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2012年07月29日20:10

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【旅行・鉄道】 由利高原鉄道の旅

1.「つばさ」と陸羽西線

今日27日は金曜日だが仕事は休みで3連休となっている。そこで、由利高原鉄道に乗りに秋田県まで行くことにした。由利高原鉄道は東北地方で唯一乗ったことのなかった鉄道路線である。

いつもよりも遅めの東京発9:24の「つばさ131号」で出かけることにする。羽後本荘に行くにはいくつかルートが考えられるが、久しぶりに奥羽本線や陸羽西線にも乗りたく、新庄行きの「つばさ」で出発することにしたのだ。指定券は買ってあるが、ラッシュのピークを避けるため早めに家を出たので、東京駅でゆっくりと朝食を取る。「つばさ131号」は「やまびこ131号」と福島まで併結運転で、堂々の17両編成である。前7両が「つばさ」だ。15号車には後ろの方に小学生の団体が乗ったが、ボーイスカウトのようで行儀が良く静かだ。むしろ引率の大人の方が、車内をウロウロして少々うるさい。

東京を出ると大宮に停まり、次は福島までノンストップだ。大宮で車内はほぼ満席に近くなったが、隣りはずっと空席のままだった。東京から1時間ほどで新白河を通過する。いよいよ東北に来たと感じる瞬間である。福島からは地上に降りて奥羽本線を走る。かつて4駅連続スイッチバックがあった板谷峠も、「新幹線」でスイスイと越えてしまう。気を付けて見るとスイッチバックの遺構も見えるが、もともと何もない駅で、あっさりと過ぎてしまう。関根を過ぎると車窓に人家も増えてきて、間もなく米沢だ。このあとは山形まで停まらない。赤湯付近では右側の山の斜面にブドウ畑が見える。茂吉ゆかりの上山(かみのやま温泉)も通過し、山形に着くと予想通りかなりの客が下車した。

山形から新庄までは、改軌されてから乗るのは初めてである。実に久しぶりだ。以前乗った路線を「新幹線」で通る感触を楽しもう。次の天童でボーイスカウトの団体も降りて、15号車はガラガラになった。おそらく他の車両は山形でガラガラになっているだろう。さくらんぼ東根という駅名は好きではないが、ここにも停車する。人が降りた気配はない。このあとも、村山、大石田と、かつての急行並に停車して、東京から3時間14分で新庄に着いた。

新庄駅で降りるのは久しぶりだが、以前の記憶が当てにならないほど変わっていた。駅舎と一体になった近代的な建物は、最上広域交流センター「ゆめりあ」だ。この中にある「ちぇれんこ」という店で昼食を取る。外は暑いのに、なぜかベーコンラーメンを注文。塩ラーメンで、結構おいしかった。

新庄からは陸羽西線に乗って余目に向かう。キハ111+112の2両編成だ。駅の中に入るとなんとなく違和感があったが、その原因が分かった。各線の線路が分断されているのだ。奥羽本線も新庄を境にして線路の幅が違うからそれぞれ行き止まりになっているし、陸羽西線も行き止まりホームから発車する。いかようにも直通出来るように線路がつながっていた国鉄時代の駅とは違う訳だ。

陸羽西線は空いていた。定刻の13:16に新庄を発車し、奥羽本線と分かれて西向きに進路を変える。鳴子温泉が沿線にある陸羽東線と比べると地味な西線だが、なかなか魅力的なローカル線である。沿線の風景は、どこかほっとするような日本の田舎の風景であり、津谷を過ぎて最上川を渡ると、しばらくは最上川に沿って走る。古口で降りた客が多いが、最上川舟下りの観光客だろう。芭蕉の句、

     五月雨を集めて早し最上川

でも有名な最上川だ。芭蕉先生のおかげで観光客が来てくれると、地元では芭蕉を崇めているという。

高屋からは少し乗ってきた。最上川舟下りを楽しんだ帰りという雰囲気の客ばかりだ。この駅も舟下りの拠点駅のようだ。清川を過ぎると最上川から離れてしまうが、このあと車窓に見えてくるのは風力発電の風車群だ。文字通り「風まかせ」で、電力の安定供給という意味では主役にはなりにくいだろうけれど、古くから利用されているクリーンエネルギーではある。南野を過ぎると間もなく羽越本線と合流し、余目に到着した。

以前余目に来た時は乗り換えただけだったので、今回は改札の外に出てみる。人通りは少ないものの、そこそこそ栄えた駅周辺だが、この余目駅のある庄内町はいろいろなキャッチフレーズがあるようだ。すなわち、「コシヒカリの祖先「亀ノ尾」発祥の町」、「風力発電 魁の町」、「月山山頂の町」、「平成の名水百選立谷沢川」である。さらに、余目駅4番ホームは、映画「おくりびと」のロケ地でもある。ざっと駅前を見ただけで、いろいろと「発見」があった。

さて、余目からは特急「いなほ5号」で羽後本荘を目指すことにする。新潟行きの「いなほ」と同時刻の発車だが、ホームにいた客のほとんどは新潟行きに乗り、秋田行きに乗ったのは2人だけだった。予想通り自由席もガラガラである。酒田、遊佐、象潟、仁賀保と停まり、次が羽後本荘だ。以前よりも停車駅が増えたが、今は急行がないから、かつての急行停車駅にも特急が停まる訳だ。遊佐を過ぎてしばらくすると日本海が見える。羽越本線は海の見えるところが多いので、海を見ながら列車に揺られて旅したい時には良い路線である。仁賀保を過ぎて海から少し離れると羽後本荘に到着だ。羽後本荘駅も初めて降りる駅である。

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(新庄に到着した「つばさ」)

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(新庄駅と「ゆめりあ」)

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(余目に到着した陸羽西線)

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(余目駅)

2.由利高原鉄道に乗車

羽後本荘に今夜泊まる予定なので、町歩きはあとにして、まずは由利高原鉄道に乗ることにする。今回の主目的の由利高原鉄道にやっとたどり着いたのだ。JRの改札を出て矢島までの切符を買い、由利高原鉄道の改札を入る。JRと由利高原鉄道の改札は並んで別々に設けてあるが、中に入れば同じホームだ。由利高原鉄道は鳥海山ろく線という線名が付いている。「山麓」ではなく「山ろく」と書くのが正しいらしい。車両には「おばこ号」という名前も付いている。1両のみのディーゼルカーは定刻の15:50に発車した。車内の客の9割は帰宅の高校生だ。典型的なローカル線だ。次の薬師堂を過ぎると羽越本線の線路と分かれる。

由利高原鉄道はもともと横荘鉄道として、横手と羽後本荘を結ぶ路線として建設された。その後国鉄矢島線になり、羽後本荘と院内を結ぶ路線に計画が変更されたが、羽後矢島(現矢島)から先には延びることなく第三セクターに経営移管され、由利高原鉄道になった。本荘市は1市7町の広域合併により由利本荘市となり、由利高原鉄道の通る本荘市、由利町、矢島町もすべて由利本荘市になったため、全線が同一市内を走る路線となった。

高原鉄道らしく子吉を過ぎると勾配を少しずつ登っていく。ほぼ中間にある前郷はこの路線の要の駅で、ここで上下列車が交換する。下車客も多い。1つずつ小さな駅に停まりながら進み、子吉川も寄り添ってくる。川辺を過ぎると唯一のトンネルをくぐり矢島に到着だ。矢島はもっと小さな古びた駅を想像していたら、意外と立派な駅だ。折角来たのだから16分後に折り返す列車は見送り、1時間ちょっと町を散策してみようと思う。

第1次廃止対象特定地方交通線の沿線だから、もっと寂れた町を想像していたが、意外と活気のある町のように感じた。大型店やコンビニの類は見当たらないが、住宅地と商店が一体となって町を形成し、どこか懐かしいような古き良き時代の町という趣である。夕刻の町にウナギを焼いている匂いが漂っている。鳥海山の方にでも行かない限り、いわゆる観光をするところはなさそうだが、なんとなくいい町だなと感じられるところだ。まだ、時間があるので駅の反対側に行ってみると、日新館という矢島町コミュニティセンターがある。併設されている郷土資料館でも覗いてみようかと思ったが、17:00で閉館となっていた。

矢島駅に戻り、17:45発の羽後本荘行きに乗って同じ道を帰る。先ほどは高校生専用列車のようだったが、帰りは年齢層が高くなっている。乗車率はほぼ同じくらいだ。子吉川を眺めつつ各駅に停まり、平地に下りて羽越本線と合流すると羽後本荘だ。羽越本線の列車も同時に到着したが、JRの客と高原鉄道の客は出口だけ別々になる。JRの改札は自動改札だが、高原鉄道の乗車券は昔ながらの硬券切符に鋏を入れたもので駅員が回収する。ちなみに、羽後本荘−前郷はスタフ閉塞、前郷−矢島はタブレット閉塞であり、前郷駅でタブレット/スタフの授受が行われるなど、今や貴重な光景も見られる。そういえば「秋田おばこ」といえば美人の代名詞だが、そちらは見かけなかった(笑)。

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(由利高原鉄道(羽後本荘))

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(由利高原鉄道(矢島))

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(矢島駅)

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(矢島の町並)

3.本荘の町

羽後本荘の宿は本荘グランドホテルを予約してある。駅前か駅からやや離れた方かの2つくらいしか選択肢がなかったが、町歩きも兼ねてと思い離れた方にした。子吉川沿いの病院の近くとだけ確認していたが、歩くと意外と遠く15分くらいかかった。途中、市の文化会館の近くで、名前は知らないが3人組の若い女の子が歌って踊っていて、人垣が出来ていた。何かのイベントなのだろう。目の前に来たらちょうど終了時間だったようだ。子吉川に出てホテルの前に来ると、前方の沈みかけたオレンジ色の太陽がなぜか大きく見えた。

ホテルにチェックインして食事のため外出する。駅の方に戻るのも面倒だが、来る途中ホテルの近くになんとなく良さそうな店を見つけていたので、そこに入ることにした。「鶏海農場」という店で、比内鶏の炭火焼と比内鶏の出汁巻卵を最初に注文し、適宜追加しながら適当に飲み食いした。なかなか良い店だった。ホテルに戻ってくつろぐ。

翌朝はやや曇りがちの空だが、今日も暑くなりそうだ。ホテルの窓から見える子吉川の眺めがきれいだ。TVでロンドン五輪開会式の各国入場を見つつ朝の支度をする。各国の衣装や選手団の表情などを見ていると楽しい。羽後本荘の出発予定は遅めなのでゆっくりしているが、そろそろ出かけることにしよう。朝食を取る店を探すが、特急停車駅だから駅前に食事の出来る店くらいあるだろうと思っていたら、なかなか見つからない。ようやく見つけた、朝6:00から開いている「都」という店に入る。朝定食を頼んだら、「ハムエッグかオムレツか」というのでハムエッグにした。しばらくしてから「サバの味噌身もあるんですけど」と言う。選択肢がもう一つあったらしいが、ハムエッグのままとする。ハムエッグに納豆にカボチャの煮物に茄子の天ぷらに漬物に味噌汁。ご飯は自分でよそって下さいとのこと。素朴などこか懐かしいような朝食だ。あとで見たらこの店は下宿屋も兼ねているようで、なるほど下宿屋の朝食のようだ。

まだ時間があるので、由利本荘市文化交流館カダーレを覗いてみる。9:00から開いている。昨日この前で、イベントがあり賑わっていたが今朝はまだ静かだ。最近出来たらしいと思われる建物である。中に「ゆりぷらざ」という市の物産販売所があり、電車の中で食べるのにちょうど良さそうだと思い、本荘名物らしいハムフライバーバー(略してハムバーガーともいう)を1個買った。外ではまだ掃除をしていて、朝早くから買い物に来る客がいるとは思わなかったのか、バタバタとレジを打っていたが、そんなに慌てなくてもよい。

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(ホテルの窓から子吉川)

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(由利本荘市「カダーレ」)

4.「いなほ」で日本海を行く

駅に向かい、9:45発の特急「いなほ8号」で新潟に向かうことにする。羽後本荘出発がやや遅めだが、この前の上り列車は7:40発の普通列車で、2時間以上も列車が来ないのである。今日は帰るだけなので急ぐこともないが、JRの本線といえどもこのあたりは寂しいダイヤである。「いなほ」も新潟−酒田は本数も多いが、酒田−秋田は1日に上下3本ずつしか走っていない。

6両編成のうち前2両が自由席である。やはり空いていた。余目までは昨日通った線路である。仁賀保のあたりで早速日本海が見えてくる。羽越本線はほぼ日本海に沿って走るので、海の見えるところが多い。仁賀保は特急停車駅だがやや寂しい感じで、にかほ市の中心は象潟のあたりだろう。独特の景観も車窓から少しだけ見える。秋田県から山形県に入り、酒田、余目、鶴岡と少し海を離れて内陸を走る。このあたりの景色は海ではなく広大な田んぼである。鶴岡から少し乗客が増えて、ようやく車内が活気づいてきた。三瀬を過ぎると再び海が見えてくるが、トンネルも多くなる。

鼠ヶ関を過ぎると東北地方とも別れて新潟県に入る。次の勝木でカラフルな車両とすれ違った。「きらきらうえつ」だ。今度あれに乗ってみるのも面白いかもしれない。羽越本線はところどころ単線になるので、運転停車も1か所あり、貨物列車とすれ違った。ずっと海沿いに走り、村上が近くなると突然室内灯が消える。ここで交直流の切り換えをするのだ。村上から先は直流区間で普通電車の本数も多くなる。新潟の近郊区間である。坂町、中条と停まり新発田に停まると終点も近い。意外なことに新発田で乗ってくる客も多く、ここで6号車もほぼ満席になり、ずっと空席だった隣りの席にも客が座った。普通電車も多い新発田から新潟までの、わずか22分を特急に乗る人も多いようだ。定刻の12:57に新潟に到着した。

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(新潟駅)

5.新潟から帰宅

新潟はさすがに大都市だ。駅前は賑やかである。新潟は政令指定都市なのである。そしてやはり暑い。関東と変わりない暑さである。まずは昼食を取ることにして、駅近くにある「三宝記」という中華系ファーストフード店で、天津飯と担担麺のセットを食べる。暑い日に相応しくないようだが、店内は冷房が効いていて涼しい。

さて、新潟の市街地の中心は実は新潟駅前ではない。万代橋の向こう側である。折角新潟に来たのだから、万代橋を渡って信濃川の向こう側に行ってみよう。特に目的はないが、駅前から真っ直ぐ延びた道を歩き、万代橋を渡り、本町、古町あたりを歩いてNEXT21のあたりまで行った。さすがに暑いので、たまたまあった書店で涼み、帰りは古町から新潟駅前まで新潟交通バスに乗った。バスは頻繁に走っていて、ほとんど待たずに乗れる。20分ほど歩いた道をわずか5分程度で戻ってきた。

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(新潟の万代橋)

新潟からは上越新幹線で東京に戻ることにする。今度の発車は15:18発の「Maxとき332号」だ。3人掛けのシートが並ぶ2階建て車両で、居住性よりも収容力を重視したような車両であまり好きではないが仕方ない。1号車の2階に座る。新潟を出ると広大な田んぼが広がり、「田んぼだらけの政令指定都市」と揶揄されたりするが、もともと新潟は穀倉地帯なのだ。駅の北側、信濃川の向こう側だけ「大都市」なのである。燕三条、長岡、越後湯沢に停まり、あとは大宮まで停まらない。越後湯沢で結構乗車客があったが、3人がけに2人ずつという状態以上には混雑せず、ゆったりと帰ることが出来た。東京に着いたら、こちらも暑かった。
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