梅雨入りしてから関東地方は毎日のように雨が降っていたが、今日は久しぶりの晴天である。どこかにぶらりと出かけたくなって、とりあえず新宿駅まで行くと、臨時特急「あやめ91号」の文字が目に付き、ふと鹿島神宮に行きたくなった。
新宿駅ホームに行くと、間もなく「あやめ91号」が5両編成で入ってきた。自由席車両の5号車に乗車する。定刻の8:29に新宿駅を出発し、中央線内はゆっくりと走って秋葉原、錦糸町と停車する。この2駅からも少し乗ってきて自由席車両は70%位の乗車率になった。指定席車両は満席だという。意外と乗車率がよいようだ。船橋、津田沼、千葉、佐倉、成田と停車駅も多いが、途中駅での客の出入りはあまり多くない。ずっと郊外の住宅地が広がっていたが、佐倉あたりまでくると車窓は田園風景になる。成田では9分も停車するが、ここで「成田エクスプレス」に追い抜かれた。「あやめ91号」は特急ではあるが、のんびりと行くのである。香取を過ぎて利根川を渡ると茨城県だ。次の潮来でかなりの客がおりた。特急の名前の由来になった「あやめ」に因んだ場所で、ここに行くための特急なのである。終点の鹿島神宮で下車した。
(鹿島神宮に到着した「あやめ91号」)
(鹿島神宮駅)
鹿島神宮駅で降りるのも久しぶりである。駅名の由来である鹿島神宮には実は行ったことがなかったので、今日は行くことにした。駅周辺には目立ったものもなく、鹿嶋市の市街地からも離れている。まさに鹿島神宮のための駅なのである。神宮坂を登っていくと、しばらくして塚原卜伝の像が現れる。生涯一度も負けたことがないといわれ、「剣聖」とも呼ばれる鹿島が生んだ剣豪である。「鹿島新当流」は県の無形文化財にもなっている。卜伝の言葉に「剣は人を殺める道具にあらず、人を活かす道なり」というのがある。「無手勝流」の話もこれに通じる。船で居合わせた血気に逸る若者が卜伝に勝負を挑む。卜伝は「船上では他の人に迷惑がかかるからあの島におりよう」という。島に着くや若者はすぐに船を降りるが、卜伝は降りずにそのまま船を出してしまう。悔しがる若者。「戦わずして勝つ、これぞ無手勝流の極意なり」という訳だ。
(塚原卜伝の像)
坂を登り切ったところにはサッカーボールのオブジェがある。「鹿島アントラーズ栄光の碑」だ。こちらはさすがに「負けたことがない」とはいかないが、伝統あるチームである。Jリーグには興味ないので、現在どの程度のチームなのかは分からない。
さて、間もなく大鳥居が見えてくると鹿島神宮だ。鹿島神宮は武甕槌大神を御祭神とし、その事歴は皇紀元年、すなわち紀元前660年まで遡る。伊勢神宮、香取神宮と合わせて三大神宮と呼ばれる。関東で生まれ育ちながら、今まで行ったことがなかったのは不思議だが、ようやく訪れることが出来た訳だ。手水で手を清め、重要文化財となっている楼門をくぐる。まずは本殿にお詣りだ。本殿は、本殿、拝殿、石の間、幣殿から成り、いずれも重要文化財である。本殿の向かいには宝物館がある。300円を納めて中に入ると、中には刀剣の展示が多い。とくに刀身が2.25mもある日本最大最古の直刀には圧倒される。これは国宝に指定されている。また、安政の大地震の後に描かれたという「鯰絵」も展示されている。ナマズが集まって大神に「地震を起こしてしまってすいません」と謝罪している絵など、どこかユーモラスである。狛犬の像も多く、刀剣、鯰、狛犬と、特徴的な展示の宝物館である。
鹿島神宮は広く、さらに奥の森まで奥参道が続いている。途中に鹿園があり鹿とも対面する。鹿は天照大神の命を伝えにきた天迦久神が鹿の神霊であり、そのため鹿は鹿島神宮のお使いである神聖な動物とされている。もともと鹿島の森には鹿が多く棲息しており、「鹿島」という地名もそこから来ているのだろう。鹿園は売店でエサを買わないと中には入れない。外から見るだけになる。これは変なものを鹿に勝手に与えないようにする配慮であろう。
さらに奥に進むと奥宮がある。徳川家康が本殿として奉納したものを、元和の造営の際に引き移したものである。この奥宮からさらに奥に行くと大鯰の碑があり、要石と呼ばれる石がある、これは掘っても掘り切れない石で、鹿島七不思議の一つとなっている。この要石が鯰の頭を押さえて地震を防いでいるという。 (しかし、東日本大震災では鹿島地区も被害を受けてしまった。)
奥宮の処に戻り下に降りていくと御手洗池がある。神職や参拝者の潔斎の池で、「美しく澄み絶えず滾々と流れ出る霊泉」である。宮造の折に一夜にして湧出し、「大人小人によらず乳を過ぎず」ということで、これも鹿島七不思議の一つに数えられている。ここから先は森があるばかりだ。この鹿島神宮の森も県指定の天然記念物になっている。古来より自然そのものを神として来た日本人である。神の森と呼ぶにふさわしい荘厳な雰囲気が感じられる。
(鹿島神宮楼門)
(鹿島神宮拝殿)
(鹿島神宮鹿園)
(鹿島神宮奥宮)
(鹿島神宮要石)
(鹿島神宮御手洗池)
鹿島神宮を出る頃にはとうに正午を過ぎていた。さすがにお腹が空いていたので食事をすることにし、室町時代創業という蕎麦屋「よしのや」で、美味しいを蕎麦をいただく。食べ終わって駅の方に向けてゆっくりと歩いていくと、「ミニ博物館ココシカ」というのが目に付いたので中に入ってみる。入場は無料だが、丁寧なガイドまであってうれしい。今年は12年に1度の御船祭が行われるそうで、その祭の様子を展示も含めて詳しく説明してくれた。御船祭とは、龍頭の御座船に御神輿を奉戴して出船し、香取神宮にて御迎祭が奉仕される、鹿島と香取の両神の交流の祭である。「9月2日に是非おいで下さい」と言われたが、平日だしどうしたものか。ココシカの向かいは「卜伝にぎわい広場」というイベント広場になっている。卜伝の生涯を紙芝居風にした展示もあって面白い。駅に近いところには城山公園がある。鹿島城(吉岡城)の城址公園だ。北浦を眺めると鹿島神宮の一の鳥居が見える。この鳥居は水上の鳥居としては最古であるという。
(ミニ博物館「ココシカ」)
(城山公園からの眺め)
鹿島神宮駅に戻ると、東京駅行きの高速バスの乗り場があった。JRよりも本数が多くて料金も安く、所要時間もほとんど変わらない。帰りは高速バスを使うことにした。JR関東バスの東京駅行きは数人の客を乗せて駅を出発した。このままガラガラに空いたままでは気の毒だが、鹿嶋市、神栖市、潮来市の市街地をめぐり客を拾っていく。鹿島神宮駅前は何もなくて寂しいが、市街地はかなり栄えていることを初めて知った。神栖市内も同様である。神栖へはかつて鹿島臨海鉄道が1日3往復しかない、客がほとんど乗らないローカル列車を走らせていたが、そのイメージとは違っていた。神栖市内のホテル前からはかなりの乗車があり、車内は80%位の乗車率となった。潮来ICから東関東自動車道に入り、あとは東京駅までノンストップだ。約2時間で東京駅日本橋口に到着した。東京と鹿島地区の往来はJRより高速バスの方がはるかに良さそうだ。バスを降りると、厳かな鹿島神宮の森から都会の喧騒の中に戻された。
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