6/10
マルクス・シュラインツァー監督
ザンドラ・ヒュラー カロ・ブラウン
マリサ・グロバルト ゴーデハート・ギーズ
第76回ベルリン国際映画祭で、ザンドラ・ヒュラーが銀熊賞・最優秀主演俳優賞を受賞した作品。
舞台は三十年戦争期からその直後の17世紀。兵士による村の資源収奪が常態化していた時代、元兵士のローズが「この土地を相続した」と言って、ある村へやって来る。
ローズは自ら牧場を始め、村の娘と結婚し、次第に村の一員として認められていく。しかし実は、ローズは男性として生きてきた女性であり、そのことが妻に知られてしまう。
当時、女性では得ることのできない社会的自由を得るために、男性として生活した人々が実際に存在したという。本作はそうした史料をもとに構想され、監督はローズの9歳から生涯までを描いた300ページ以上の小説を書いたうえで映画化したらしい。
やがてローズは、当時の社会においてその生き方を受け入れられず、相続自体も虚偽であったことが判明し、裁判にかけられる。収監中には4人の男に強姦され、その後出産し、最終的には死刑に処せられる。
本作の演出は徹底して抑制的である。性別が露見する場面も、裁判も、収監後の様子も、処刑も、いずれも大きな見せ場としては描かれない。
もちろん、あえて描かず観客の想像に委ねるという演出意図なのだろう。しかし、ここまで重要な場面を次々と省略されると、それは余白というより、逆に怠慢と取られても仕方がないように思う。
特に、収監後の強姦から出産に至るくだりは、本作でもっとも重要な部分だったのではないか。
ローズは男性として生きることを自ら選び、そのことで社会的自由を獲得してきた。そのローズに対して、身体を通して強制的に「女性であること」を押しつける出来事が強姦と妊娠である。象徴的にも極めて大きな意味を持つ場面なのだから、強姦行為そのものを見せる必要はなくても、その後ローズが何を感じ、自分の身体をどう受け止めたのかには、もっと肉薄してよかったと思う。
しかし映画は、そこにもほとんど踏み込まない。
監督の中には300ページ以上に及ぶローズの人生が存在していたのかもしれない。だが、それはあくまで監督の中の話である。観客にとっては、目の前のスクリーンに映っているものがすべてだろう。
ザンドラ・ヒュラーはもちろん悪くない。むしろ彼女ほどの俳優を起用しながら、ローズの内面がもっとも激しく揺さぶられる場面をことごとく省略してしまったことが惜しい。
『レクイエム〜ミカエラの肖像』では、もっとギリギリのところまで人物に肉薄する演技を見せていたと思う。今回はヒュラーの演技が抑えられているというより、映画の側が彼女をそこまで踏み込ませなかったように感じた。
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