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2009年05月04日22:54

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【旅行】 関西「乗り鉄」三昧 (その2)

8.粟生→北条町→粟生→加古川→明石

次に乗るのは北条鉄道だ。時刻表を見るとタイミング悪く次の発車まで1時間近くもあり、何もない駅でボンヤリと待つことになる。それならば、神戸電鉄を1本くらい遅らせても良かった。北条鉄道は1時間に1本程度だ。

北条鉄道の切符は売っていないので車内で運賃を払うことになる。乗ったのは10:08発の北条町行きである。編成は1両のみで、全国の第三セクター鉄道に共通のLEカーである。フラワ2000という形式らしい。意外と乗車率が良く、定刻に発車。こういうローカル線に乗るといつも同じ形容になってしまうが、車窓は長閑な田園風景だ。神戸電鉄のような山間風景ではなく、広い平坦な田畑が広がっている。特に大きな変化もなく淡々と走っていく。小野市を抜けて加西市に入ってもあまり変わらない。22分ほどで終点の北条町に着いた。

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(北条鉄道フラワ2000(粟生))

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(北条鉄道フラワ2000(北条町))

北条町駅はもっと寂れた終着駅を予想していたが、駅もきれいで、周辺もある程度栄えているように見える。駅前にあるビルは加西市立図書館とめひめホールである。「めひめ」とは播磨風土記に記されている「根日女(ねひめ)」の伝説であり、根日女と2人の皇子(顕宗天皇、任賢天皇の二皇子)との美しくも悲しい恋物語である。加西に伝わる悲恋のヒロインという訳だ。駅前の加西市観光案内図を見ると、近くにフラワーセンターがある。これが車両形式「フラワ」の由来だろうか。それ以外に案内図で目に付くのはゴルフ場で、加西市はゴルフ場で持っている市なのかと思う。

北条町10:42発の北条鉄道で粟生まで戻る。今の時間帯はこの1両が単純に往復しているだけのようで、帰りも同じ車両になる。粟生からはJR加古川線に乗り換えるが、今度は3分の接続で、ほとんど待たないで済む。この3分の間にJRの切符を購入する。加古川線はICOCAエリア外なのである。JRでどこまで行くか数秒考え、明石までにした。粟生から650円である。千円札を出すと、窓口氏は「1000−650=?」を2〜3回電卓を叩いてようやく導き出し、無事350円の釣りを受け取ることが出来た。暗算で瞬間的に出来る計算も、間違いがないように電卓を使っている訳だ。おかげで3分の接続時間をフルに使うことが出来、再び改札を入ると同時に加古川行きがやって来た。

加古川行きは11:07発で、エメラルドグリーンの2両編成の電車である。先ほど北条鉄道に乗る時に架線があるのに気付いたのだが、加古川線も今は電化されている。以前乗った時はまだ電化されていなくて、ディーゼルカーが走っていた。電化後に乗るのは初めてである。乗車率はかなり良く、ロングシートの座席はほぼ埋まり立ち客も何人かいる。田舎のディーゼルカーから都会の電車に変貌したようだ。加古川市内に入り加古川を渡ると厄神。ここから出ていた三木鉄道は廃止されている。厄神で上下列車の交換待ちのため少々停車する。25分ほどで加古川に到着した。加古川駅も高架ホームになっていた。

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(加古川線(加古川))

加古川線から山陽本線へは中間改札がある。無人駅の多いローカル線とICOCAエリアの接点なのである。粟生→明石の切符を持っているので、そのまま通して山陽本線のホームへ。11:38発の新快速近江塩津行きに乗車する。滋賀県の北部まで行くロングラン列車だが、2つ目の停車駅明石で降りてしまう。明石で降りたのは、ここでちょうど正午近くになることと、山陽電鉄に乗り換えられることの2つの理由がある。その1つ目をまずは実施する。駅近くに居酒屋が並んでいるが、そのうちの1軒の「備長扇屋」に入る。居酒屋のランチメニューは、質・量ともハズレがほとんどない。以前ならここでビールも飲んでしまうところだが、今は昼間のアルコールは自粛している。誘惑に負けず食事のみとした。

9.山陽明石→梅田→河原町・・・祇園四条→清水五条

山陽明石駅はJR明石駅のすぐ隣りにある。大阪、京都方面に行くにはJRの新快速を使った方が早いのだが、私鉄を使って変化を楽しみながらノンビリと行きたい。山陽明石12:32発の直通特急阪神梅田行きに乗車する。来たのは阪神の車両である。山陽姫路−阪神梅田の直通運転はだいぶ前に始まったが、山陽姫路−近鉄奈良の直通運転もいずれ実現するだろうか。実際の直通運転はないが、名古屋から姫路まで私鉄だけで線路がつながっており、結構すごいことだと思う。

JR山陽本線とずっと並行しながら東へ進む。舞子公園付近では明石海峡大橋が見える。舞子公園、山陽垂水、山陽須磨と停まり、月見山に停車。いつの間にか月見山にも特急が停まるようになっていた。板宿から地下に入り、西代を通過してここから神戸高速鉄道の線路になる。高速神戸で車掌が山陽電鉄の人から阪神の人に交代したようだ。そのまま昨日も通った阪神線を進み、終点の梅田に到着した。

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(梅田行き直通特急(山陽明石))

今回予定していた関西の未乗線への乗車は一応終わった。このあとの予定は特にないが、とりあえず京都に行くことにした。京都へのルートも選択肢がいくつかあるが、まだこの旅行中に乗っていない阪急を使うことにして、阪急の乗り場へ向かう。阪神梅田と阪急梅田はJR大阪駅をはさんで反対側にあり、乗換えは少々歩くことになる。

9本の線が並ぶ阪急梅田駅にはいつも圧倒される。京都線のホームに行き、13:50発の特急河原町行きに乗車する。新しい車両(9000形?)のようだが、クロスシートが主体であるものの、一部ロングシートの3つドア車であり、以前の特急車両である6300形に比べると、格が下がったような気がする。梅田は神戸線、宝塚線とともに3線同時に発車した。淀川を3線並んで快走する光景は圧巻だ。十三に停まり、このあと、淡路、茨木市、高槻市、長岡天神、桂、烏丸と停車する。以前の急行並みだ。十三を出たら京都市内の大宮までノンストップで行ったのは過去の話である。これは阪神間と同じで、両都市間を早く結ぶだけの競争は止めて、沿線利用者の便利に重点が移ったということだ。

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(阪急特急河原町行き(梅田))

高槻市を過ぎると車窓風景が変わり田園風景になる。大阪府と京都府の境の辺りで新幹線とピッタリ並んで走るところがあるが、丁度タイミング良く横を新幹線が追い抜いていった。京都市内に入り地下にもぐり終点の河原町で下車する。

河原町駅を降りて四条大橋で鴨川を渡る。鴨川の河畔では風流を楽しんでいる人が多い。橋を渡ると京阪の祇園四条駅がある。この前まではただの「四条」だったが「祇園四条」に改名された。隣りの「五条」も「清水五条」となっている。この駅名を見た瞬間、久しぶりに清水寺に行こうと決めた。祇園四条14:56発の普通電車で隣りの清水五条まで乗る。三条、祇園四条、七条には特急が停まるのに清水五条だけ停まらないのも不思議だ。

10.清水寺

駅名は「清水五条」に変わったが、清水寺までは20分ほど歩く。五条通を東に進み、五条坂を少し登って清水新道(茶わん坂)の方に入る。茶わん坂経由の方が若干近道である。そして帰りに土産店の並ぶ清水坂を通るのが基本だ。清水寺については今さら説明するまでもないが、宝亀9年(778年)、延鎮という僧が、音羽山で金色の水流を見出しその源をたどっていくと、滝行を行い千手観音を念じ続けている修行僧行叡に出会い、行叡が観音の化身であったと悟った延鎮は、千手観音像を刻み、行叡の旧庵に安置したのが清水寺の始まりであるという。その2年後、鹿を捕えようとして音羽山に入り込んだ坂上田村麻呂は修行中の延鎮に出会い、殺生の罪を説かれ観音に帰依して観音像を祀るために自邸を本堂として寄進した。清水寺では行叡を元祖、延鎮を開山、田村麻呂を本願と位置づけている。清水寺は世界遺産に登録されており、本堂は国宝、境内の建造物は重要文化財に指定されている。

境内は人通りが多く、修学旅行の中学生から高齢の方まで、国籍も様々だ。仁王門から中に入り、右に三重塔を見る。さらに奥に進み、国宝の本堂に行く。有名な「清水の舞台」の上である。清水の舞台からの眺めは非常に良い。清水の舞台から飛び降りたら気持ちいいかもしれない(?)。相変わらず人は多いが、風が心地良い。奥之院へ進み、「清水」の由来である音羽の滝を見て、ゆっくりと戻ってきた。修学旅行以来約30年ぶりの清水寺だった。

 少々歩き疲れたので丁度あった「六花堂」で、宇治金時を食べながら休憩する。土産店の並ぶ清水坂を下りる。特に買物はせずにそのまま通り過ぎ、五条坂を下りて五条通を通って京阪の駅に戻った。

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(清水寺西門(重文))

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(清水寺三重塔(重文))

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(清水寺奥之院(重文))

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(清水寺本堂(国宝))

11.清水五条→丹波橋→淀屋橋→中津・・・梅田→南方・・・西中島南方→中津

清水五条16:57発の普通電車に乗る。丹波橋で特急に接続するので乗り換えた。特急はやや混雑していて座れなかったが、普通電車で淀屋橋まで行くのは時間がかかり過ぎるだろう。特急はこのあと、中書島、樟葉、枚方市、京橋と停まって、あとは淀屋橋まで各駅に停まる。いつの間にか樟葉にも停まるようになったようで、やはり停車駅が増えている。しかし停車駅が増えたおかげで途中駅での乗客の入れ替わりがあり、枚方市からは座ることが出来た。萱島から複々線区間に入り京橋に到着。ここでかなりの客が下車する。天満橋から地下に入り中之島線と分岐して、終点の淀屋橋に到着した。

淀屋橋から地下鉄御堂筋線で中津に向かう。今日の宿は中津駅近くにあるホテルコムズ。以前、三井アーバンホテルと言っていたが名前が変わったようだ。駅と地下で直結している。荷物を置いて食事に出る。ブラブラと歩いていたら「阪急かっぱ横丁」に出た。この中を素通りするのは困難だ。結局軽く1杯ということで、「串茶屋」で串かつとビール。先客は少し離れたところに座っていた中年の男女だったが、どういう関係だろうか。男は普通のサラリーマン風、女はやや「お水」な雰囲気があるが、案外普通の夫婦だろうか。なお「軽く1杯」は、しばしば「3杯程度」という意味になる。金曜日の夜なのに客が少ないなと思ったが、店を出る頃、若い男女1組と若い男性サラリーマン1人が入ってきた。

帰りはまた歩くのも面倒だし、地下鉄の駅に行くのも面倒なので、阪急で中津に戻ることにした。もっとも阪急中津駅は地下鉄の中津とやや離れているのだが、梅田から歩くよりは近いはず。しかし、乗った電車は京都線の普通で、中津を通過することに乗ってから気付いた。仕方ないので南方まで行き、御堂筋線に乗り換えて中津まで戻ってきた。梅田から中津までこんな乗り方する人はたぶんいないだろう。

12.中津→なんば→天王寺→和歌山

2日土曜日、今日は休日ダイヤだ。ホテルで朝食を取りチェックアウトする。地下鉄の中津駅にそのまま抜けて、さて今日はこれからどうしようかと少し考える。今日中に帰れば良いので、すぐに新大阪に向かうこともない。ここで思い出したのが和歌山電鉄だ。南海貴志川線の時代に乗ったことがあるが、経営が変わってから乗っていない。岡山の路面電車の会社(岡山電気軌道)が親会社になっているのも不思議だし、「いちご電車」や「たま駅長」など話題も多い。

御堂筋線でなんばまで行く。ここから南海で和歌山市に行こうと思ったが、和歌山電鉄はJR和歌山駅から出ているので、JRで行った方が良いと思い直し、再び御堂筋線に戻り天王寺まで行く。天王寺から和歌山までは阪和線で行けるが、特急があれば乗って行こうと思う。しかし和歌山方面の特急は新大阪か京都始発なので、この連休の最中に天王寺から自由席に座れる確率は低いと考え、指定席を確認する。今度の特急は8:49発の「くろしお3号」だが、辛うじて指定席はあった。ただし、最後の1枚である。買った瞬間に全席売切れとなった。

「くろしお3号」は天王寺始発でないので、阪和線の櫛形ホームではなく、大和路線(関西本線)などの発着するホームから出る。ホームに行くと、まだ発車まで時間があるのに自由席乗り場は長蛇の列で、指定を取っておいて正解だった。間もなく「くろしお3号」新宮行きががやって来た。

天王寺を定刻の9:49に発車し、音程のずれた鉄道唱歌のオルゴールが流れる。車掌も「本日の指定席はすべて売切れです。また自由席も混雑しており申し訳ございません」と案内しているが、天王寺を出てもなぜか空席があった。日根野から乗ってくるのだろうか。和歌山までは途中日根野のみ停車する。天王寺を出て我孫子町あたりまではゆっくりと走る。前に各駅停車が詰まっているようだ。杉本町で追い抜き、ようやくスピードを上げた。大阪南部の郊外風景が淡々と続き、関空連絡の日根野に停車。しかしここから乗ってくる客はほとんどなく、まだ空席はあった。指定券を買っても乗っていない人が何人かいるのだろう。日根野を過ぎると風景が変わり、海側の南海線に対し内側を走る阪和線は山間の風景になる。山中渓を過ぎて和歌山県に入り、紀ノ川を渡り紀伊中ノ島から市街地に入ると間もなく和歌山に到着だ。

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(L特急「くろしお3号」(和歌山))

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(和歌山駅)

13.和歌山→貴志・・・甘露寺前→和歌山

久しぶりの和歌山なので、一旦改札を出て駅前を一回りする。和歌山電鉄は10:20発だ。日中は30分に1本である。ホームに行くと、意外と人が多かった。停まっていたのは「たま電車」で、貴志駅の「たま駅長」にちなんで登場した新しい電車のようだが、中に入って驚いた。外見を猫風の絵を入れたりするのはいいが、車内も猫の「たま」だらけ。椅子まで作り変えて、ちょっとやり過ぎのような気がする。しかし、この「たま電車」を目的に乗りに来る人は多いらしく、2両編成の電車は家族連れを中心に予想外の混雑だ。定刻の10:20に和歌山を発車した。

2つめの日前宮で和歌山行きとすれ違ったが、あちらは旧南海時代のままの車両で、その方がいいと思った。とりあえず終点の貴志まで乗ることにする。和歌山電鉄は和歌山以外は無人駅であり、降車時に運転席後ろの料金箱に運賃か切符を入れるようになっている。交通センターに着く時、「交通センターも無人駅です。降車の際は前の車両より運転手に運賃をお支払い下さい」と、この駅に限りわざわざ案内しているので、大量に降りるのかと思ったら、なんと1人の下車客もなかった。その際の運転手氏の苦笑いが印象的だった。さらに「伊太祁曽でいちご電車と交換しますが、いちご電車に乗り換える方は、時間がなく危険ですので、1つ手前の吉礼でお願いします」などという。そんな乗り方をする人が少なからずいるということだろうか。車両に乗ること自体が目的の、半ば「遊園地のでんしゃ」になっている部分もあるように感じてしまう。こんな車両に乗っているせいだ。もちろん地元の利用客も普通にいるのだが、なんだか落ち着かない。伊太祁曽ですれ違った「いちご電車」は、外観は「いちご風」にしているが、車内の雰囲気はごく普通なように見えた。この「たま電車」だけがちょっとやり過ぎのようだ。

その伊太祁曽は和歌山電鉄の本社があり、沿線の中心駅ということで、結構客の入れ替わりがあった。山東を過ぎるとここだけやや駅間が長く、一瞬山の中の雰囲気になる。次の大池遊園からは和歌山市を抜けて旧貴志川町、現紀の川市内に入る。途中の各駅の鄙びた雰囲気も良く、この「たま電車」にさえ乗っていなければ、ローカル私鉄の雰囲気をノンビリと楽しめただろうと思う。実際、南海貴志川線時代に乗った時はそうだった。終点の貴志に到着。ホームにも人があふれている。

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(和歌山電鉄「たま電車」(和歌山))

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(和歌山電鉄貴志駅)

ホームの改札口横に「駅長室」があり、ここに猫の「たま駅長」がいる。みなの目当てはこの猫だ。「たま」は寝ているが、写真を撮る人でまた長い列が出来ている。「フラッシュを焚かないで下さい」の注意書きを無視している人のなんと多いことか。これでは猫がかわいそうだ。もともと貴志駅に居ついてしまった猫が、「駅長」に祀り上げられて客寄せに使われている訳だ。某国営放送の撮影スタッフも来ていたが、電鉄側の人とちょっと揉めていた。車が邪魔になっているとか、打ち合わせもせず勝手に撮っているとか、そんな感じの話だ。どうも「たま」のせいで和歌山電鉄の印象が悪くなってしまった。正確には「たま」のせいではなく、「たま」に群がる人々のせいだ。猫に罪はない。

折り返しの「たま電車」を見送る。次は普通の電車が来るはずだ。次の電車までまだ時間があるので、ふと時間つぶしに隣りの甘露寺前駅まで歩いて行こうと思った。貴志駅の喧騒から逃れたかったのもある。駅間距離は長くないが、線路に沿って道がある訳ではない。あちこち曲がりいつの間にか人の家の庭に入ってしまうような、勝手の分からない土地の道を歩いて、なんとか甘露寺前駅の近くまで来たと思ったら、ちょうど和歌山行きの電車が目の前を通過していった。走っても間に合わないので、もう30分待つしかなくなった。今度は「いちご電車」が来るはずだ。

甘露寺前駅に着くと、今の電車から降りてきたと思われる中年女性の方から「平池公園はどちらですか?」と訊かれた。平池公園自体を初めて聞くので、残念ながら的確な回答は出来ない。甘露寺前駅は隣りの貴志駅の喧騒とは打って変わって、静かな無人駅である。誰もいない駅で静かに次の電車を待つ。これがこの線の本来の姿だ。やがて貴志行きの「いちご電車」がやって来た。これが折り返し、和歌山行きになって来るのである。この電車から降りてきた中年男性の方から、今度は「貴志川高校はどちらですか?」と訊かれた。もちろんこれにも回答不可能なのでそう答えるしかないが、同じ駅で2回も道を訊かれるとは、よほど地元の人に見えたのだろうか。確かにこの駅には「たま」目当ての客は寄らないだろうけれど。

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(和歌山電鉄甘露寺前駅)

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(和歌山電鉄「いちご電車」(甘露寺前))

電車が来る時刻が近づくと、中年の男性と高校生がホームに現れた。「いちご電車」の和歌山行きは甘露寺前を11:58に発車。席は8割方埋まっている程度で、あまり混雑していなかった。外観、内装ともイチゴをイメージしてあるが、「たま電車」に比べるとずいぶん大人しい感じで、これなら何の問題もない。妙に落ち着いてしまった。行きは気が付かなかったが、大池遊園の池にはボートを浮かべて遊ぶ光景も見られた。今どき珍しいかもしれない。伊太祁曽で大勢降りた。やはり目的はここですれ違う「たま電車」のようだ。結局ほぼ地元の利用客ばかりになった車内で、普通のローカル線の雰囲気になって、終点の和歌山まで戻ってきた。

和歌山では改札口で運賃を払うと「清算済券」をくれる。これでJRの自動改札を出ることが出来る。ちょうど昼時なので、駅の地下街にある店で食事をする。

14.紀和→和歌山市→難波→新大阪→新横浜

あとは帰るだけにするが、帰りはやはり南海にしようと思う。和歌山から和歌山市までは30分に1本しか電車がなく、タイミング悪くたった今行ったばかりだ。ここで待っていてもいいが、隣りの紀和駅まで歩くとちょうどいいと思い、歩き出した。道は分かりやすい。中之島の交差点を過ぎると高架線が見えた。ここもいつの間にか高架線になっている。間もなく紀和駅が見えたが、気が付かないで通り過ぎてしまいそうな駅だ。かつては和歌山駅と称したこともあるとは思えない寂しい駅である。「和歌山駅」は何度か移転して今の駅に落ち着いたのだが、紀和駅の存在価値はどうなのだろうか。1日の乗降客も100人に満たないようだが、それも分かるような気がする。

紀和駅には自動券売機もなく、和歌山市−和歌山はICOCAエリアからも外れているので、何もないコンクリートのホームがあるだけだ。紀和駅に着くと3分後に電車が来るというベストタイミングだった。13:13発の和歌山市行き2両編成が、定刻より2分くらい遅れてやって来た。車内は意外と混雑している。和歌山−和歌山市間の利用の需要は結構あるようだ。紀和駅からは乗ったのは2人だけだった。車掌から和歌山市までの切符を買うと間もなく和歌山市に着いた。

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(JR紀和駅)

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(和歌山市行き紀勢本線(紀和))

改札を出て南海の時刻表を見ると、いいタイミングで「特急サザン」がある。「特急サザン」は自由席4両、指定席4両の8両編成だが、料金のいらない自由席車両はロングシートの普通の4つドア通勤車、指定席車両はリクライニングシートの1つドア特急車とギャップが大きい。そのギャップを楽しむために、もちろん指定席を確保する。難波まで運賃+500円である。

13:30発の「サザン28号」は間もなくやって来た。予想通り指定席車がガラガラだ。今まで何度か乗ったことがあるが、サザンの指定席車が混雑していた記憶はない。もともと2両だったのを4両にした訳だが、2両でも十分なくらい空いている。1両に数人しか乗っていない。ゆったりとした気分で難波に向かう。孝子峠を越えて大阪府に入り、みさき公園に停車する。ここを過ぎると海が見えてくる。JR阪和線と違って海が見えるのが良い。このあと、尾崎、泉佐野、岸和田、堺、天下茶屋、新今宮に停まる。これも以前より停車駅が増えている。阪和線の特急よりも停車駅が多く時間もかかるが、特急を停めるような駅のある町が、南海沿線の方に多いということである。和歌山市から57分で難波に到着した。


(南海サザフォトン28号(和歌山市))

このあと地下鉄御堂筋線で新大阪に向かう。新大阪始発の15:47発の「のぞみ242号」で帰ることにする。ゆったりと静かに帰りたいのでグリーン車にした。連休の最中なので、家族連れや騒がしい団体に合う可能性も低いグリーン車の方がいい。空いた車内でゆったりと2時間17分くつろぎ、新横浜で降りた。
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