正月三が日は家でのんびりと過ごした。今日から仕事始めの人も多いと思うが、私の勤め先は今日も休みである。そこで、今日は寒川神社に初詣に行くことにした。
小田急線で海老名まで行き、JR相模線で宮山へ。普段は閑散とした1面1線の無人駅が、この時期だけは臨時の出入口も必要なくらい混雑する。三が日を外しても、そこそこ人が多いようだ。
寒川神社は、相模國一之宮で、八方除の守護神として千六百年の歴史を持つ。御祭神は寒川比古命と寒川比女命の二柱である。
神門には、正月の名物となっている「迎春ねぶた」、今年は「瓊瓊杵尊と木花咲耶姫(ににぎのみこととこのはなさくやひめ)」である。やはり今日も人は多い。神奈川県各地から参拝者が集まっているのだ。御本殿にてお詣りする。
(神門)
(御本殿)
さて、このあとは用事もなく帰るだけだが、宮山駅の方は人が多いので、反対側の寒川駅の方に向かうことにする。寒川駅へも歩ける距離だが、そちらに向かう人はほとんどいない。ほぼ真っすぐ南下していくと、JR相模線の線路の踏切がある。
(JR相模線)
ここで、ふと西寒川支線の存在を思い出す。国鉄時代に寒川駅から1駅だけ西寒川駅まで延びていた支線で、1984年に廃止になった。この線路跡が一之宮緑道になっている。
いかにも元線路という分かりやすい道である。しばらく歩いていくと、まだ線路が残っているところもあった。廃線後39年も経っているのに、今にも列車がやってきそう? また、車輪が置いてあるところもあり、廃線跡であることがよく分かるようになっている。
(一之宮緑道)
(線路が残る廃線跡)
(鉄道車輪が置かれた緑道)
しばらく歩くと、西寒川駅があった場所にある八角広場だ。ここに記念碑が建っており、「旧国鉄西寒川駅・相模海軍工廠跡」とある。JR相模線はかつては相模鉄道だったが、戦時中の鉄道国有化政策により、重要路線として強制的に国有化された。この路線が重要路線だった理由が、まさにこの記念碑に書かれている訳で、化学兵器などを製造していた工場がここにあったのだ。要は毒ガスの研究や製造が行われた秘密工場だ。実は現在も未処理の毒ガス弾が埋まっていたりする可能性もあるらしいのだが、詳しいことは分からないの、これ以上は書かないことにする。
(八角広場)
(西寒川駅と海軍工廠の跡地の記念碑)
再び一之宮緑道を歩いて寒川駅まで出て、JR相模線で帰った。
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