューザ川崎シンフォニーホールでの第5回「ドイツ・オーストリア」からは、R・シュトラウスの歌劇《サロメ》より〈七つのヴェールの踊り〉と、ホルン協奏曲第1番だけまず聴いた。
もう1曲のメインをそのうちに聴き、またレポートしたいと思う。

今後も、よいプログラムを作り、成長を重ねていって欲しい。
 
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