今日は埼玉県比企郡吉見町にある吉見百穴に行った。池袋から東武東上線に乗車する。9:15発の急行だ。成増から志木までは5駅連続で停車するが、急行停車駅もずいぶん増えたものだ。55分ほどで東松山に到着する。この駅におりるのも久しぶりだが、駅舎も立派になっており、以前来た時と雰囲気がだいぶ変わっている。ここから1.5kmほどで吉見町に入る。道はまっすぐなので分かりやすい。市野川を渡ると吉見町だ。吉見町にはこれまで行ったことがなかったので、これで未訪自治体が一つ減った。
(市野川を渡ると吉見町)
橋からも百穴が見える。すぐそこだ。中に入るには300円かかるが、これが維持費用ということだろう。吉見百穴は国指定史跡である。古墳時代後期に作られた横穴墓だが、明治時代に発掘調査をした時は、住居か墳墓かで論争があったらしい。最終的に墓であるとの結論になった。
上の方にも登ることができるので頂上まで行ってみる。眺めがよい。さらにここにはヒカリゴケ自生地がある。ヒカリゴケはわずかな光さえあれば、それを反射して光っているように見えるもので、北海道や中部山岳地方に分布しており、関東平野にあるのは非常にめずらしいそうだ。覗いてみると光っているのが分かる。また、戦時中は地下軍需工場として使用された場所もあり、単なる百穴ではなく、いろいろな顔を持っている場所なのだと知ることとなる。
(吉見百穴)
(百穴の頂上に行く途中)
(ヒカリゴケ自生地)
(地下軍需工場跡の入口)
さらに、埋蔵文化財センターというのがあり、付近で発掘された発掘物が展示されている。須恵器、勾玉、管玉、耳環等々、いろいろある。吉見は「古墳の里」なのだ。正岡子規もこの地を訪れた際に、
神の代は かくやありけん 冬籠
という句を詠んでいる。埋蔵文化財センターの入口脇に句碑がある。
(埋蔵文化財センターにて (中は撮影可))
(子規の句碑)
十分に見学したので百穴を出るが、もう一つ見ておこう。来る途中でもなにやら由緒有り気なものに気付いたが、これは岩室観音堂である。比企西国三十三所観音札所の三番で、町指定史跡とのこと。四国八十八箇所の本尊を模した石仏が収められており、ここに来れば八十八箇所を回ったのと同じご利益が得られるのだとか。
(岩室観音堂)
(岩室観音堂の石仏)
帰り道は、百穴入口のバス停の前まで来ると、ちょうどバスの時刻だったので、タイミングよくバスに乗車して東松山駅まで戻った。川越観光自動車のバスで、このバス会社のバスに乗るのも初めてかもしれない。鴻巣駅と東松山駅を結んでいるバス路線だ。
さて、このあとはおまけである。すでに正午をだいぶ過ぎているので、東松山駅前で食事をし、そのあと東武東上線の下りに乗車する。池袋訪問にはまだ戻らない。森林公園で4両の寄居行きローカル運用の電車に乗り換え、みなみ寄居で下車する。この駅は2017年に出来た新しい駅で、東上線の駅で唯一おりたことになかった駅なので、行ってみることにしたのだ。駅は本田技研の寄居工場のために開設されたものであり、駅周辺にはそのホンダしかない。本当に何もない。家も店も何もない。ホンダへは通路がつながっているが、もちろん部外者は先へは行けない。ホンダに勤務しているか用事等がない限り、おりる必要のない駅であり、部外者は駅をおりただけで不審者扱いされそうだ。
(みなみ寄居駅)
部外者にとっては何もない駅で約30分待ち、上り電車で駅をあとにする。小川町、高麗川、拝島、立川を経由して、自宅最寄駅まで南武線で帰った。
ログインしてコメントを確認・投稿する