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2011年09月11日11:43

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【旅行】 九州新幹線と西九州の旅

遅めの夏休みで、9/7〜9/9に九州に行ってきた。

1.新幹線で九州へ〜のぞみとさくら

9月になり、まだ残暑が続くもののどこか秋の気配も感じるようになったが、今年は東京電力管内の「電力抑制対応」のため勤務先の夏休みも変則的になっており、この時期に遅い夏休みがある。この休暇を利用して九州新幹線に乗ることにした。今年3月に開通した博多−新八代のみでなく、先行開通している新八代−鹿児島中央もまだ乗ったことがなかったので、今回全区間を通して乗るのである。折角だから九州への上陸も新幹線利用とした。羽田から福岡まで飛行機という選択肢もあったが、やはり新幹線の方がいい。

9月7日(水)、新横浜発10:29発の「のぞみ25号」でまずは博多に向かう。いつもよりものんびりした旅立ちの朝だが、この時間に出ても明るいうちに鉄道だけを使って鹿児島に着けるのである。

関東地方の朝はやや雲が多かったが、神奈川県を抜けて静岡県に入ったあたりから快晴となった。新横浜を出た時点で結構席は埋まっていたが、名古屋でかなりの下車客があった。隣りの席も名古屋以降は博多までずっと空席だった。名古屋付近でちょうど正午になるため、車内のあちこちで弁当を広げているが、自分は乗車前に用意していなかったので車内販売が来るのを待つ。京都付近でやっと来て、「松茸吹き寄せ弁当」を買って食べた。弁当も秋の味わいだ。新大阪を過ぎるとかなり空いてきて、広島あたりで乗っている7号車はガラガラになった。広島までは今年も2往復しているが、ここから西へは久しぶりだ。小郡駅が新山口駅に変わってからおそらく初めて通る。その新山口にも「のぞみ25号」は停車する。新関門トンネルを抜けて九州に上陸し、小倉に停車すると間もなく博多だ。

博多からはいよいよ九州新幹線である。次に乗る「さくら557号」は27分後の接続なので、改札を出ずにホームで待っていることにした。先に博多南線が同じホームから出る。博多南線は以前に乗っているので正確には博多−博多南は初めて乗るのではないことになるが、線路を共用しているだけで路線としては別だし、九州新幹線としてはやはり初めての乗車だ。「さくら557号」は8両編成と、東海道・山陽新幹線の半分の編成だ。新大阪始発なので途中のどこかで乗り換えても良かったが、九州新幹線として博多から乗りたかったので、博多での乗り換えとした。

「さくら557号」は、博多で降りる人も多く肝心の九州新幹線内は空いていた。平日の中途半端な時間なのでこんなものであろう。途中、久留米、新大牟田、熊本、川内に停車する。新大牟田にも停まる唯一の下り「さくら」である。案内放送が日本語、英語、韓国語、中国語の4か国語で行われている。東海道・山陽新幹線は日英の2か国語だけだ。博多南までは比較的ゆっくり走り、ここを過ぎるとスピードを上げてきた。九州新幹線も新しい新幹線の例にもれずトンネルばかりである。さらに防音壁で景色が見にくいところも多く、車窓を楽しめるところは少ない。新大牟田にも停車するが、大牟田の市街地とは離れており、田んぼの中に駅があるという感じである。通過する新玉名も同様だ。これらは在来線とも接続していない新幹線の単独駅だが、大牟田や玉名もある程度の規模の都市だから新幹線の駅は必要ということだろうか。

熊本で、乗っていた8号車は予想通りほとんどの客がおりてしまい、車内はガラガラになった。次は川内まで停まらない。暫定始発駅だった新八代も周囲に何もなさそうな駅でさっと通過してしまう。在来線のリレー特急と同じホームで乗り換えられるようにするための連絡線も、用済みになったようだ。ここから先もトンネルばかりで、いつの間にか駅を通過していて、あっという間に川内に着いてしまった。新幹線車窓から見る川内の町もあまり栄えているようには見えない。川内を出ると12分ほどで鹿児島中央だ。定刻通り17:13の到着である。鹿児島中央まで新横浜から7時間を切っている。新幹線開業以前のことを思うと画期的な早さである。鹿児島中央駅は以前来たときは西鹿児島駅だったが、新幹線開業とともに駅名も鹿児島の中心駅にふさわしいものになった。本来の鹿児島駅がますます影が薄くなってしまう。

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(鹿児島中央に到着した「さくら号」)

2.鹿児島

鹿児島中央駅には「AMU PLAZA」という駅ビルが併設されている。以前来た時はなかったと思う。新幹線が開業して駅はすっかり様変わりしたようだが、駅前の雰囲気は以前来た時の記憶とあまり変わらない。市電も健在だ。本日の宿は天文館通の近くに取っているので、市電に乗ることにする。南国らしい配色の車両だ。鹿児島市の繁華街は鹿児島中央駅と鹿児島駅の中間あたりにあり、本来はここが「中央」だろう。天文館通で下車し、グリーンリッチホテルにチェックインする。関東よりも日の入の時刻は遅いのでまだ明るいが、荷物を置いて食事をするために再び外に出る。天文館通電停を中心になんでもあるが、鹿児島といえば薩摩黒豚だろうと、目についた薩摩黒豚のとんかつ屋「十兵衛」に入ってビールを1本空けながら食事をする。とんかつは美味しかった。

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(鹿児島中央駅)

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(鹿児島市電(鹿児島中央駅付近))

3.川内へ

翌8日(木)も天気は良さそうだ。外に出ると若干涼しく感じた。南国鹿児島にも秋の気配が漂っているようで、朝だけは涼しい。市電で鹿児島中央駅に向かう。乗ったのは新しい車両だろうか、「ユートラムII」という5車体連結(というより可動部分があって5つの部分からなる)車両だった。混雑はしていないが通学の中学生の姿が目立つ。平日の朝の車内風景である。鹿児島中央駅に着き、市電乗り場と反対側にあるPRONTOで朝食を取ってJR駅の改札を入る。今日は新幹線を使わず、のんびりと各駅停車の旅だ。川内まではJR鹿児島本線である。鹿児島−川内は肥薩おれんじ鉄道に移管されずJRの路線のまま継続している。

8:29発の川内行きは2両編成の電車だ。817系というのか、見慣れない電車である。JR九州は個性的なデザインの車両が多いが、新しい形式の電車はさっぱり分からなくなっている。鹿児島に向かう電車は通勤ラッシュでたくさんの客が降りたが、折り返しはガラガラだ。次の広木を過ぎると車窓風景が山間部を走っているようになってきた。それもそのはずで線路は薩摩半島の付け根を横断しているのだ。坦々と各駅に停まりつつ進んでいく。神村学園前という駅もいつの間にか出来ていた。学校のためだけの駅かと思ったら、意外と駅周辺が栄えているようだ。串木野駅前よりも栄えているかもしれない。50分ほどで川内に着いた。

川内市は周囲の自治体と合併して現在は薩摩川内市になっている。駅名は川内のままだ。駅舎も新幹線の開業で新しくしたのだろう。昨日新幹線の車内から見た時はさびしい駅前に見えたが、新幹線と反対側が市街地であり、駅前もかなり栄えていることが分かる。国道3号線沿いの太平橋通りはかなりの繁華街だ。駅から少し行くと川の無いところに「川内橋」と名付けられた橋がある。これは戦争直後に蛇行していた平佐川を改修した時に取り残された橋が、再開発の際に発見されたのでモニュメントとして残すことにしたものらしい。橋の前には河童もいるが、他にも駅前のポストや郵便局の前など町のあちこちで河童を見かけた。川内と河童はゆかりがあるのだろうか。川内といえば大綱引きで有名だが、これと河童は関係ないか。

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(川内駅)

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(川内橋と河童)

4.肥薩おれんじ鉄道(1)

ここから熊本県の八代までは肥薩おれんじ鉄道になる。もとはJR鹿児島本線だったが、新幹線の開通と引き換えに第三セクターに経営が移管された。川内−鹿児島がJRに残されたため、「鹿児島に行かない鹿児島本線」にはならずに済んだが、途中が分断されてしまったことに変わりない。川内駅もホーム上に改札が設けられ、線路も分断されている。ただし貨物列車は直通出来るようになっているようだ。肥薩おれんじ鉄道の区間は前にJR鹿児島本線として乗っているが、特急で通っただけで途中駅では全く降りたことがないので、主な駅には降りてみることにして、まずは出水駅を目指すことにした。10:21発の八代行きに乗車する。1両のみのディーゼルカーだ。折角電化されているのに、旅客列車はすべてディーゼルカーになっている。この方が維持コストがかからないからだろう。車内は空いており、長閑な田園風景の中を坦々と走っていく。

薩摩高城の手前あたりで車窓に海が見えてきた。きれいな眺めだ。案内放送も入り、「西方海岸は鉄道車窓風景の中でも絶景のひとつである」という。太平洋でも日本海でもなく東シナ海だ。しばらく海を眺めている。しばらく行って牛ノ浜で9分ほど停車するという。残念ながら停車中の車内から海は見えない。下り列車と交換するでもなく通過列車を待つでもなく、何のために停まっていたのか分からないまま発車。次の阿久根は沿線の都市の一つだが、新幹線のルートから外れてしまったし、車内から見た限りでも小規模な町のようだ。今回は下車せずに見送ろう。阿久根駅前にはブルートレインの客車が置かれていた。かつてここにも寝台特急(ブルートレイン)が通っていたことを伝えるものだろう。阿久根を過ぎてもところどころで海が見える。川内を出てから71分で出水に到着だ。

出水駅は旧駅舎は使用せずに倉庫のようになっていて、肥薩おれんじ鉄道のこぢんまりとした新しい駅舎が出来ていた。出水は新幹線も停まる駅だが、駅周辺はあまり栄えているようには見えない。とりあえず食事をすることにし、たまたま見かけたラーメン屋「金龍」で食事をする。新幹線の駅のある側にも降りてみた。新幹線口は市街地とは反対側だが、こちらは本当に何もない。ただし駅だけを見ると新幹線口の方が表口のように見える。新幹線の駅が出来たことにより今後発展するだろうか。

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(肥薩おれんじ鉄道(川内))

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(車窓からの眺め(阿久根−折口))

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(出水駅(表口/おれんじ鉄道) )

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(出水駅(裏口/九州新幹線))

5.肥薩おれんじ鉄道(2)

肥薩おれんじ鉄道に再び乗車する。12:32発の八代行きだ。次の米ノ津を過ぎると熊本県に入り、袋に停車すると次が水俣だ。水俣でも降りてみることにした。駅前正面にはチッソ株式会社水俣本部がある。水俣といえばどうしても「水俣病」のイメージになってしまいがちだが、現在は過去の負のイメージから完全に脱却し、「環境モデル都市」として認定された全国6自治体の一つになっている。水俣ブランドの「サラダたまねぎ」や、近海で獲れたタチウオなど全国的に知られた名産も多い。今年3月の震災で原発事故が起きた福島県も、水俣市のようによみがえることを期待したいが、素人政治家集団が足を引っ張っている状態では、道のりはまだ遠いかもしれない。

水俣の市街地は国道3号線沿いにある。「M's CITY」というのがあったので中に入ってみた。市街地の中心的な5階建ての商業施設である。MというのはMinamataの頭文字なのだろうか。商店街をゆっくり歩きつつ水俣駅に戻る。

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(水俣駅)

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(水俣の市街地)

6.肥薩おれんじ鉄道(3)

次の肥薩おれんじ鉄道は13:54発の八代行きだ。このあとは八代に向かうことにする。水俣から乗って次の新水俣で降りたビジネスマン風の2人がいたが、もちろん新幹線に乗り換えるのだろう。新水俣は新幹線の乗り換えだけの駅で、駅周辺には何もなさそうだ。線形の関係で従来の中心駅に併設出来ず「新○○」駅となった新幹線駅は、どこも似たようなものであろう。津奈木−湯浦は一番駅間が長く、間に長いトンネルがある。海から少し離れて山間部に入っているのだ。ここを抜けてしばらく行くと、また海が見えてくる。日本の地中海と言われる不知火海だ。上田浦駅の手前あたりで案内放送も入る。この線には海の絶景区間が2か所もある訳で、以前も通ったことのあるところなのに、あまり意識していなかった。特急で通り過ぎただけと各駅停車でのんびり行くのとでは雰囲気も違うだろう。水俣から1時間ちょっとで八代に到着した。肥薩おれんじ鉄道の終点である。

八代もJRの駅舎とは別に肥薩おれんじ鉄道の駅舎がある。JRの駅前に行くと何やら看板があり、八代が「彦一とんち話」の彦一の出身地であることを知った。八代市の出町というところの出身だそうだ。さて、八代駅前を散策してみると、やはりシャッターの下りたままの店は目立つが、どことなく和の雰囲気を感じる町並である。ふと、八代がイグサの産地であることを思い出した。畳の町なのである。少し駅前を歩いただけでそれを何となく感じるから面白い。

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(不知火海の眺め(上田浦付近から))

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(肥薩おれんじ鉄道(八代))

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(八代駅(JR九州))

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(八代駅付近の町並)

7.熊本

八代駅に戻り、ここからJR鹿児島本線で熊本に向かう。2両編成の赤い電車である。次の新八代は新幹線の接続駅だが、やはり乗り換えのためだけの駅に近いようだ。ちょうど高校生の帰宅時間で、車内は若干込んできている。熊本で下車した。

熊本駅を降りると意外に感じるのは、駅前がさびしいことである。たしかにホテル等の高い建物はあるが、繁華街ではないのである。熊本市は平成24年に政令指定都市になる予定なのに、駅前はこんなにさびしいのかと思ってしまうが、実は熊本の市街地は熊本駅から離れているのだ。そこへは市電で行くことが出来る。今日の宿も市電に乗って行った方がよい。

駅前から健軍町行きの市電に乗る。2両連結の車両だ。どうも車掌(トラムガイドというらしい)が、ややたどたどしいなと思ったら、「研修中」の名札を掲げていた。でも、すぐに「熊本市のことならまかせておけ」というようになるだろう。市の中心に近い辛島町で市電を降りる。リバーサイドホテルを予約してあるが、名前の通り川沿いにあるのだろうと白川の方に向けて歩いたらすぐに見つかった。部屋で少々くつろいでから外出する。アーケードの方に向けて歩き出すと、飲み食いをする場所はいくらでもあるが、そのうちの適当な店、「えびす丸熊本総本店」で美味しい刺身を食べながらビールを1杯、いや何杯か飲んで気分が良くなったところで店を出る。アーケードを抜けると市電の駅があった。通町筋電停だ。おやおや方向を間違えた。少々酔っているのか、こんなところで迷子になりたくないが、アーケードに戻って無事ホテルに帰り着いた。

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(JR鹿児島本線(八代))

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(熊本市電(熊本駅前))

8.大牟田から甘木へ

翌9日(金)の朝はやや雲の多い空だった。ホテルを出て、まずは辛島町電停から市電に乗って熊本駅に向かう。駅前を改めて見渡すと、「森都心プラザ」というものが目に入った。図書館やホールなどがあり、10月に先行オープン、来年4月にグランドオープンらしい。政令指定都市の表玄関にふさわしい施設を作ったということだろうか。市電乗り場には長い列が出来ていた。通勤ラッシュである。東京なら10両編成以上のJRや私鉄や地下鉄が大混雑する時間帯だが、通勤ラッシュが市電で捌けてしまう訳だ。このくらいの規模の都市の方が生活する環境としてはいいのかもしれない。

熊本からは8:30発の銀水行きに乗車する。銀水と言われてもすぐにピンとこないが、大牟田の1つ先の駅である。切符は大牟田まで買った。福岡には西鉄に乗り換えて行くつもりである。熊本を出た時は空いていたが、次の上熊本で結構乗ってきた。ここは私鉄の熊本電鉄からの乗り換えもあるからだろう。学生らしい人も多いが崇城大学前では降りるだろうと思っていたら、ここでは降りず次の西里で降りた。西里駅の近くにもたぶん学校があるのだろう。ふたたび空いてきた車内だが、外の風景も山間部の趣になってきた。都市部を離れるとふっとこのような風景に変わってしまうのも面白い。玉名は新幹線の駅が市内に出来ただけあって、そこそこの規模の町のようだ。荒尾市内に入ると太陽が出てきた。朝は曇りだったが、やはり日中は暑くなりそうだ。荒尾のあたりは海の近くを走っているのは分かるが、いまひとつ海が見えにくい。その代わり煙突はよく見えた。「炭坑節」に歌われた煙突かどうか分からないが、このあたりは熊本・福岡両県にまたがる、炭坑で栄えた町である。福岡県に入り大牟田で下車する。ほとんどの客がここで下車した。

西鉄の乗り場に向かう。大牟田発の日中のダイヤは西鉄福岡(天神)行き特急と甘木行き各停が1時間に2本ずつのようだ。ここで西鉄で唯一乗ったことない甘木線に寄り道することにした。甘木行きに乗っていけばそのまま行けるが、特急で途中まで行こうと思う。9:52発の特急西鉄福岡(天神)行きに乗車する。残念ながらクロスシートの車両ではなく一般ロングシート車だが、堂々の7両編成で大手私鉄らしい。次の新栄町にも停車するが、ここで結構乗ってきた。大牟田市の市街地に近いのは新栄町駅の方なのだろう。ここから先は西鉄柳川、大善寺、花畑、西鉄久留米、西鉄二日市、薬院のみに停車する。結構速い。快調に飛ばして柳川に到着。ここでも結構乗ってきてロングシートの座席がほぼ埋まった。次の大善寺で各停甘木行きに3分の接続をしている。この先、花畑か久留米まで行っても同じ電車になるので、ここで各停に乗り換えることにした。各停は2両編成だ。

天神大牟田線は西鉄の本線であるが、ところどころ単線になっている。柳川付近もしばらく単線だったが、蒲池から複線になっても大善寺を過ぎるとまた単線に戻ってしまった。試験場前から高架になり再び複線になる。花畑で始発の急行に連絡しているので、この駅で降りる人が多かった。久留米まで各停が先行し、久留米でこの急行に抜かれる。急行は西鉄っぽくないステンレスの新型車両(?)だった。久留米の2つ先の宮の陣から甘木線に入る。ここで下り急行の接続を待ってから発車する。甘木線は単線のローカル路線だが、電車は大牟田−甘木を直通して運転している。西鉄福岡(天神)−大牟田を直通する各停は走っていない。北野で上下列車の行き違いをする。この駅で降りた客も多かった。平日の日中の長閑なローカル線だ。だんだんと乗客も少なくなってきた。気が付くと2両目には誰も乗っていない。ワンマンなので降りるのは前の車両にいた方が便利だし、1両目も空いているのでわざわざ2両目に乗る必要はないのだろう。大善寺で乗り換えてからちょうど60分で甘木に到着した。

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(西鉄特急(大牟田))

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(西鉄甘木駅)

9.甘木鉄道

甘木駅は朝倉市に所在している。以前は甘木市だったが朝倉町等と合併して朝倉市になった。甘木駅は市の西の外れにあるが、それほどの大きな都市でもなさそうなのに、この甘木に向かう路線が2本もあるのである。西鉄甘木線の他は甘木鉄道、旧国鉄甘木線である。JRになる前に第三セクターに移管している。両者の甘木駅は若干離れている。駅周辺には中央通りと呼ばれる商店街があるが、こちらもシャッターの下りた店が目立った。甘木駅から離れているが、同じ朝倉市内に「筑後の小京都」と呼ばれる秋月もあるし、甘木駅前ももう少し活気があってもいいと思う。その秋月は甘木駅から8km位離れているので今回は見送ろう。いつか行ってみたい。

甘木鉄道、略称「あまてつ」の駅に行くと、次の基山行きの列車は11:54発だ。すでに停まっていて数人の客が乗っている。1両のみのディーゼルカーである。わずかな乗客を乗せて定刻に出発した。太刀洗駅はキリンビールの工場の最寄駅らしく、キリンビールの看板が目立つ。太刀洗駅は大刀洗町内にはなく、大刀洗町の中心に近いのは西鉄甘木線の大堰駅だ。「大刀洗」と「太刀洗」の表記の違いも気になる。車窓は緑多い住宅地の長閑な風景だが、沿線人口も少なくはなさそうだし、西鉄と競合しながらも並行している訳ではないので、鉄道路線として残ったのだろう。小郡市内に入り大板井駅から突然高架になった。次の小郡で西鉄と交差しているためだ。西鉄小郡駅が下に見える。甘木から26分ほどで終点の基山に着いた。

基山町は鳥栖市と合併しても不思議ではない位置にあるが、基山町として独立を保っている。詳しい事情は分からないが、とにかくくっ付けばいいような合併が全国各地にあった中で、独自路線(?)を行っている自治体だ。ちょうど昼時なので食事をしようと思い、カレー屋「Wスパイス」の看板が目に付いたのでこの店に入りカツカレーを食べる。外観の印象と違い店内はきれいだった。超レトロなテレビやギターが置いてあり、レコード盤を装飾に使い、「His Master's Voice (HMV)」の看板が飾ってあるなど、ただのカレー屋ではなさそうな雰囲気である。カレー自体は美味しかった。

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(甘鉄甘木駅)

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(甘木中央通り)

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(甘木鉄道(甘木))

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(基山駅)

10.帰路

基山駅に戻り、13:01発の快速小倉行きに乗車する。堂々の9両編成で、福岡近郊に入ったことが分かる。原田、二日市、大野城、南福岡に停まり博多に到着した。

博多からの帰路については福岡空港から空路も考えたが、折角新幹線で九州に来たのだから、帰りもやはり新幹線にすることにした。14:00発の「のぞみ38号」の指定を確保し、あとは新横浜までのんびりと座っているだけである。時間が中途半端なせいか新大阪や京都でもさほど乗ってこなかったが、名古屋では17:00を過ぎたため、ここでほぼ満席になった。往復とも名古屋−新横浜のみ、隣りの席にも乗客がいたが、博多−名古屋は空席だった。静岡あたりで暗くなってきたが、東に向かっているので日が暮れるのが早い。新横浜から自宅に向かった。
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