この本によると、最初の犬の伊勢参りが見られたのは、明和8年(1771年)4月16日であったのだそうです。
その様子は、外宮神官・渡会重全著「明和続後神異記」に記されていると。
犬の飼い主は山城国久世郡、高田善兵衛という者であり、犬はその家の名札を付け、また紐を通して首に銭が巻き付けてあり、そして無事に帰宅したと。
この本にはそんな具合に、実に具体的に、江戸時代の伊勢参り犬の多くの実例が書かれているのです。
太田南畝の「一話一言補遣」には寛政二年(1790年)、安房の庄屋の犬の話として
「はじめ主人より鳥目(銭)三百文、犬の頭に懸けて出しけり。路地にても鳥目五文、三文づつあたふる人ありて、帰路には参寛文(三千文)にもあまり足る程になりて、犬の首に懸けてやりがたければ、村送りの者、持ち送りてやりたる事に成りたりとぞ」
という具合。
こうした例がこれでもかと並べ立てられ、著者は後書きに
「犬の伊勢参りは、なんとおおらかな話だろう。(中略)この話には人々の善意が溢れている。伊勢参りの犬の所持金が盗まれる事件が稀にあったとしても、それは例外中の例外だ。多くの場合、犬たちは善意の人に泊めて貰い、食事を頂いて、伊勢に向かい、また伊勢から帰る。みんなが伊勢参りの犬を応援している」と。
こんな本を書いたのはどんな人なのだろうと思ったら、毎日新聞社の記者を経て毎日映画社社長を務めた仁科氏、「名もない犬たちが日本人の生活とどのように関わり、その生態がどのように変化してきたか、文献資料をもとに研究を続けている」のだそうです。
そして私は、こうした実にどうでもいいことを、膨大な文献の中から拾い出して本にする人が好きなのです。
この2週間で読んだ本。
「国境なき医師団を見に行く」いとうせいこう
大地震の傷跡が残るハイチ、中東・アフリカから難民が集まるギリシャの島、フィリ
ピンのスラム、難民が100万人を超えたウガンダの国境地帯での生々しいルポ。
「温泉小説」朝比奈あすか
「恋とか愛とかやさしさなら」一穂ミチ
「行きつ戻りつ死ぬまで思案中」垣谷美雨
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