雨水から春分にかけては、三寒四温といわれるように、寒くなったり暖かくなったりしながらだんだんと春めいてくるが、今日も昨日の冷たい雨の日から一転して良い天気になった。ふと、京王御陵線の廃線跡をたどりながら、武蔵陵墓地に行ってみたくなって、京王高尾線のめじろ台駅に向かった。
京王御陵線は、京王電鉄の前身である京王電気軌道によって、昭和6年に北野−多摩御陵前に開通した路線である。戦時中の昭和20年に不要不急路線として休止され、そのまま復活することなく廃止になった。ただし、北野−山田はのちの京王高尾線に転用され、現在は高尾山口までの路線となっている。山田駅とめじろ台駅の中間の、大体このあたりから現在の高尾線と分岐していたのだろうと推測されるところに行ってみたが、当時の痕跡は見当たらない。
(山田−北野の中間。このあたりから御陵線が分岐?)
おそらく御陵線が通っていたであろうと思われるあたりの道に沿ってしばらく歩くと、JR中央線をくぐる。さらに国道20号線を超えると、このあたりに武蔵横山駅があったはずなのだが、駅らしい痕跡は見つからず、この辺にあったのかなと想像するだけである。
南浅川を渡る。早くも桜が咲き初めている。この少し先にいくと、御陵線の遺構としてはほぼ唯一残っているものらしい橋脚跡があった。確かにここに鉄道が通っていたのだという証拠である。
(南浅川の桜)
(御陵線の橋脚跡)
このまま左にカーブして、住宅地の中を歩く。線路が通っていた場所は正確には分からないが、しばらく歩いていくと、終点の多摩御陵前駅があったらしいと推測される場所に着く。これも駅の痕跡は分からないが、地図と照合すると、このあたりと推測される場所である。なんとなく駅があったような雰囲気は感じられる。
(住宅地の中を歩く)
(多摩御陵前駅跡地と思われるあたり)
さて、ここまで来たら、もちろん武蔵陵墓地に行っておかなくてはなるまい。多摩御陵前駅からすぐ目の前にあるのではなく、もう少し歩く必要がある。陵南公園の中を歩いていく。休日とあって結構人がいて、八王子市民の憩いの場となっている公園のようである。陵南公園を抜けると武蔵陵墓地だ。入口から御陵までは、砂利道の表参道と舗装道の北参道があるが、表参道を歩いていく。広大な武蔵陵墓地であるが、さきほどの陵南公園と違って、全く誰もいない。本当に入っていいのかと不安になるくらい静まり返っている。しばらく森の中の参道を歩いていくと、大正天皇多摩陵、貞明皇后多摩東陵、昭和天皇武蔵野陵、香淳皇后武蔵野東陵にたどり着いた。大正時代、昭和時代に思いを馳せる。
(大正天皇多摩陵)
(貞明皇后多摩東陵)
(昭和天皇武蔵野陵)
(香淳皇后武蔵野東陵)
帰りは北参道を通って行き、外に出てからは多摩御陵参道とよばれる道をとおり、南浅川橋を渡るとJR中央線の線路の前に出る。かつてこの場所に東浅川宮廷駅があったが、現在はその痕跡はない。陵南会館という建物と駐車場があるくらいだが、線路脇の空き地がその名残なのだろうか。
(誰も歩いていない参道)
(東浅川宮廷駅の跡?)
中央線の線路に沿って高尾駅まで歩いていく。ちょうど昼になったので、駅前で食事をしてから、ゆっくりと帰った。
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