5/10
ジム・ホスキング監督脚本
オーブリー・プラザ ジェマイン・クレメント
エミール・ハーシュ クレイグ・ロビンソン
マリア・バンフォード マット・ベリー
ミカエル・D・コーエン
2916年の「The Greasy Strangler」で極端にユニークで絵面が
キッチュかつ汚い世界を魅せてくれたジム・ホスキングの次作がこれ。
(自分は最新作のEbony And Ivory (2024年作品)も視聴済み)
オーブリー・プラザが夫のハーシュを捨てて、自分の家にきた強盗と
駆け落ちして、リフ・ラフのライヴを観に行く話。
冒頭にハーシュがジム・ホスキング独特の間を持たせた演技を
したことで、良い意味で安心していたのだが、その後がまずかった。
オーブリー・プラザがホスキング演出に馴染まなかった。
またオーブリーを起用したことでホスキング自身に遠慮が
出てしまったのか、演技や演出に理性的な意味を持たせてしまった。
意味もなく勢いだけで、こういう世界観だと押し切る力業が
ホスキング映画の醍醐味と思っていたが、本作ではそうではなかった。
例えばリフ・ラフは「んー」ばっかり言っているのだけど、
本作はそのいみをわざわざ説明している。
またオーブリー・プラザを共感できる人物によせてしまっている。
こうした積み重ねがホスキング映画の力を削いでしまった。
次作のEbony And IvoryではThe Greasy Stranglerのテイストが戻ってきていて、
本作を観ることでホスキングの演出が映画の文法をあえて外していたという
緻密な計算からなっていることが分かった(まあだからなんなのだとも)。
ただ所謂ハリウッド俳優ではない俳優が出てきたときに、
ホスキングの映画は異常な輝きをみせる。
マイケル・スト・マイケルズやスカイ・エロバー、ギル・ゲックス、
こうした正規分布の外れの役者が本当に良い。
スカイ・エロバーの意味の分からない動きは本当良い。
セヴェランスのブレイク前のザック・チェリーも良い。
ホスキング映画としては残念だったが、ホスキングの演出論を
語る上では必要な作品だといえる(大多数にはいらなさそうだが)。
ログインしてコメントを確認・投稿する