静岡文化芸術大学の授業「国際文化入門C」の聴講第10回目。
今回はゲストスピーカーが招聘され、その講演を聴いた。
ゲストスピーカー にむらじゅんこ(二村淳子)
テーマ モロッコ芸術概論
にむらじゅんこ(二村淳子)；
静岡県三島市出身。
鹿児島大学講師、国際文化研究センター客員准教授。
著書 『パリで出会ったエスニック料理』『かわいいモロッコ 雑貨と暮らし』『クスクスの謎 人と人をつなげる粒パスタの魅力』他多数。
モロッコ(Maroc)はアフリカ大陸の北西の端にある。ジブラルタル海峡のすぐ向うはイベリア半島。
ヨーロッパ×アフリカ×アラブの交差点とも言われる。
モロッコに関係する文学者；
ポール・ボウルズ(1910-99/米『極地の空』=映画『シェルタリングスカイ』の原作)、ウィリアム・バロウズ(1914-97/米『裸のランチ』)、ジャック・ケルアック(1922-69/米『路上』等の米国ビート・ジェネレーション作家達、パトリシア・ハイスミス(1921-95/米『太陽がいっぱい』)、ムハンマド・ショクリー(1935-2003/モロッコ『裸足のパン』)、ジャン・ジュネ(1910-86/仏『泥棒日記』)等々。
本講演の構造。
�� モロッコに行く理由…文学,モード,コスメ,カフェ空間
�� モロッコの生活芸術…雑貨,インテリア
�� モロッコの食生活…クスクス
タンジール(タンジェ)；
モロッコの北端、ジブラルタル海峡を臨む都市。歴史上、実に多くの民族がここを支配してきた。
1905年のタンジール事件(第1次モロッコ事件)後、1911年の第2次モロッコ事件を経て英,仏,スペイン等による国際管理地域となり、モロッコ全体はフランスの保護領となった。
「(タンジールは)どこにも属さない場所」になったとも言えるのではないか。
多くの文学者がこのモロッコに集まってきたのは前述したが、ここは自由奔放な作家、芸術家、音楽家達の集まる街だった。
「モロッコは人の運命を変える。青く高い空によって、音楽の陶酔によって、いや、何よりも魔術によって。」
こう言ったのは比較文学研究者の四方田犬彦である。
アラビア語の「ジン」は「魔術・魔力」の意。
目に見えない不思議な力の事。
「アラジン」のジン、「ジンクス」の「ジン」でもある。
人々がモロッコに行く理由の��
作家達の視点の追体験ができるから。
・誰にも属さない場所。
・自由人達の愛した街。
・今でも、彼等の宿泊していたホテルや、お気に入りのカフェや、書店が、手つかずのままある。
(他の観光都市では味わえない、非日常世界の体験が可能である。)
�，痢劼修�1〉文学世界に、更に付け加えるのは、〈その2〉「着こなし」(La MODE)。街の人々のモロッコ的、アフリカ的センスに驚かされる。
国民服「ジェラバ(jellaba)」、フード付きコート。素材はリネンやウール。
『ゲゲゲの鬼太郎』の「ねずみ男」が着ているような服と言えば想像し易いか。
フードの先は、人によって、ピンと立てたり、前や左右に寝かせたり、拘りがあるらしい。
これに「バブーシュ(*)」(スリッパ)を履く。
男性は実にカラフルな着こなしをする。派手で光ったような純色も恐れない。
(*)バブーシュはヤギ,ヒツジの皮で作る。男性は黄色が基本、女性はカラフルなものが多い。
女性の方は、アクセサリーや服のディテールに凝る。装飾性の強いものを好む。
衣服だけでなく、街も色が鮮やかだ。
シャウエン；家や通りの壁が水色。
この近くで取れる石灰石が青みがかっているため、しっくい壁が水色に見える。青という色には蚊が寄り付かないというメリットもある由。
テトゥアン；緩やかな丘につながる、鮮やかな白壁の家の街。
「カサブランカ」はモロッコ最大の都市だが、元々「白い家」という意味。最近のカサブランカの壁は、車の排気ガスのため、灰色がかっている。
マラケシュ；赤というよりピンク。
�，痢劼修�2〉、ファッションセンスの眼が養える。
・著名デザイナーも全然追いつかない、現地の人達の色のセンス。
・さりげないのに、大地や自然とマッチし、威風堂々としている。
・Yve・St.LaurentやSerge・Lutenceがここを愛し、終の棲家を持った。
加えてコンゴの例；「サプール(SAPEURS)」(*)
「エレガントである事に全てを捧げる男達」。
「服が汚れるから戦わない」。
サプールは平和のメッセージにもなった。
(*)サプールとは「お洒落で優雅な紳士協会」、その頭文字をつなげている。彼等をサップと呼ぶ。
奇抜な色使いが目を引くが、3色以内でコーディネートする事が原則。
�，痢劼修�3〉はコスメ。
「美の王国」、女も男も。
・アカール；口紅。チークとしても使う。
コクリコから採れる天然素材。素焼きテラコッタの入れ物に入れ、スパイス店で売っている。スパイス店は薬屋でもある。・ガスール(泥パック)；アトラス山脈で採れる粘土を溶かして使う。
・ボテ(BEAUTE)；母から娘へと受け継がれてきた薔薇水、薔薇療法。
「薔薇の谷」ケアラ・ムグナ、サハラ砂漠へ向かう街道にある谷。バラは早朝に手で摘み取る。
外見の化粧だけでなく、「薔薇は人を優しくする」。
中世のアラブで発明された蒸留法で、バラの香りとエッセンスを封じ込めた。
・アルガンオイル；元々は皮膚感染症薬。ビタミンE、抗酸化作用。→化粧水に。
世界でモロッコにしかない低木樹の実から採る。7年間雨が降らなくても枯れない強靭な生命力。ヤギ、ラクダもこの葉を好む。
・コール炭パウダーのアイライン
化粧だけでなく、邪視(evil eye)から身を守る。
以前は男もした。
化粧、まじない、健康、これらはモロッコでは三位一体で不可分なもの。厄除け、吉祥のアイテムでもある。
�，痢劼修�3〉、モロッコでは今も目に見えないものが生きて存在している。
古い伝統医学が日常の中で健在する。コスメもそうした伝統医学の一部に位置付けられる。
�，痢劼修�4〉はカフェ。
カフェ1杯で、王様のように贅沢な気分になれる。
ラテがメイン。4種類のブレンド。
ミントティーも人気。
安価で、どんなにゆっくりしても文句を言われない。
・カフェ・ハファ 1921〜
ポール・ボウルズも行った店。恐らくアフリカで最も有名なカフェ。
白い壁、その向こうにジブラルタルとイベリア半島が見える。
モロッコのカフェは社交の場、おしゃべりの場でもある。
�，痢劼修�4〉、カフェは地元とその文化を知る扉のような存在である。
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街の看板の絵は、どれもちょっとヘタに見えるが、ユーモアと色使いのセンスが感じられる。
イスラームの偶像崇拝禁止の教えから、西洋画のような写実的描写を追求する嗜好は発生しなかった。
線画、いわゆるデッサンは発達せず、その代わりに色のセンスが発達。
そして、幾何学的模様やパターン、カリグラフィ(習字、華文字)等の装飾も発達した。
そうした特色をモロッコのホテルや邸宅から見てみる。
ex.旧市街の「リヤド･アラムジカ」
・色漆喰、漆喰彫刻透かし彫り。
・馬蹄形アーチ式ガラス窓。
・鍛冶屋によるアイロンワーク。曲線の美しいアールヌーボー調。
・ゼリージュ；タイルワーク。伝統的な模様は360種あると言われるが、大きく3つのパターンに分類できる=花や葉等の植物モチーフ、文字モチーフ、幾何学模様モチーフ。
・ランテルヌ、フォトフォール；ランタンの入れ物に模様を切り込み、灯りが漏れるようにしてある。前者は天井から吊るし、後者は足許の床に置く。既製品もあるが、近所の鍛冶屋で特別に造ってもらう場合も。
・フェール･フォルジェ；上を含め、アイロンワーク。鉄を熱で曲げて造る。御簾のような窓の目隠し、壁掛け飾り、テーブルの脚等々。
これがあると、外から家の中は見えないが、中から外は見える。家の中に他人の視線を入れる事は善くないと言われている。
生活の中に美と芸術が息づいている。
モロッコでは何故今も職人が多く、工芸が健在か？
〜フランスの植民地(保護領)だった事と関係あり。
〜フランス植民者が現地の芸術保護を行った。何故か？
〜プロパガンダ(世論戦略)のため。
フランスは文明国で、美しいものを守る国だ！と信じ込ませるために、職人を保護した。
「モロッコの芸術の保護は、フランスの文明的使命である」。
〜として、植民地主義の正当化をした。
第1次大戦時、フランスはモロッコを巡ってドイツと戦った。ドイツは野蛮な国、それとの差別化の意味もあった。
同時代の図像；
自由の女神の如き「マリアンヌ」(赤いコートの下には鉄の鎧を身に付けている)が「進化(西洋化ではない進化)」「文明化」「商業」の3つの色の盾を持って、現地人に手を挙げている。
フランスという国の栄光と、フランスの植民地支配を正当化し、モロッコの伝統的芸術を保護した。
当時のフランスの言説は、如何にも胡散臭い(二枚舌)だが、ともかく、結果としてモロッコの職人と伝統芸術は今も生き、美の強い力を発揮している。
��モロッコの食生活
フランス人に最も古くから食べられていた歴史を持つ料理は？
ビーフ･シチュー…18世紀
グラタン…18世紀
◎クスクス…16世紀
その後一旦途絶えたが、北アフリカをフランスが植民地とした頃から、主にアルジェリア、モロッコ、チュニジアの食事が流行した。
北アフリカに植民していたフランス人達の食事として、なくてはならない存在となった。
・「クスクスライン」；
リビアのシドラ湾の真ん中から南北に直線を引き、その西(西よりモーリタニア,モロッコ,アルジェリア,チュニジア,リビアの西半分)にはクスクスがあり、その東(西よりリビアの東半分,エジプト,アラビア半島)にはない。
シチリア島もイタリアもこのラインの西にあり、クスクスを食べる。
・クスクスの魅力
1.経済面、2.健康面、3.精神･文化面
1,2.経済と健康の2面
安くてボリュームがある。1人前で2人分はある。おかわり自由。
野菜たっぷりの出汁。たくさん食べても胃にもたれない。
金曜、イスラームの集団礼拝の日にはタダで食べさせる店もある。
3.精神･文化面
「連帯クスクス」；共食という行為によってつながる連帯のシンボル。
クスクス(Couscous)の定義；
A. 蒸された硬質小麦のスムール(またはセモリナ=硬質小麦を粗挽きしたもの)。
B. そのスムールをベースとして作られる北アフリカの料理。
肉(羊,鶏,ラクダ等)と野菜類、ヒヨコ豆、時には干しブドウ等を煮込んだスパイス入りスープが添えられる。
クスクスは粒の名称であり、それが料理の名になった。
〜粒の作り方；
セモリナを、水をかけてフラワー粉(さらさらの小麦粉)でコーティング。水分を含ませる事で、雪ダルマ式に膨らむ。
作り方からすれば、クスクスは極小のパスタとも言える。(蕎麦打ちにも似る。)
パスタは、実は、イタリアでなく、イスラーム由来の食。
「トラットリア」の「トリア」はアラブ語の「イトリア」から来ている。
クスクスは「イトリア」の一種でもある。
他のパスタと違って、クスクスは携帯食になる。乾燥させれば2年はもつ。湯をかけるだけでOK。
大航海時代には、携帯用のクスクス持って航海に出た。これが元で、新大陸にもクスクスが伝わる事となる。
モロッコのEpices(仏語 香辛料)は、辛いものは殆ど使わない。
スパイスは味付けだけでなく、伝統医学、民間医学と結び付いている。
アニス、ジンジャー、シナモン、ターメリック等。
おまじないにもスパイスを使う。
中国の「五香紛」は陰陽五行(土,金,水,木,火)と関係する。
キャトル･エピス=4つの香辛料(シナモン,グローブ,ナツメグ,ペッパー)。ギリシア医学の基礎元素(空気,水,火,土)等との関連。
互いに影響を与え合って、天地万物が変化し、巡回するという考え方。
イスラーム医学はギリシア医学を継承している。
イスラームでは5及び5の倍数は魔除けとなる。ムハンマドは奇数を好んだ。
イスラームで発達した伝統医学の考え方、これがクスクスのスープの中に浸透している。
スパイスの組合せによって、特別の力(ケミア/アルケミア)が与えられると考える。
・ケミアCHEMIA(錬金術)→Chemistry(英),Chimie(仏)
クスクスはケミアの食。
全ての病気や問題に効くクスクスがある。
恋愛に効く…、子宝をもたらす…、等々。
クスクスは、人間と人間、人間と自然を結びつける効能がある食だとも言える。
〈まとめ〉
モロッコの文化･芸術、〜文学、ファッション、インテリア･雑貨、食〜を通して見ると、そこには独特のセンス、そして土地に根差した美がある。
モロッコの美は視覚的なものに留まらず、魔術的要素(健康,厄除け,吉祥)、思想(共生と連帯の精神)に迄行きつく。
フランス語の「L’Art de vivre」。
・生きる術、生活術。
・暮らしの芸術。
・生活はアート。
・生き様。
・生活美学。
・善きライフスタイル。
・「Fine Arts」とは違うart。
「L’Art de vivre au Maroc」
・色使いの斬新さ。
・芸術と魔術の境界はあやふや。
・前近代と現代の交差。
・自然と人、人と人、人と超自然のつながりのある生活。
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