7.5/10
ジェーン・シェーンブルン監督・脚本
ハンナ・エインビンデル ジリアン・アンダーソン
アマンダ・フィックス アーサー・コンティ
エヴァ・ビクター ザック・チェリー
サラ・シャーマン パトリック・フィシュラー
ディラン・ベイカー ジャスミン・サヴォイ・ブラウン
クインテッサ・スウィンデル ケヴィン・マクドナルド
ジャック・ヘヴン
「キャンプ・ミアズマ」という『13日の金曜日』のようなスラッシャームービーのシリーズがあり、縮小再生産を繰り返していたが、今回クィアの女性監督クリス(エインビンデル)が、自分の立ち位置からシリーズを再定義するリブート作品を撮ろうとしていた。
そしてリブートのために、第1作のヒロインを演じたビリー(アンダーソン)の出演を期待していた。ビリーは第1作の撮影後、廃墟となった撮影跡地に住み続けていた。
クリスは私生活では性的に抑制的で、男性目線で作られた往年のスラッシャー映画をジェンダー論から再定義しようと試みつつも、その映画の中に性的に惹かれてしまうというアンビバレンツな思いを密かに抱いている。
一方のビリーは、撮影時のトラブルによるトラウマを抱え、その映画に囚われ続けているように見えながら、現在は自分自身の欲望を理解し、性的には解放されている。
クリスの映画の構想が進むにつれて、現実と映画の境界が曖昧になっていく。
監督の前作は『テレビの中に入りたい』。前作の主人公は自分自身がまだ定まっておらず、現実から虚構に救いを求める話で、個人的には結末が少し手を抜いたように感じて好きになれなかった。
ジェーン・シェーンブルン自身はトランスジェンダーで、前作では自分探しの過渡期そのものを映画にしていたように見えたが、本作では自分自身を戯画化できるほど作品との距離が生まれている。クィアの女性監督クリスに自分自身を重ねながら、セルフパロディ的なおかしみまで与えられるほど作品に余裕が出来ている。
「キャンプ・ミアズマ」シリーズそのものの作り込みも素晴らしい。
また、現在のクリスが、性的に解放される前の若き日のビリーに当たる存在になっているという二重構造も興味深い。
クリスは現代のジェンダー論によって、かつての乱暴な男性主義が作り上げた女性像を批判することができる。しかし、頭では批判しているはずの古いスラッシャー映画の性的ファンタジーに、自分自身も欲望を感じてしまう。
言葉や理論でどれだけ武装していても、自分の欲望まで理論通りになるわけではない。
そしてビリーのトラウマと欲望、映画の中のセックスと死が入り混じったような存在が、殺人鬼リトル・デスとして現れてくる。最後にはクリス自身も映画の中でリトル・デスから逃げながら、自分の性的ファンタジーに正直になっていく。
女性蔑視的なスラッシャー映画を現代的に「正しく」作り直すという単純な話ではなく、その映画によって自分自身の欲望も作られているという矛盾まで引き受ける。
このあたりのテーマの切り口が非常に多く、前作とは比べものにならないほど深い作品になっている。
また、「キャンプ・ミアズマ」のオリジナル・キャストに『セヴェランス』のザック・チェリーが出ているのも嬉しいポイント。
さらにオリジナル・キャストのひとりとして、『マルホランド・ドライブ』のパトリック・フィシュラーが出演している。彼が現実に出現すると、映画と現実の境界が一気に曖昧になる。
これはジェーン・シェーンブルン監督自身が、リンチ的な装置としてフィシュラーを起用したと語っていて、リンチ好きの自分としては大満足。
クィア映画でありながら、それだけに収まらず、映画と現実、トラウマと欲望、そして自分を形作った映画をどう受け入れるのかというところまで踏み込んだ、知的なエンターテインメントになっている。
おすすめ。
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