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2026年06月04日19:51

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【雑記】 町田市の思い出

『写真が語る 町田市の100年』(いき出版)を購入した。5月末に発売されたばかりであり、税込9,990円とやや高価ではあるが、これは買う価値のある本である。豊富な写真が掲載されているが、戦前や生まれる前の写真はともかく、昭和40年代以降の写真は、見ているだけで懐かしさが込み上げてくる。

フォト

私は4歳から20代最後まで町田市に住んでおり、その後実家を出て川崎市に住んでいるが、現在は実家の町田市と現住所の川崎市を行き来する生活となっている。そんな町田市に縁の深い私が見逃せる本ではない。

実家の最寄駅は鶴川だが、子供の頃、日曜日には小田急線に乗って新原町田に買物に行くことが多かった。当時は、吉川百貨店、長崎屋、さいか屋、緑屋などがあった。その後大丸百貨店が出来て、この大型百貨店が町の姿を変えた。さらに昭和51年には小田急線の駅上に小田急百貨店が出来て、駅名も新原町田から町田に改称された。その4年後には横浜線の原町田駅も小田急寄りに移転して、こちらも町田駅と改称された。その頃に丸井、東急百貨店などが出来て、原町田駅のあった場所には東急ハンズが出来た。国鉄町田駅上にはルミネもできた。町田が一大商業地区として発展していった流れである。現在もそのまま残っているのは小田急百貨店と丸井ぐらいで、他は名前が変わったり、建物そのものが変わっていたりするが、当時の記憶は消えていない。

東急ツインズ(旧東急百貨店)の本館と新館の間には噴水広場があったが、そこも今は原町田大通りになっている。都南デパートやなかじま文具店も原町田大通りになって消えた。バスも頻繁にとおる大通りが、以前は道路ではなかったことを、若い人は知らないかもしれない。

町田駅周辺は古くから発展していたが、鶴川は昭和40年代はかなり田舎だった。この本にも鶴川付近の写真は結構載っているが、個人的な記憶としては、家のすぐ近くに「化石山」と呼ばれる場所があり、小学生でも簡単に化石が掘れるような場所があった。要は未開の土地だったのだ。森でカブトムシを捕まえたり、田んぼでオタマジャクシを捕まえたりも、家の近所でいくらでも出来たが、それらは今は住宅地になっている。鶴川駅前のバスロータリーも未舗装で、駅前に到着時の「揺れますのでご注意下さい」のアナウンスがお決まりだった。そんな鶴川も、駅の大改造工事をしている最中だ。

その町田も、ゼルビアのおかげで全国的知名度を獲得することになるとは予想していなかった。チームが発足した時は「J1なんて夢のまた夢だろうな」と思ってた。すいません。

そんな訳で、昭和〜平成の町田の思い出に浸れる写真集である。
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