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2009年04月12日01:06

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【散策】 小江戸佐原散策

すっかり暖かくなった春の陽気に誘われて、今日は北総の小江戸、佐原に出かけることにした。

まずは、上野から京成スカイライナーで出発だ。もちろん成田空港に行かず京成成田までである。9:20発のスカイライナー13号に乗車する。ホームに下りると、相変わらず警備員がいて物々しい。春休みと黄金週間の間だからなのか、休日だというのに車内はガラガラだった。日暮里でもあまり乗って来なかった。東京の下町を抜け、千葉県の近郊住宅地を抜け、しばらくして車窓が長閑な田園風景に変わると間もなく京成成田に到着だ。

JR成田線の時刻まで20分ちょっとあるので、表参道のあたりに行ってみると、今日は「成田太鼓祭り」ということらしく、賑やかな様子だった。少しだけ見てJRの駅へ向かう。銚子行きの成田線はロングシート車両の5両編成である。立派な高架線の成田空港へ向かう支線を分岐すると単線になる。あとは長閑なローカル線の雰囲気だ。30分ほどで佐原に到着した。

佐原駅に降りるのは久しぶりだ。佐原市も、小見川町、山田町、栗源町と合併して今は香取市になっている。「佐原市」の名前は残して欲しかったが、香取神宮の存在が大きいのか、郡名の香取が新市名になった。佐原駅は雰囲気のいい駅で、小江戸散策の入口に相応しい。「佐原駅」の文字が暖簾に書かれているのが少々わざとらしい気もするが。

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(成田線で成田から佐原へ)

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(佐原駅)

まずは駅前の道を真っ直ぐに進む。地図好きな人なら絶対に外せない場所に、最初に行くことにしたのである。諏訪公園にある伊能忠敬銅像である。伊能忠敬は延享2年に上総国に生まれ、佐原の名主伊能家の養子となり酒造業を営んだ。50歳で隠居したが、それからがすごい。江戸で高橋至時に天文学を学び、55歳の時に北海道南岸の測量を開始、そのあと73歳で亡くなるまでの17年間、日本全国の測量を続け、日本地図を完成させたのである。今の高度な測量技術で作られた地図と比べても全く遜色ない正確な地図であり、まさに大偉業と呼ぶに相応しい。これだけの偉大な仕事を隠居後に行ったというのも頭が下がる。自分も定年後に何か大きな仕事が出来るだろうかと考えると、とても無理だ。銅像の台には「仰瞻斗象俯畫山川」の文字が見える。天を見上げては地図を描く、というような意味である。

伊能忠敬先生に挨拶をした後は、近くにある諏訪神社へ行く。鳥居をくぐり長い石段を登ったところにある。小野川より西側の鎮守、氏神で祭神は建御名方神(大国主命の子)である。伊能家の氏神として奉還したのが始まりと言われている。人気もなく静かなところであった。お参りをして少々休憩した。

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(伊能忠敬銅像)

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(諏訪神社の石段)

石段を下りてさらに進むと、次に見えるは酒造所だ。東薫酒造、馬場本店酒造と続く。この馬場本店は天和年間に創業した老舗で、勝海舟が逗留したということで、大吟醸「海舟散人」という銘柄のお酒が造られている。「見学はご自由にどうぞ」の看板があったので、中を覗いてみる。昔からの酒造りの道具などが展示されているが、誰もいないため勝手に上がり込んでいるような気がして落ち着かない。入口の販売コーナーにも誰もいないが、どこかに外出中なのだろうか。

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(馬場本店酒造)

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(馬場本店酒造にて)

いよいよ佐原の古い町並みに入る。趣のある建物が並んでおり、左側には福新呉服店、小堀屋本店、正文堂書店、右側には中村屋商店等があり、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。しかもこれらの文化財級の建物が、今も普通に営業しているお店であるというのが良い。この町並みの中心にあるのが忠敬橋、その橋が架かっているのが小野川である。

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(忠敬橋)

忠敬橋から少し進むと伊能忠敬旧宅がある。無料で中に入ることが出来る。忠敬が30年余りを過ごした母屋と店舗がそのまま残されており、その母屋は忠敬自身が設計したという。裏庭に回ると「伊能忠敬先生之像」と、その隣りに「この一歩から」と書かれた碑が見える。まさにこの一歩から偉大が業績が完成したのである。なお地元では敬意を持って伊能忠敬先生と呼んでいるようで、「先生」という文字を付して書かれているものが多い。

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(伊能忠敬旧宅)

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(伊能忠敬旧宅にて「この一歩から」)

伊能忠敬旧宅から樋橋を渡ると伊能忠敬記念館がある。なお、樋橋は別名「じゃあじゃあ橋」とも呼ばれ、農業用水を通す橋であり、30分おきに滝のようにじゃあじゃあと水が落ちることからそう言われる。「残したい日本の音風景100選」にも選ばれている。伊能忠敬記念館はもともと旧宅の敷地にあったものを対岸に移設したもので、建物は新しい。入場料は大人500円である。忠敬の生涯と偉大な業績を知るためにも、佐原に来たら入らない訳には行かない場所であろう。佐原時代の50年間と隠居後の全国測量、そして伊能図の完成と、忠敬の生涯と業績が余すところなく紹介されている。

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(伊能忠敬記念館)

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(佐原の町並みと小野川)

このあたりで昼食にしようと思う。すでに正午を過ぎている。たまたま目についた「ふじ蔵」というお店でふじ蔵どんを注文。北総鶏と野菜の乗った丼でなかなか美味しかった。これも由緒ある建物のようで、店内の様子から明らかに元は薬屋だったと思われる。そこで帰りがけに「ここは元々薬屋だったの?」と聞いてみたが、お店の若いオネエチャンは、「さあ、よく分からないんですけど」とのことだった。他のお客にも何か聞かれて「ちょっと聞いてきます」と奥に確認に行ったりしてたし、少し興醒めだ。

まだまだ由緒ある建物は続く。ひと際目立つ洋風煉瓦造りの建物は三菱館だ。三菱銀行佐原支店の旧本館である。現在は市に寄贈されて「町並み交流館」という観光案内所になっている。

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(佐原三菱館)

佐原の町並み散策を堪能したあとはゆっくりと駅に戻る。まだ時間も早いので、隣りの駅の香取まで行くことにした。成田線に乗って香取駅で下車。ここは無人駅だった。香取神宮をイメージしたのか、やや異様な赤い駅舎である。佐原駅周辺と比べると香取駅周辺は寂しい。香取神宮の最寄駅だが歩いていくと遠いので今日はやめた。たぶん、佐原駅からバスを使った方が行きやすいだろう。その代わり、折角降りたのだから利根川の方まで歩いていく。目当は津宮河岸の浜鳥居だ。利根川から上がって神宮に向かう入口ということなのか、利根川の河岸に大きな鳥居が立っている。

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(香取駅)

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(津宮河岸の浜鳥居)

香取駅に戻るが、次の電車までだいぶ時間があるので、待合室でボーっとしていた。こういう時間もいいものである。鹿島神宮から来た佐原行きの電車が来たがこれは見送り、その後の千葉行きに乗車する。そのまま各駅停車で千葉まで行き、総武線各駅停車に乗り換えて帰った。

春の陽光の降りそそぐ中、小江戸佐原を堪能した一日だった。
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