照る日曇る日 第910回
哲学的紀行文「紀州」、佐藤春夫、谷崎潤一郎などの作家論を集めた「物語の系譜」その他の雑篇からなる本巻では、部落問題の本質に迫った「紀州」の最終章も興味深いが、もっと刺激的なのは、古今東西の文献や思想を自在に引用しつつ、おのれの固有の文学論を図解入りで縦横無尽に語った「物語の系譜」の中の折口信夫篇である。
ここで著者はギリシア神話、フロイト、デリダなどを引き合いに出しながら、物語は「親(王」と子(王子)と語り手」から構成される3角関係を基軸にして音の波動のように回転し、果てしなく蛇行を繰り返しながら疾走する、と述べています。すべての物語の主人公は子供であり、みなし児、私生児である子供は親を殺し、物語は、子のために語り手が語るという偽装をしている、というのですが、なんのことやら分からん方はぜひ本書を手に取ってください。
そんなことより私には著者が引用した以下のような路地の老女の唄「兄妹心中」が面白かった。
さても珍し兄妹心中
兄が二十一 妹が二十
兄のもんてん妹にほれて
それがつもりてご病気になりて
ソリャ、ヨイヤマカドッコイサノセ
これさ兄さんご病気はいかが
医者を迎おか介抱しよか
医者も薬も介抱もいらぬ
私の病気は千夜でなおる
千夜いやなら一夜をたのむ
そこでおきよはびっくりいたし
これさ兄さん何言やしゃんす
私とあなたはご兄妹なかよ
以下延々と続きますが、この紀州の路地の盆踊りの兄妹心中歌を読解する著者の手つきがいかにも鮮やかで、作家ならではのユニークな文学原論を展開しています。
さ、もうお時間が参りました。御用と御急ぎのない方はインスクリプト版第四巻の306ページあたりを紐解いてくださいな。はい、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。
我ながら良く出来た文章が消えちゃったなかったことにして別の文書く 蝶人
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