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2026年08月17日16:26

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Her Private Hell 2026年作品

3/10
監督・脚本:ニコラス・ウィンディング・レフン
出演:ソフィー・サッチャー、チャールズ・メルトン、クリスティン・フロセス、ハバナ・ローズ・リウ、ディエゴ・カルバ、ダグレイ・スコット、忽那汐里、アオイヤマダ、西島秀俊、パーカー・ソーヤーズ

まず最初のシーンで、近未来の街に『地獄の黙示録』のカーツ大佐みたいな巨大な頭部のビルが出てきた時点で、「これは大変な失敗作なのではないか」と不安になった。
残念ながら、その不安は的中した。
レフンの映画は、現実からギリギリのところでずれているからこそ魅力的だったと思う。『Drive』にせよ『Only God Forgives』にせよ、われわれの知っている現実に片足を残しながら、それをネオン、沈黙、暴力、音楽によって少しずつ異様な世界へ変えていく。その危ういバランスがレフンの面白さだった。
ところが本作では、本人が意図的に現実から完全に遊離してしまった。結果として出来上がったのは、さながらレフン版『メガロポリス』である。
物語には大きく二つのパートがある。
元恋人ドミニクを父親ジョニーに取られてしまった女性エル(ソフィー・サッチャー)の物語と、子どもを誘拐された米軍兵Private K(チャールズ・メルトン)が日本で娘を探す物語である。
大まかに整理すれば、

- エルと父親の世界=一応の現実層
- Kの日本=別の物語/幻想層
- Leather Man=二つの世界の境界を越えてくる、女性たちの恐怖を体現した連続殺人鬼

という構造なのだろう。

レフン自身によれば、もともとエルとKという二つの別々の物語があり、
Leather Manという第三の存在を設定することで、それらを一つにまとめていったという。

ところが完成した映画を観ると、二つの物語が融合したというより、別々に撮影した二本の映画を編集で無理矢理つないだようにしか見えない。
あまりに話の整合性が取れておらず、ときどきロジャー・コーマン映画でも観ているような気分になる。ただし、コーマンは金をかけずにそれをやるのである。
一つずつ確認していくと、さらに分からなくなる。
レフンの意図としては、エルは父親を求めており、Kは「娘を救うためなら地獄までやって来る父親」、つまりエルにとっての理想的な父親像として存在しているらしい。
しかし、そもそも映画の中のエルが、それほど父親を必要としているように見えない。
さらに、元恋人で現在は義母となったドミニクとエルの精神的なつながりについても、ほとんど描写されない。設定だけなら「自分の元恋人が父親と結婚した」という相当に強烈な関係なのに、エルがドミニクにどんな感情を抱いているのか、父親に何を求めているのかが見えてこない。
つまり、タイトルは『Her Private Hell』なのに、そもそもエルが何に囚われ、何を「地獄」と感じているのかが分からない。
そのため、Kをエルの理想の父親像として提示されても、両者が心理的につながらない。
途中、幻想と現実が交差するような場面で、エルが男性と進んでSEXしているのをKがガラス越しに止めようとする場面がある。しかしエルは自分の意思で男性との関係を進めているようにしか見えないので、Kがなぜそれを止めようとしているのかがさっぱり分からない。
さらにクライマックスでは、Leather Manに襲われるエルをKが救おうとする。ところが最終的にLeather Manを倒すのはエル自身であり、その結果、なぜかKの娘が解放される。
つまり、「Kがエルを救う」という構図だったはずが、結果としてエルがKを救済している。
二つの物語を最後にどうにか一つにまとめようとしたのだろうが、あまりに無理矢理である。
最後にはLeather Manのグローブまで女性二人がエルに差し出すのだが、それが何を意味しているのかも分からない。Leather Manがそもそも何を象徴しているのか曖昧なのだから、その遺物であるグローブを継承することの意味など、さらに分からない。
難解な映画と、物語が整理されていない映画は違う。
 デヴィッド・リンチの映画なら、筋道を完全には説明できなくても、登場人物の欲望や恐怖、喪失といった感情の中心は見える。そのため観客は「分からない」ことを出発点に、自分から映画を解釈したくなる。
本作の場合は逆である。
「自分の理解が足りないから分からない」のではなく、「このままでは話がつながらないから、こちらでつながるように解釈してあげなければならない」という気分になってくる。
 映画を観ていたはずなのに、いつの間にかスクリプトドクターをやらされている。
そして何より残念なのが俳優たちである。
ソフィー・サッチャーはTVシリーズ『イエロージャケッツ』で頭角を現し、『異端者の家』でも成功して、順調にキャリアを伸ばしていた。
チャールズ・メルトンも、マイケル・シャノンと共演した『Heart of Champions』
(2021)から、『メイ・ディセンバー ゆれる真実』で一気に演技力を評価され、これからさらに飛躍していく大事な時期にいる。
そんな二人が揃って、よく分からないレフンのネオンを一身に浴びてしまった。
実にもったいない。
レフンは、ネオン、沈黙、意味深な間、儀式的な演技、セックス、暴力といった「レフン的なもの」を作品ごとに濃縮し、自己再生産する段階に入ってしまったように見える。
かつては現実をレフンの目で見ることで、現実が異様に見えた。
今は最初から「レフン的な世界」を作り、その中へ人物を配置している。
その違いは大きい。
一度自己再生産を止めて、かつての盟友マッツ・ミケルセンにでも説教してもらった方がいいのではないだろうか。
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