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2012年08月27日00:13

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【映画】 日本誕生 (東宝・1959年)

今年は「古事記」編纂1300年ということで、今さらながら、東宝の「日本誕生」をDVDで観た。

「古事記」の中の、倭建命(ヤマトタケルノミコト、日本書紀では「日本武尊」と表記)の話を中心にした、一大スペクタクルである。

ただし、おおむね「古事記」の内容に沿ってはいるが、かなり脚色・変更しているところもある。それはそれで面白いのだが。

何しろ、東宝オールスター総出演の豪華キャストである。

「古事記」の冒頭にある「天地初めて發けし時、高天の原に成れる神の名は...」からストーリーは始まり、「國稚く浮きし脂の如くして、海月なす漂へる」状態から、イザナギとイザナミが国生みをするのである。

(イザナギ、イザナミが半裸なのは少し変だな。アダムとイブかいな?)

大八島を生み、続いて、となるところで突然場面が変わる。

語り部の媼(杉村春子)が、国生みの話を民に語っていたのだ。
「昔の話には美しい命がある」という。

「日本誕生」といいながら、このあとの展開は飛んで、いきなり景行天皇(中村雁治郎)の時代まで飛んでしまう。

(もうちょっと、神代の物語をたくさん入れてほしかったなあ。)

小碓命(オウスノミコト、三船敏郎)は、「古事記」では兄である大碓命を殺してしまうが、映画では殺していない。「古事記」では、父である天皇から「やさしくなだめよ」と言われ、「掴み取って、手足をもぎ取り、菰にくるんで投げ捨てる」と、やさしくなだめる(?)のだが、映画では首を絞めるだけだ。

この後、熊曾(熊襲)征伐を命じられて旅立つのは「古事記」のとおりである。
(ただし映画では家来を大勢連れている。「古事記」では一人?)

熊曾建(クマソタケル・志村喬)に近付くために、叔母の倭比売命(ヤマトヒメノミコト・田中絹代)からもらった女性用の服をまとい女装して宴会に潜り込むのも「古事記」と同じだが、これは倭建命が色白の美少年だから出来たことである。三船敏郎の男臭い顔を見て、「美しい娘だ」という志村喬...

熊曾建を刺し殺し、熊曾弟(鶴田浩二)との激しい剣のせめぎあい。
結局、小碓命が勝ち、熊曾弟から「倭建命」の名前をもらう。
倭で一番強い人、という意味だ。熊曾弟も息絶える。

「古事記」ではこのあと出雲建も倒すが、映画ではこの場面は登場しない。

熊曾征伐に成功し倭(ヤマト)に帰るが、今度はすぐに東国に行けといわれる。
「なんで俺だけ」と恨む小碓命改め倭建命だが、ここでまた語り部の登場。

「天の岩戸」の話にプレイバック。
須佐之男命(スサノオノミコト・三船敏郎二役)のあまりの暴れぶりについに我慢が出来なくなった天照大神(アマテラスオオミカミ・原節子)は、天の岩戸に隠れてしまい、天も地も真っ暗闇になる。

なんとか天照を出そうと神々が知恵を出し合い、天宇受売命(アマノウズメノミコト・乙羽信子)の裸踊りに八百万の神(榎本健一、柳谷金語楼、三木のり平、有島一郎、小林桂樹、ら)は大笑い。これを不思議に思った天照がそっと岩戸を開けると、鏡に映った「自分よりも尊い神」を見て連れ出される。神々は大笑い。

困った時は、みんなで大笑いするのが一番の解決手段というお話だ。

そんな話を聴いても心が晴れない倭建命だが、東国へ向かわない訳にはいかない。
伊勢の倭比売命のもとにより、また昔話を聞く。

須佐之男命は、出雲で老夫婦が泣いているのに出会い、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の話を聞く。
強い酒を用意して大蛇に飲ませ、大蛇を退治することに成功し、娘の櫛名田比売(クシナダヒメ・上原美佐)を娶る。この時、大蛇の腹から出てきたのが草薙剣である。

大蛇と戦うシーンは、伊福部昭の音楽の効果もあって、「ゴジラ対ナントカ」シリーズでも見ているような感じだ(?)。

その名剣を授かった倭建命は勇気がわき、東国へと旅立っていく。
倭建命を慕う弟橘比売(オトタチバナヒメ・司葉子)。「古事記」では妻となっているが、この映画では慕うだけのようだ。

尾張で美夜受比売(ミヤズヒメ・香川京子)と結婚の約束をする。
「古事記」ではあっさりと書いてあるが、映画では、父の指示で美夜受比売は倭建命を毒殺しようとするが、倭建命の人柄に触れてその気持ちはなくなり、逆に惹かれていくなど、ストーリーの肉付けがなされている。

弟橘比売が追ってきて、結局一緒に東国に行くことになる。(これも「古事記」には明確に書いていない。)

相模國で国造(田崎潤)の策略にはまり火にまかれるが、「古事記」では沼に荒ぶる神がいると言って誘い出されるのに対し、映画では猪狩りをしようと言って誘い出される。草薙剣で草を薙ぎ払い、火打石で向かい火を起こして窮地を脱するのは「古事記」と同じ。

このあと、走水(浦賀水道)を船で渡るが、ここでなぜか、
 倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるわし
を歌う。(「古事記」では伊吹山で息絶える直前に歌うんだけどなあ)

突然海が荒れるが、それを鎮めるために、弟橘が自らの身を犠牲にして入水して鎮める。これは倭建命の話の中でも最も感動的な場面だ。夫の成功のために自らの身を犠牲にする妻、現代では有り得ない。

「古事記」ではこのあとさらに筑波、新治、甲斐、科野(信濃)を回るのだが、映画ではざっくり省略して、「倭へ帰ろう」となる。

このあとは「古事記」にないストーリーが展開する。

倭に差し掛かったところで、大伴の軍勢が待ち構えていて、倭建命たちを滅ぼそうとする。倭建命はついに息が絶え、1羽の白鳥となって飛び立つ。

「古事記」では伊吹山の神(白い猪)に敗れるのだ。そして、白鳥に化身してからは、そのまま河内国の志幾に飛んで行って終わるのだが、映画ではさらに話が続く。

白鳥が火山の頂上に行くと突然噴火して、流れ出した溶岩で大伴の軍を全滅させるのである。

白鳥は、天の浮橋を通って、高天の原へと帰っていく。

と、長々と書いたが、突っ込みどころはいろいろあるにせよ、面白い映画であることに間違いない。

観たことのないかた、是非どうぞ。
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