立春を過ぎて今週はポカポカ陽気の日もあったのに、今日は一転して冬に逆戻りである。雪の舞う寒い日だったが、夕方は渋谷に演奏会に出かけた。NHK交響楽団の定期演奏会である。
今日のプログラムは次のとおりである。
・リヒャルト・シュトラウス: ヴァイオリン協奏曲
・ハンス・ロット: 交響曲第1番
指揮: パーヴォ・ヤルヴィ/ヴァイオリン: アリョーナ・バーエワ
会場: NHKホール (18:00 開演)
昨年暮れにリヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン協奏曲のCDを買って、それまでこの曲を聴いたことがなかったことに気付いたのだが、それから2ヵ月で生で聴く機会ができたとはうれしい。この曲はシュトラウス17歳の時の作品とのこと。CDで聴いた時も、豪華絢爛な管弦楽というイメージとは違う印象を持ち、それが心地よかった。今日の演奏を聴いても同様であった。冒頭はオーケストラが華麗に鳴り、ヴァイオリン独奏もやや激しく始まり、おやおやと思うが、このあとは、リヒャルト・シュトラウスというよりはメンデルスゾーンに近いような雰囲気で展開していく。バーエワのヴァイオリンも良い感じで、最後までいい気持ちで聴くことができた。
このあと、バーエワが日本語で「アリガトゴザイマス」と挨拶したあと、ヴァイオリン独奏によるアンコール演奏があった。イザイの無伴奏ソナタ第5番の第1楽章である。弓を弾きながら左手でピッチカートを加えるなど、かなり演奏は難しいと思うが、指の動きを見ながら聴き入っていた。
休憩のあとは、ハンス・ロットの交響曲である。この曲も生で聴くのは初めてだ。最初にCDで聴いた時に、「ブルックナーとマーラーとブラームスを足して、ワーグナーで味付けしたような曲」と印象を書いた。ロットは、ブルクナーに学び、マーラーとは友人である。交響曲の第1楽章を作曲コンクールに出すが、ブルックナー以外の審査員には嘲笑され、それでも第4楽章まで完成させてブラームスの批評を仰ぐがここでも酷評される。ついにロットは精神を病んでしまい、失意のうちに25年の短い生涯を閉じたのである。
生で聴いても、やはり、ブルックナー、マーラー、ブラームスらしく聞こえてくる部分があるのは変わりない。もっとも、マーラーの作品はロットよりあとで、マーラーが友人の遺作を「利用」したというのが正しいかもしれない。第3楽章は、そのままマーラーにつながってしまう。
先人の作品を参考にしながら作ったといわれても仕方ない、酷評された若書きの交響曲。お蔵入りしたまま二度と演奏されないならともかく、しばらくの年月を経て録音も数種類出ているし、演奏会のプログラムにも載るようになった。やはり、どこか魅力がある作品だといえるのではないだろうか。
第1楽章は、夜明けの場面のようなトランペットによる幕開けで始まり、次第に盛り上がっていく。ワーグナーの「タンホイザー」にも似たような部分があった気がする。第2楽章は、出だしの弦による哀愁漂う旋律が美しい。このあたりはブラームスの交響曲の緩徐楽章を聴いているような雰囲気がある。後半はブルックナーっぽくなってくる。第3楽章は、前述のとおり、どの部分を取ってもマーラーっぽい。マーラーはロットの遺産をが引き継いだのだ。(そういう意味で、ここはロットのオリジナルだ!) 第4楽章はいろいろ詰め込み過ぎてやや冗長な気がしないでもないが、いろいろと楽しめる。ブラームスの第1番第4楽章のあのメロディーを想起させる旋律も登場する。
今日のN響は、「作品としてはまだまだかもしれないが、何か光るものがあるんだよ」ということを感じさせてくれるような、力の入った演奏だったと思う。ブルックナーとマーラーとブラームスをまとめて聴いたような(?)、贅沢な気分にもなるし。
ちなみに、今日の日中は神奈川フィルがやはりロットの交響曲第1番を演奏している。私はそちらには行かなかったが、ハシゴした人もいるようだ。この曲が同じ日に2つのオーケストラで演奏されるなんて、酷評されてから約140年、ようやくロットも報われたのではないだろうか。
演奏会が終わり外に出ても、まだ雪は舞っていた。駅に向かう途中、ロットの第4楽章のメロディーが脳内で鳴り続けていた。ふと、あれ?ブラームス1番の第4楽章ってどんなんだっけ?と混乱したり...
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