昨日今日と1月にしては暖かい日だった。そんな天候とは関係ないが、今日は日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会に行った。
プログラムは次のとおりである。
・ファジル・サイ:チェロ協奏曲「Never give up」
・ショスタコーヴィチ:交響曲第15番
指揮:広上淳一/チェロ:カミーユ・トマ
会場:サントリーホール (14:00 開演)
開演時刻になり演奏者と指揮者が揃うと、チェロ奏者のトマがマイクを取って「こんにちは」と日本語で挨拶し、続けてこれから演奏するサイの「Never give up」についての解説を英語で行った。これは予想していなかった。この作品はサイがトマのために書いたもので、人間の声に近いチェロの音が表すのはまさに人々の思いであり、トマの母国のフランスやサイの母国のトルコで起きたテロ事件を扱い、決してあきらめるなという自由と平和への思いを込めた作品であるという。(英語でなんとか聞き取ろうとしたが、結局このあと広上氏が通訳してくれた。) もちろん私自身も初めて聴く曲である。
曲は3つの楽章からなり、チェロの独奏で演奏が始まる。トルコの民族音楽の要素も取り入れているのだろうか、アジア的響きもところどころ混じったように聞こえる箇所もある。第2楽章は静かな哀歌の楽章だが、テロを表しているのか、その静けさを打ち破るように打楽器の強打が不意を打つ。そして最後は、川のせせらぎの音と鳥の声が流れる中、自然と人間が混じり合いながら明日への希望へと導いていくのである。深いメッセージが伝わってくるような演奏であった。
このあとはアンコール演奏があった。トマが日本語で「ありがとうございます」と挨拶したあと、J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲第1番より前奏曲と、続けてピアッティの無伴奏チェロのためのカプリース第7番を弾いてくれた。アンコールが2曲もあったのも嬉しい。もちろんも素晴らしい演奏だった。
休憩のあとはショスタコーヴィチの第15番だ。こちらも作曲者のメッセージが込められた作品といえるだろうけど、それが何なのか謎めいているような感じである。ロッシーニの「ウィリアム・テル」やワーグナーの「ニーベルングの指輪」からの引用があったり、自身の作品の断片を盛り込んだりして、それがどういう意図なのかすぐには分からないところがある。皮肉を込めつつ不条理への闘いを挑んでいるともいうけれど。
第1楽章はなんとなく楽しげでありながら、どこか人を食ったような感じがショスタコーヴィチっぽいのだが、第2楽章ではコラールのあとのチェロ独奏が何かを思うように静かに語りかけ、曲の最後も静かに消え入るように終わるのである。プログラムにも「謎が謎を呼ぶ」というようなことが書いてあるけど、いろいろ考えるとそうなってしまうだろう。聴く人それぞれの想いと重ね合わせて、それぞれの解釈をすればいいのかもしれない。
これで演奏が全て終わったが、最後に広上氏が花束を2つ持ってステージに戻ってきた。本日の演奏会をもって退団する2名の団員に渡すもので、その2名からそれぞれ挨拶があり、最後に広上氏が締めて終わりとなった。「音楽がなくならない限り世界が終わることはない」ということが、今日演奏した2曲にも絡めての締めの言葉だった。
今日はいろいろと中身の濃い演奏会だったと思う。
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