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2026年01月23日21:33

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【雑記】 ギフテッドの光と影(1)

先日、『ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち』 (阿部知美、伊藤和行著/朝日新聞出版)という本を読んだ。なんとなく書店で見かけ、手に取って内容を見たら、自分の子供時代にも似たようなことがあったことを思い出した。そんな訳で当時を振り返ってみたい。

私は幼稚園に入る前に、平仮名、片仮名はもちろん、漢字も結構読み書き出来ていた。幼い頃から鉄道好きの芽はあったようで、漢字は駅名や路線名などから学んでいたようだ。さらに、数字もきちんと理解していたし、足し算や引き算くらいは出来ていた。英語のアルファベットも理解し、簡単な英単語も知っていた(英語の絵本があったのを覚えている)。これが普通だと思っていたので、幼稚園に入ると、平仮名もきちんと書けない同年齢の人がいるのが不思議でならなかった。

親の話によると、幼い頃の私は何かというと「あれは何?」、「それはなぜ?」と問う子供だったらしく、親もだいぶ困ったらしい。ただ、本人は知らないから聞いているだけであり、新しい知識を吸収していたのである。

ちなみに幼稚園は引っ越し時期と重なった関係で6月からの中途入園だった。近くの幼稚園には入れなかったので、家から2kmくらい離れた幼稚園に行くことになり、もちろん幼稚園バスで通うのである。その初登園日に「脱走事件」を起こした。途中で抜けて勝手に家まで歩いて帰ってしまったのだ。初めて行った場所から正確に自宅まで歩いて帰ったのであるが、そんなことより幼稚園は大慌てとなった。これはその後も幼稚園で語り草になっていたらしく、それから20年近く経って、創立何十周年だかの記念誌を出す時に私にも原稿執筆依頼があり、「あの脱走事件のことも書いて」と言われてしまった。

あと、絶対音感もあったようだ。家におもちゃのピアノがあり、鍵盤が七色に色分けされていて、それで色を覚えたらしいのだが、音を聴いただけで何色か答えられたらしい。

小学校に上がると、さっそく授業が退屈になった。授業中は落ち着きがなく、ふざけたりして、このことによって他の人からも距離を置かれることになっていった。3年生くらいになると、班決めの際など最後まで残るようなこともあったし、授業中にふざけている罰として、どの班にも属さない「1人班」にさせられたこともあった(当時はこんなことも普通にやられていたのだ)。クラスの「反省会」では「悪者」にされる常連であった。

話は戻るが、2年生の時に自転車で転倒して大怪我をして入院し、2ヶ月学校を休んだ。ちょうど算数では九九を集中的に教わる重要な時期で、この時にまるまる学校に行かなかったのだが、すでに九九はマスターしており、それどころか桁数の多い四則計算もできていたので、何の問題もなかった。そのあと(3年生かな?)2桁の掛け算になった時、「20 × 30 はいくつになるでしょう。班で話し合いましょう」から始まったのだが、同じ班の人は60と主張し、これが班の答えになってしまった。勉強は出来ないが気が強い女子が「私の言うことが聞けないの?」と言ったのだ。こんなこともあり、この人たちと話しても無駄だと思うようになってしまった。

算数のテストは満点が当たり前で、漢字テストでも「習っていない漢字」も書いたりして、追加点をもらったりした。(「習っていない漢字はやめましょう」という指導をしているところもあると聞くが、当時はそんなバカなことはなかったようだ。)

そんな訳で学校で浮いた感じだったが、家では父が買ってくれた『なぜなに理科の学校』という本に興味を持った。1年生向けから6年向けまでそろっているのだが、3年生くらいまでに6冊全部読み終えてしまった。基本的な原理や法則は理解したが、理論にとどまらず、実際に電磁石を応用したベルなどを有り合わせの材料で自作したりもした。これは父の助けもあったが、理系分野に興味を持つ布石が出来たといえるだろう。

小学校高学年になると、少し状況が変わった。授業中にふざけることはなくなった。そして今度は自分で月刊誌を作成したのだ。企画、執筆、編集、製本まで一人でこなした。パソコンなどない時代だから、文字は手書きで、絵や写真は切り貼りである。1冊しかないそれを毎月クラス中に回覧したのだ。「学研の科学」等を参考にした解説記事や、クイズのようなもの、また自分で連載漫画を描き、自分で作詞作曲した歌の楽譜を載せたりもした。半年くらい続いたと思う。クラスの人からは好意的だったが、別の意味でまた「浮いた存在」になったかもしれない。

ちなみに作詞作曲のはじまりは、クラスでのしりとり歌合戦がきっかけだ。相手の歌い終わった文字から始まる歌を歌わなければならないが、「ち」で始まる歌が思い付かず「ちりがみ交換の歌」を即興ででっち上げた。もちろん「そんな歌ないよ」と負けになったが、その日のうちにササッと譜面に落として、次の日に「ほら、ちゃんとあるだろう」と、その楽譜を示したのだ。

他にも細かいことをいろいろ思い出すが、きりがないのでここまでにする。まあそんな幼稚園から小学校時代だった。


(中学時代編に続く)
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