残暑厳しい日が続くが、今日は江東区住吉に行った。オーケストラ・エクセルシスの演奏会に行くためだ。「知られざる作品に光を当てる」をコンセプトに、年1回の演奏会を行っているアマチュア・オーケストラである。第1回演奏会から、ほぼ毎回聴きに行っている。
プログラムは次のとおりである。
・フィビフ:祝典序曲「コメンスキー」
・マルティヌー:ラプソディ・コンチェルト
・スーク:アスラエル交響曲
指揮:大浦智弘/ヴィオラ:加藤由貴夫
会場:ティアラこうとう (14:00 開演)
今年はヨゼフ・スーク生誕150年ということで、スークを中心にチェコの作曲家の作品がプログラムになっている。超マイナーというほどではないにしても、ドヴォルザークやスメタナなどに比べると、演奏機会はやはり少ないだろう。
まずは、フィビフの「コメンスキー」から始まる。コメンスキーは教育学者であり、そのコメンスキーの生誕300年を祝う曲とのことであるが、祝典序曲の名のとおり、全体的に勇壮で華やかであり、教育学者という言葉からくるイメージよりは、もっと広い意味での英雄を讃えるような曲という印象だった。たぶんそういう曲なのだろう。
続いては、マルティヌーの「ラプソディ・コンチェルト」だが、録音で聴いていた限りでは、あまりピンと来ない曲というのが正直なところだった。しかし、こうやって生で聴くといろいろと発見があるものだ。どことなく不安定な感じのするオーケストラで始まると、しばらくしてヴィオラのソロが牧歌的な旋律を奏でる。そのなんともいえない感覚が、なかなか面白い。ヴィオラのソロが時には名人芸を聴かせるところもあって、やはり牧歌的雰囲気に落ち着くといった感じだろうか。最後も、なんとなく静かに意表をつかれたような終わり方をして、それがまた余韻を感じさせてくれる。
休憩のあとは、本日のメインである「アスラエル交響曲」だ。60分近い演奏時間の曲だが、これも録音で聴いた限りでは、ちょっと苦手というか、暗くて長くて退屈という印象があったのだが、やはり生で聴くと印象が変わるものである。この曲は、師であり義父であるドヴォルザークの死、そして妻オティリエの死と、スークを悲しみのどん底に突き落とすような出来事が続いたが、その2人の魂の救済を願って、あの世へと魂を導く天使「アスラエル」の交響曲として完成させたものである。
前半の3つの楽章はドヴォルザーク。第2楽章は静かにドヴォルザークの魂を見送るような感じで、第3楽章のヴァイオリンのソロが奏でる旋律も美しい。尊敬する師を想いながらも、なんともいえぬ悲しみを表しているような感じで、最後は力強く締めくくる。これで曲が終わったようにも聞こえてしまうが、このあとは第4楽章と第5楽章が続く。第4楽章の前には1分くらいの休止があり(これはスークによる演奏上の指示らしい)、後半は妻オティリエに対する曲となる。第4楽章でもヴァイオリンのソロが美しい旋律を奏でるが、第5楽章は一転して激しい。こんなに激しい楽章だったかと思ったくらいで、激しい慟哭、悲痛な叫び、やりどころのない怒り、そんなものが混じっているようだ。しかし、最後は静かに曲を閉じ、2人の魂は浄化されるのである。こうやって聴いてみると、実に素晴らしい作品ではないか。
ひととおりプログラムを終えても、まだアンコール演奏がある。このオーケストラは、アンコール曲も「知られざる素敵な小品」をいつも用意しているのだが、今日も素敵な曲だった。演奏終了後に、フィビフの「詩曲」だということを知る。交響詩「黄昏」の中間部を「詩曲」として独立して演奏することも多いという。これは知らなかったが、また素敵な作品に一つ出会えた。
このオーケストラは、単に珍しい作品を演奏しているというだけでなく、演奏技術も高く、その演奏も作品に対する深い研究に基づくもので、だからこそ毎回聴きに行きたくなるのである。特に今日の演奏は、実に素晴らしいものだった。これからも期待している。
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