4/28(日)〜4/30(火)に、福岡県に行ってきた。
1.九州へ
今回のゴールデンウィークは10連休となった。会社の勤務カレンダーが元々そうなっているのだ。そんな訳で前半の3日間、福岡県の鉄道の旅を楽しむことにした。まだ乗ったことのない鉄道路線が福岡県には結構あるのだ。出発は4月28日(日)である。
関東から九州に行くには飛行機利用が一般的だろうが、行きは新幹線にした。新横浜から7:29発「のぞみ9号」博多行きに小倉まで乗る。連休の最中ということもあってか乗車率は高い。名古屋でほぼ満席になった。快晴の天気で富士山も美しい。新大阪を過ぎ、岡山を過ぎ、広島を過ぎたあたりで空いてきた。山陽新幹線はトンネルばかりで退屈なので、半分寝ていると本州最後のトンネル、新関門トンネルを抜けて九州だ。すでに九州に着いているはずなのに勿体ぶってしばらく地下を走り、ようやく地上に出るとすぐに小倉だ。
小倉駅に降りるのも久しぶりだが、乗車券は北九州市内ならそのまま使えるので、黒崎までこの切符で行くことにして改札外には出ず、在来線のホームに向かう。すぐに接続する快速・荒尾行きに乗車する。八代で路線が途切れているので、鹿児島まで行かない鹿児島本線だ。戸畑では若戸大橋が見える。スペースワールド駅にも停車し、17分ほどで黒崎に着いた。快速と言う割には停車駅が多い。
黒崎駅に降りるのは初めてではないが、以前の印象と違うような気がした。駅前に「コムシティ」という駅ビルがあり、八幡西区役所も5月7日からこのビル内に移るという。八幡西区の中心的な複合施設であり、この1階がこれから乗る筑豊電鉄の乗り場になっている。バスターミナルも隣接している。その前に駅前の「てんや」で昼食とする。
2.筑豊電鉄
筑豊電鉄に乗るのは初めてだが、正確にいえば黒崎駅前−熊西のみは以前に乗っている。西鉄北九州線として乗ったのである。その西鉄に筑豊電鉄が乗り入れていた訳であるが、現在は筑豊電鉄の一部として運営している。(線路所有者は西鉄) 日中の電車は12分おきに出るが、半分は中間の筑豊中間までで、終点の筑豊直方に行くのは24分おきだ。13:00発の電車に乗る。連接台車の2両編成だ。筑豊電鉄の駅名は「黒崎駅前」となっているが、このあたりが西鉄の路面電車時代の名残だろう。観光地とも関係ない路線なので、連休の最中だが空いている。
歩いた方が早いほど近い西小倉、熊西を過ぎ、西鉄の線路跡と分かれて左に曲がり直方を目指す。なんと全線複線である。この運転間隔では単線でも十分だと思うが、ゆったりと走らせることが出来る訳だ。「次は、あの〜」とおかしな案内だと思っていたら穴生(あのう)駅だった。三ヶ森で結構下車客があった。中間市に入り再び北九州市八幡西区に戻ると、だんだんと長閑な田園風景になってきた。新幹線の下をくぐり、直方市内に入り遠賀川を渡ると、終点の筑豊直方だ。筑豊直方は高架駅になっている。ここで降りたのは5人ほどだった。北九州市内から直方に行くにはJRの方が便利なのだろう。途中駅の利用が多く、通して乗る人は少なそうだ。
直方の町は静かだ。静かすぎる。高層マンションなどもあるのだが、通りには人がほとんど歩いていないし、車もほとんど通らない。JR直方駅近くまで来て、ようやく賑やかとはいえないが、駅前らしい雰囲気の場所になった。直方駅はかつて機関区があったため駅が無駄に大きいが、駅舎も改築され、駅前ロータリーも整備中で、雰囲気がだいぶ変わっている。
(筑豊電鉄(黒崎駅前))
(筑豊電鉄(筑豊直方))
3.平成筑豊鉄道(その1)
平成筑豊鉄道の直方駅は、JRとは改札が別になっている。福岡県内には炭坑全盛時代に、多くの線が複雑な路線網をめぐらしていた。それらは炭坑の衰退とともに寂れたローカル線になってしまい、JRに移管されたのは一部路線のみで、伊田線、糸田線、田川線は第3セクターの平成筑豊鉄道になり、添田線、上山田線、漆生線、宮田線は廃止された。今回は平成筑豊鉄道に移管された各線に乗ろうと思う。いずれも乗るのは初めてである。
14:10発の1両のみの行橋行きのディーゼルカーに乗り込む。伊田線と田川線は1本の路線のように運行しているようだ。車内はやはり空いている。定刻に発車し、各駅に細目に停車していく。国鉄時代よりも駅の数はかなり増えている。南直方御殿口をすぎるとJRの線路と分かれる。線路は複線だ。まさか伊田線が複線だとは思わなかった。炭坑全盛期は複線の線路が必要だったのだろうが、その活況はすでに過去の彼方だ。「あかぢ」と平仮名駅名があるのは、漢字で「赤地」と書くと同じ線にある「赤池」と紛らわしいためか。中泉に着くときに、「次は大阪サン・ニュース中泉」と案内があった。聞き間違いかと思ったが、駅名案内板にもそう書いてあった。なぜこんなところに大阪が出てくるのだろう。その先も、「MrMAX○○」だの「神田商店○○」だのおかしな駅名がいつくか出てきて、駅名に命名権を与えているのだと、ようやく気付いた。少しでも収益を上げるための努力だということは理解出来るが、公共性の強い交通機関の駅名に事業者名を冠するのはどうかと思う。必ずしも地元事業者だけではないようだ。もちろん正式な駅名には事業者名は付かない。「ふれあい生力」という駅もあるが、これは正式な駅名だ。列車は金田に到着。糸田線が分岐するこの金田で降りることにした。この駅も命名権により「ふじ湯の里日王の湯 金田」というが、これは地元の温泉で、この程度の命名権なら百歩譲って許容できる。
糸田線の発車まで時間があるので、駅の外に出て町を歩いてみる。福智町の中心地であるが、人通りは少ない。ただし車の通りは直方駅前よりも多いように感じた。糸田線は途中4駅のみの短い路線だが、一部を除き線内折り返し運転だ。こちらは単線で、同じく1両のみのディーゼルカーである。糸田で結構乗ってきたが、大藪でかなり下りた。駅名は「MrMAX○○」のオンパレードでいやになる。終点の田川後藤寺で下車する。
田川後藤寺は、田川伊田と並んで田川市の中心駅の一つで、駅周辺も古くから栄えていた町という雰囲気がする。ただし今も栄えているとは言えない。アーケードのある「ごとうじ銀天街」という商店街があったが、ほとんどシャッターが閉まっている。「本日定休日」の店もあったが、目立ったのは「貸し店舗」や「売り店舗」の文字だ。営業している店も少しはあったが、どこか寂しい駅前である。
(平成筑豊鉄道(直方))
(金田駅)
(田川後藤寺駅)
(ごとうじ銀天街)
駅に戻りJR日田彦山線で隣りの田川伊田まで移動する。国鉄時代からの気動車キハ47がまだ現役で走っている路線だ。田川伊田で降りると、田川後藤寺とは少し雰囲気が違う。駅舎がちょっと洒落た洋風のデザイン、駅前もやや広々としている。アーケード街がほとんど閉まっているのは後藤寺と変わりないが、こちらは「本日定休日」の貼紙が多い。似ているようで微妙に違う両駅前だ。伊田には風治八幡宮という神社があり、ちょっと寄ってお詣りしてきた。今日は見ていないが、駅の裏側には「石炭記念公園」があり、この田川伊田が炭坑節の発祥の地だという。みやま地区ではなかったのか。
駅に戻り、再び平成筑豊鉄道伊田線に乗る。やはり複線だ。16:46発の直方行きのディーゼルカーで直方まで戻る。金田からは先ほど来た道を戻ることになる。車内は空いている。若い女性2人組が金田に着いた時に慌てはじめた。どうやら行橋行きに乗るつもりで逆方向に乗ってしまったらしい。金田に着くまで気が付かないのもどうかと思うが、運転士に話して反対側の列車を待つことにしたようだ。終点の直方で下車した。
(日田彦山線(田川後藤寺))
(田川伊田駅)
(風治八幡宮)
(平成筑豊鉄道(田川伊田))
直方の町は先ほど歩いたので、すぐに接続するJR線に乗り換える。筑豊本線と篠栗線を合わせて「福北ゆたか線」という愛称名をつけている路線である。17:25発の快速・博多行きに乗車する。次の勝野は通過するが、そのあとはほとんど各駅停車で、ようやく快速らしくなるのは篠栗線に入ってからだ。終点博多で下車する。ここはJR九州一の駅である。駅に近いホテルアクティブ博多というところに今夜は泊まることにする。結構落ち着いた良い感じのホテルだった。荷物を置いて食事に出る。博多の町は勝手が分からないが、適当な地下の居酒屋で「博多のうまかもん」を食べながら軽く飲んで、少し街中をブラブラしたあとホテルに戻った。
4.平成筑豊鉄道(その2)
翌29日(月)も天気は快晴だ。ホテルで朝食を取ってチェックアウトする。今日は、昨日乗っていない平成筑豊鉄道の田川線に乗る予定だ。田川伊田まではJRを使って行こうと思うが、日田彦山線、後藤寺線はSUGOCAのエリア外なので、博多から田川伊田までの切符を買う。交通系ICカードが共通化されて折角便利になったのに、使えないエリアでは仕方ない。もちろん持っているのはJR東日本のSuicaで、事前に十分にチャージしてきた。
博多8:04発の福北ゆたか線の黒崎行きに乗車する。黒崎行きだが、電光案内板は「直方(黒崎)行き」としているのは、黒崎に行くには鹿児島本線経由の方が早いからだろう。5両編成で入ってきたが、折り返しは3両を切り離し2両になる。両数を減らしたせいか結構混雑している。5両編成のままでいいのにと思う。鹿児島本線と分岐する吉塚でも結構乗ってきた。篠栗線は単線である。篠栗あたりまでは郊外風景が続くが、ここを過ぎると山の中のローカル線の趣になってきた。昨日同じ道を通ったはずだが、今朝になって気付いた。篠栗で結構おりて車内は空いてきた。新飯塚で下車する。
新飯塚からは5分で接続する後藤寺線だ。日田彦山線に乗入れる添田行きである。こちらは1両のみの気動車で、客は5人しか乗っていなかった。この5人がそのまま途中駅で降りることなく、途中駅からの乗車客もなく田川後藤寺まで行った。炭坑ローカル線が第三セクター移管または廃止になった中、後藤寺線がJRに残った理由は不明だが、船尾駅あたりにある麻生セメントの工場の輸送があるためだろうか。田川後藤寺では3分の接続で日田彦山線の小倉行きだ。これに乗って隣りの田川伊田まで行く。途中下車出来ない切符だが、接続が良いので問題ない。昨日も来た田川伊田に到着した。伊田の町はまだ活動をはじめていない時刻で、昨日よりも静かな駅前である。彦山川の近くまでブラブラ歩いて駅に戻る。
平成筑豊鉄道田川線は、9:48発の行橋行きだ。昨日乗ったのは全て黄色い「なのはな号」だったが、来たのはピンク色の「ゆめタウン号」だった。田川線は単線である。田川伊田を出発するとJRも含めて1本になり橋を渡って上伊田駅に着くところで分岐する。3つ目の柿下温泉口を過ぎたあたりから山の中のローカル線の趣になってくる。「赤」という駅もあり、赤村にあるから赤なのだが、どんな由来なのだろう。油須原は古い駅舎がそのまま残っているようで、沿線風景に溶け込んでいる。「源じいの森」なんて駅もあって、どんな爺さんがいるのかと思ったが、どうやらゲンジボタルの森ということらしい。「東犀川三四郎」だの「今川河童」だの、あとから出来た駅には面白い名前が多い。(さらに命名権を買った事業者の名前が付く駅も多い。) 沿線風景が「都市風」になってくると、間もなく終点の行橋だ。行橋駅は初めて降りる駅だ。駅も高架できれいで、都市の中心駅に相応しい造りである。駅周辺には大型商業施設は見当たらないが、商店街はそれなりに活気があるようだ。
駅にもどりJR日豊本線に乗車する。小倉行きの3両編成の電車だ。特急の後に発車するというが、小倉まで特急に乗ることもないので、普通列車で行くことにする。隣りのホームに来た特急は臨時列車だが、国鉄特急色の485系で、まだこんなものが現役で走っているとは思わなかった。乗れば良かったと思った時には、出発してしまった。乗り心地はこちらの方がいい赤い813系でのんびりと行く。やはりJRの幹線であり、平成筑豊鉄道とはどことなく雰囲気が違う。小倉には臨時特急の影響か、数分遅れて到着した。小倉駅で一旦改札を出て食事をしたあと、門司港行きに乗る。ここから門司港までは、対岸の本州(下関)も見えて、九州の端にいるのだと分かる。門司港駅で下車する。
(後藤寺線(新飯塚))
(平成筑豊鉄道「ゆめタウン号」(田川伊田))
(行橋駅)
(日豊本線(行橋))
5.門司港
門司港駅は、駅舎が国の重要文化財に指定されており、見るからに立派な駅である。ただ腐食が進んでいるため現在改修工事中で、全貌を見ることが出来ないのは残念だ。駅舎だけでなく、ホームに立つだけでも、重みを感じる駅である。取って付けたような「レトロ風」ではなく、正真正銘の価値ある文化財の駅である。
門司港駅に来た目的の一つは、門司港レトロ観光線に乗ることであった。九州鉄道記念館駅に行くと間もなく出発するところであったが、満員のため次のを待てという。すでに並んでいる人もいるが、40分も並んで待つ気にはなれない。一応、平成筑豊鉄道が運行する路線の一つではあるが、運行日限定の完全なる観光路線で、遊園地のアトラクションと大差ない。最も混雑する日に来てしまったようだ。次の機会に乗ることにして今回は諦め、次なる目的地の九州鉄道記念館に向かう。
九州鉄道記念館には、九州ゆかりの鉄道車両(実物)が展示してあり、本館(旧九州鉄道本社屋)にも様々な展示がある。車両展示場には59634、C591、EF10 35、ED72 1、キハ07 41、クハ481−603、クハネ581−8、セラ1239が置かれて、直接触れることが出来る。「大人の鉄道好き」はこちらの方が楽しいが、子供には本館内の運転シミュレータやプラレール、ミニ鉄道公園での運転体験の方が楽しそうだ。もっとも自分も古い九州の鉄道は馴染みがないのだが。
鉄道記念館を堪能したあとは、門司港の町を散歩する。以前は地味な場所だったが、しっかりレトロ観光地になっていて、かなりの人出があった。まさか門司港にこんなに人が集まるとは予想していなかった。名物の焼きカレーの文字もあちこちに見えるが、お腹は空いていないし、そもそもどの店も満員だ。ふと、「門司港地ビール工房」の店が見えたので、地ビール好きとしては見逃せないと思ったが、こちらも店内は満席で待っている人も多い。ただし外でも売っていたので1杯「ヴァイツェン」を買って、関門大橋を眺めながら外で飲む。のんびりとビールを飲んでいると、ブルーウィングというはね橋が上がるという。橋が上がれば通行が出来ないので、このまましばらく閉じ込められるのかと思ったが、少し迂回すれば駅には戻れる。橋の上がるのを眺めつつ、駅に戻った。
門司港からは、14:36発の荒木行きに乗車する。門司、小倉、戸畑を過ぎ、しばらくして八幡に着いた時、ふと皿倉山に登ってみたくなって降りた。帆柱ケーブルカーで頂上まで登れるはずだ。
(門司港駅のホーム)
(門司港の風格ある駅舎(改修工事中))
(九州鉄道記念館)
(門司港地ビール工房)
(関門大橋)
(門司港ブルーウィング)
6.皿倉山
八幡駅の周辺案内図を見ると、ケーブルカーの乗り場までは結構距離がある。歩いて行けないこともなさそうだが、バスがあればいいなと探してみると、「無料シャトルバス」の乗り場を発見、しかも間もなく来る時間だ。これはついている。程よく赤いマイクロバスがやってきて、数人の客とともに乗り込んだ。駅からの所要時間は7〜8分でかなり登っていく。やはり歩いて行かなくて正解だ。山麓駅から山上駅まではケーブルカーがあるが、さらにその先の皿倉山頂展望台まではスロープカーがあるという。スロープカーの存在は知らなかったが、折角来たのだから一番上まで行くことにする。
まずはケーブルカーで山上駅まで登る。スイスから輸入した車両だという。最大28度の急勾配を6分ほど登ると、すぐにスロープカーに乗り換える。3分ほどで頂上の展望台だ。標高622mで、北九州の町を一望出来る。若干靄っているが、新日鉄の工場、スペースワールド、若戸大橋を含め、北九州の町が良く見える。夜景もきれいらしく、「新日本三大夜景」の一つに数えられているという。風はかなり強い。ケーブルカーとスロープカーで気軽に登れるとはいえ、やはり山の頂上である。スロープカーとケーブルカーを乗り継いで山麓駅に戻る。八幡駅までの無料シャトルバスは1時間に2本の運行で、次の便までは少し時間があるので歩こうかとも思ったが、素直にバスを待つことにした。シャトルバスで八幡駅に戻る。
八幡からは快速大牟田行きに乗車する。博多まで1時間弱で到着だ。博多では駅近くにあるホテルを予約してあるが、昨日とは別のホテルである。入口に植物が飾ってあり、中に入るとアロマの芳香が漂うが、どうもこういう香りはあまり好きではない。部屋も昨日のホテルの方が良かった。ホテルに荷物を置き食事に出る。今日は駅の反対側の筑紫口に出て、結局同じような地下の居酒屋で、食事メインのビール付とする。少し街中をブラブラしたあとホテルに戻った。
(帆柱ケーブル無料シャトルバス)
(帆柱ケーブルカー)
(皿倉山スロープカー)
(皿倉山からの眺め)
7.市営地下鉄と西鉄
翌日4月30日(火)は、昨日までと変わってどんよりと曇った空模様だ。気温も昨日までより下がるらしい。ホテルの朝食は別料金で高いので、早々にチェックアウトして博多駅に向かう。博多駅一番街にあるカレー屋でなぜかモーニングオムライスを食べて、再び駅へ。福岡市営地下鉄七隈線にまだ乗ったことがないので、これに乗ってとりあえず終点まで行こうと思う。交通系ICカードの共通化で、福岡市営地下鉄もSuicaで乗ることが出来る。これは便利だ。空港線にて天神に向かう。7:41発の姪浜行きだ。まだ朝のラッシュ時間帯には若干早いものの、今日は平日であり通勤客が多い平日の朝の光景だ。もちろん私は休日だから、こうしてまだ福岡にいる訳だ。
天神から地下通路を通って七隈線の天神南駅に乗り換えることが出来るが、地上に出て外の空気を吸いながら歩くことにした。天神は福岡一の繁華街だが、今は朝の通勤時間帯だ。天神南駅の改札をSuicaで入る。車両はミニサイズで走行はリニアモーター式。東京の大江戸線などと同じような地下鉄だ。七隈線は天神南に到着する電車は混雑しているが、橋本行きは空いていた。しかし2つ目の薬院から学生風の客がかなり乗って来て混雑してきた。薬院は西鉄との連絡駅だ。この学生たちは七隈で少し降り、あとはほとんどが福大前で降りた。間違いなく福岡大学の学生たちだ。福大前を過ぎて車内はガラガラになり、そのまま終点の橋本まで乗っていった。
橋本駅で降りて地上に出ると、郊外の住宅地であり、田園風景も広がる地下鉄沿線らしくない(?)長閑な場所である。駅前にある大型商業施設「木の葉モール橋本」も、まだ営業時間前なのでひっそりとしている。他に何もないので戻ることとする。そのまま戻るのもつまらないのでバスで他の駅に行けないかと調べてみるが、姪浜行きがあるものの本数が少な過ぎるので止めて、地下鉄七隈線で同じ道を戻ることにする。
(地下鉄七隈線(天神南))
(木の葉モール橋本)
橋本を出る時もガラガラだった。途中ふと七隈で降りてみた。線名の元となっている場所なので、どんなところかと思ったのである。駅周辺は学生向けの飲食店、不動産屋に、麻雀屋まであって、ここは福岡大学のための町のようだ。福岡大学や福岡大学病院があり、そちらの方に向けて歩くと隣りの福大前駅に着いた。周囲は福岡大学がドンと存在感を漂わせている。福大前から再び七隈線に乗り、今度は薬院で降りてみた。西鉄に乗り換えてどこかに行こうと思ったのである。薬院も面白い駅名だが、昔このあたりに薬草園があり、施薬院があったことに由来する地名だという。駅に簡単な説明書きがあった。
西鉄もJR東日本のSuicaで乗ることが出来る。行先未定でもとりあえず乗ることは出来るので、気ままな移動には便利である。ホームに行くと特急大牟田行きが来たが、特急停車駅は大体降りているので、次の各駅停車に乗ることにした。大宰府行きだ。いくつか駅を過ぎ、雑餉隈についた時に名前に釣られてふらりと降りた。難読駅名としてよく挙がる駅だが、どんなところだろうと思ったのである。降りてみると下町風の商店街があり、それがなんとなく雑餉隈(ざっしょのくま)という名前に合っているような気がした。その「銀天町商店街」を抜けるとJR南福岡駅だ。南福岡もかつては雑餉隈という駅名だった。
南福岡からは福間行きの普通電車に乗車する。博多で3分停車するが、そのまま乗っている。これも降りる駅が未定だったが、香椎でふらりと降りてみた。すぐ近くに西鉄香椎駅があるが、以前は地平だった駅が高架になり、すっかり様子が変わっていた。香椎から西鉄香椎への道は、松本清張の「点と線」を思い出すが、殺人事件などとは無縁な旅であり、西鉄香椎駅に向かう。西鉄貝塚線は以前は宮地岳線といい、津屋崎まで路線があったが、西鉄新宮以降が廃止になり線名も変更された。終点となった西鉄新宮まで行ってみようと思う。この駅には降りたことがない。2両編成の電車で、天神大牟田線とは違う長閑なローカル線だ。西鉄新宮駅周辺も静かな住宅地で、やや寂しい駅だった。
(雑餉隈銀天町商店街)
(西鉄新宮駅)
ちょうど正午を告げる合図が鳴ったが、近くに食事が出来る店が見当たらないので、JRの駅の方まで歩いてみることにした。思ったよりも時間がかかり、しかも新宮中央駅を目指したつもりが、1つ隣りの福工大前に着いてしまった。福工大前駅は以前の筑前新宮駅である。JR駅周辺は西鉄駅周辺と違って栄えているが、なぜかラーメン屋ばかりだ。残念ながらトンコツは苦手なので、折角福岡に来ていながら、ご当地ラーメンはスルーしている。結局電車に乗って博多まで戻ってきて、ここの地下街にある和食屋で食事をした。食べ終わって店の外に出たら、目の前が朝寄ったカレー屋だった。
このあと、地下鉄で天神に出て少しあたりをブラブラしたあと、再び地下鉄に乗って福岡空港に向かった。帰りは飛行機である。
8.福岡空港から帰京
まだ、乗る予定の便まで1時間以上あるが、とりあえず搭乗手続きだけ済ませて、あとは空港ビル内でくつろぐ。予定の便が使用機到着の遅れで15分出発が遅れるとの案内があった。空港ビル内の店で珈琲を飲んだり、各店を覗いたりしていて時間をつぶし、出発ロビーに向かう。ANA262便は、15分遅れの16:45に出発した。九州を抜けて水平飛行になると、下は雲ばかりで何も見えない。「翼の王国」でも読んでいるしかない。関東地方が近づくと、上空の天候が荒れているのか結構揺れたが、定刻より少し遅れて無事に羽田空港に着いた。着陸してからゲートに着くまでが長い。ゲートを出てから、京急の乗り場に行くまでがまた長い。関東も今日は少し涼しいようだ。
ログインしてコメントを確認・投稿する