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2019年08月26日19:27

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世田谷パブリックシアター公演 『熱帯樹』 (三島由紀夫/小川絵梨子)

今年5/6(月)、NHK-BSの[プレミアムステージ]で、世田谷パブリックシアター公演の『熱帯樹』が放送された。
三島由紀夫の原作戯曲を、期待される若手 小川絵梨子(1978- )が演出したもの。
私は2017年の同放送で、彼女の演出した『マリアの首〜幻に長崎を想う曲』(作 田中千禾夫)を観た。2018年6〜7月、穂の国とよはし芸術劇場PLAT公演の『マクガワン・トリロジー』(作 シェーマス・スキャロン)は、結局チケットが買えなかった。
小川は、その若さにも関わらず、読売演劇大賞優秀演出家賞を複数回、紀伊國屋演劇賞個人賞、千田是也賞、その他を受賞し、2018年9月からは新国立劇場演劇部門芸術監督に就任している。

本公演のデータ。

『熱帯樹』(3幕)
原作戯曲 三島由紀夫
演出 小川絵梨子
美術 香坂奈奈
衣裳 原まさみ
照明 松本大介
音楽 阿部海太郎
制作 世田谷パブリックシアター

出演
勇(兄) 林遣都
郁子(妹) 岡本玲
恵三郎(父) 鶴見辰吾
律子(母) 中嶋朋子
信子(恵三郎の従妹) 栗田桃子

収録 2019年2/17〜3/8世田谷シアタートラム
他に、兵庫県立芸術文化センター、愛知県東海市芸術劇場でも、続けて公演があったようだ。

1959年の秋、ある家族のある1日の出来事。
第1幕がその日の午後、莫大な財を成した恵三郎の邸の中、郁子の病室、となっている。
第2幕も同じ邸の中、薄暮。
第3幕同じく、深夜。

同じ場所に限定し、僅か1日の間に、1家庭に凝縮して起こった愛憎の顛末を濃密に描いている。
資産家の恵三郎は、己の財産を守る事にしか関心がない。歳の離れた妻 律子には、自分好みの若やいで派手な衣裳と装飾品を身に付け、濃い化粧を施させる。それらにはいくらでも金を使うのを許しているが、子供等には吝嗇を極める。
律子は夫の前では人形のように従順を装っているが、実は永年夫の財産を我がものにしようと企んできた。息子 勇を異常な程愛し、彼に夫を殺すよう仕向け、そのチャンスを狙ってきた。
娘の郁子は重い病身で、自ら余命が長くない事を覚っている。母の企みを察知し、彼女を憎み、愛する兄 勇に母を殺させようとしている。
勇は、家族を人と思わずに扱おうとする権力者の父を憎悪し、これ迄にも幾度もぶつかってきた。余命短い妹を慰めつつ、許されない愛に発展してしまうが、母の蠱惑にも翻弄され続ける。
信子は恵三郎の従妹で、夫を亡くし、この邸に同居、郁子の面倒をみてきた。立場を弁え、出しゃばった事はしないが、唯一の常識人であり、邸の中で起こる事、4人のありさまとその心中を、冷静に眺めている。

原作は、1960年、三島由紀夫(1925-70)が書き下ろし、同年に文学座で初演された。三島35歳の作である。
フランスの一地方で実際に起きた事件をヒントにし、まるでギリシア劇のように三島由紀夫はこの家族の愛憎と人間模様を組み立てた。
初演の折りは、杉村春子が律子を、山崎努が勇を演じた。

また、三島には美津子という3歳年下の妹がいた。一緒に歌舞伎を観にいく等、大層仲の好い兄妹だったが、第2次大戦直後、彼女は僅か17歳で病死した。その痛みは青年期の彼に大きな影響を与えた。それも、この作品に大きな、甘美とも言い得る影を投げかけているだろう。

郁子と勇が邸の中に撒いた妄想の種は、2人の養分を得て、大きくなり、今や熱帯樹となって生い茂る。
その妄想の茂みの中で、家族の人間関係は形作られ、彼等は役割を演ずる。

不毛な争いの果てに、深夜、月の光の中、郁子と勇の2人は自転車に乗って、家の前の坂道を海に向って走りだす。
信子は全てを見通し、「何もかも終わりましたわ」と言い、私の役割はもうないと邸を出ていく。
律子は、しかし恵三郎に怖ろしいような笑みを浮かべて言う、
「まだ終わりはしないわ。まだ一つ残っている。明日から私、庭に大きな熱帯樹を植えたいと思いますの」、
庭にうっそうと蔓延る熱帯樹の葉先には、「真っ赤なつやつやした、鮮やかな花」が咲くだろう、派手な寝着をまとった律子は、月光に照らされ、そう妄想した。
 
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