不定期に書いている、最近読んだ本の備忘録。
●「天才たちの科学史」 (杉晴夫著、平凡社新書)
人類の科学史に燦然と輝く、ケプラー、ガリレオ、ニュートン、ラボアジエ、ダーウィン、メンデルなどの偉業と人間味あふれる素顔に迫るという訳で、後世の人が作ったようなエピソードは抜きにして、実際のところはどうだったのかを綴った本。この本によれば、ガリレオは恩知らずのイヤな奴のようだし、ダーウィンは凡庸な科学者のようだし、ニュートンは二十代前半以降は隠居も同然ということになるが、ある意味では当たっているとこころもあるのだろう。偉大な発見が突然できるはずはなく、先駆的な仕事をした人がいるが、そちらは必ずしも注目されず、それにヒントを得てちょっと改良したのが、世紀の大発見のように後々まで扱われるというのはよくあることだ。
●「ウニはすごい バッタもすごい」 (本川達雄著、中公新書)
歌う生物学者、本川博士の最新の著作。生物というのは実にうまく出来ている。それは進化の過程で、それぞれの環境に適した形になったものだ。刺胞動物としてサンゴ、節足動物として昆虫、軟体動物として貝類、棘皮動物としてヒトデとナマコ、脊椎動物としてホヤ、そして脊椎動物亜門の四肢動物を例に、なぜそのような形態をしていて、それがどのように役に立っているかを分かりやすく書いている。もちろん、本川氏作詞作曲による歌の楽譜も載っており、それらの歌を歌うと、本の内容のおさらいにもなるのである。
●「醗酵人間」 (栗田信著/日下三蔵編、戎光祥出版)
日下三蔵氏編の「ミステリ珍本全集」の一。先日読んだ「怪書探訪」(古書山たかし著)に取り上げられていた「醗酵人間」に興味を持って読みたいと思ったが、この珍本全集にて近年再販されているというので購入したもの。標題の「醗酵人間」の他、栗田信氏の「改造人間」(泉政彦の名で出版)、「台風圏の男」、および短編4編を収める、分厚い読み応えのある本だ。
「醗酵人間」は1958年の作で、「戦後SF最大の怪作」だの「天下の奇書」だのと言われているようだが、とにかくその発想がすごい。山陰地方の山村での部落同士の県道敷設を巡る利権争いの末、対立する相手により謀殺された父の仇を討つため、関係者を次々と殺害していく。このようなプロットならいくらでもありそうだが、そこが栗田氏のすごい(?)ところで、ありふれた話にはならない。「ヨギの秘術」を習得し醗酵人間となって復讐するのである。アルコール分を含むと、たちまち身体が何倍にも膨れ上がり無限の力が漲り、「こけっかきっきっ」と奇声を発しつつ、コンクリートの壁なども簡単に壊し、警察などものともしないのである。さらに空中にも浮かび上がる。「膨張係数の増加に比例して浮力が増大することは、小学生だって知っているぜ! ウハハハハ」という訳である。そもそも、謀殺された九里真五郎の子の復讐であることを悟られないために、死んだふりをして墓場から蘇った(これもすごい)のに、「俺は九里魔五郎だ」といちいち名乗りをあげて誇示するし、これでは死んだことにした意味がないではないか。途中でドッペルゲンガー現象を起こし、「いい醗酵人間」まで現れるし、もう何が何だかという感じだが、こういう発想は他の人には書き得ないだろう。飛躍した設定と荒唐無稽なストーリーが、私にはむしろ面白く感じた。
「改造人間」は、LSD25(リゼルグ酸ジェチール・アマイド)の作用により、人格が一変し殺人鬼と化す人間の話だ。「改造人間」真山久郎とは何者か。その鍵を握る牧緑造博士とは何者か。ストーリーが複雑に絡み合い、美術界の人間関係が複雑に交錯し展開していく。なかなか掴みにくい話ではあるが、解説にある「奇想というか、行き当たりばったりというか、時として独りよがりになり、読者をおいてけぼりにする」という、栗田氏の作品に共通した特徴が顕著な作品であるといえそうだ。
こんな話ばかりかと思ったら、意外と良かったのが「台風圏の男」である。いきなり、頭2つに手足が8本の「蜘蛛人間」が登場し、惨殺事件を起こす。またかよと思うが、読み進めて「蜘蛛人間」の正体が分かると、むしろ重いテーマを扱った話なのだと分かる。この「台風圏の男」は、隠居した前科七犯の元大泥棒を中心に、変装が得意な大部屋俳優や、警察(!)と協力しつつ、元犯罪者だからこそ見える裏社会の様々な出来事を、彼なりの方法で解決に導いていく話である。全2作とはやや雰囲気が違い、まだ戦争の影を引きずっていた昭和30年代の闇の部分を描いたような作品で、暗く重い雰囲気が全体に漂っている。このあとに収められた短編の「地底の飛竜現わる!」、「ドン鯖の竜」、「腕で来い」、「屍体置場の招待状」の4編も「台風圏の男」に雰囲気が近く、最後の話などは共通する人物も登場して、「台風圏の男」の中の1節という感じだ。これらを読むと単なる奇想天外な発想の荒唐無稽なストーリーを書くだけの作家ではなかったと思える。
今回はちょっと長々と書き過ぎたが、つい先日まで名前すら知らなかった栗田信氏の小説に出会ったことは収穫といえよう。
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