mixiユーザー(id:3341406)

2009年12月22日13:47

36 view

ジーナ・プリンス=バイスウッド 映画『リリィ、はちみつ色の秘密』

レンタルDVDで『リリィ、はちみつ色の秘密』を観る。
日本では、2009年、今年の3月に公開された映画である。

映画の背景は、1964年の南部アメリカ。
同年は米国史で大きな意味のある年である。
この年の7月、公民権法が施行されたのだ。
映画の中でも、リンドン・ジョンソン大統領(当時)が公民権法について話しているニュースがTV画面に写される。
日本では、この年の10月に東海道新幹線が開通し、東京オリンピックが開幕する、いわゆる高度経済成長真っ只中だ。
単一民族で且つ経済発展に湧く日本で、アメリカの黒人に公民権がない等という次元の話は実感の及ばぬ事だった。
だって、リンカーンが奴隷解放宣言を行ったのは1862年であるし、その2年後には南北戦争が起こり、1865年には北軍の勝利により奴隷制度は合衆国からなくなった筈だ。
しかし、元より、奴隷の制度を撤廃した事は人種差別をなくしたという事ではない。
奴隷制度がなくなり100年もの年月が経過し、やっと公民権が公けの場で解決されるに到る。これが映画の背景の時間である。

更にだがしかし、と言わねばならない、奴隷解放宣言と全く同様、公民権法が施行されたからと言って、人種差別が1夜に消滅する事等ない。
その当たりの事は、映画の中でも実にショッキングに映し出されている。
ジョン・F・ケネディが暗殺されたのが前年の1963年、マーティン・ルーサー・キング牧師が殺されるのが1968年である。いや、現代だとて、人種差別の根が如何に深いかを思い知らされる事件はままある。ヨーロッパにおけるユダヤ人問題も同様だろう。これこれと書物に書かれている、ではこのページは破り捨てればよい、というような他人事の問題ではなく、長い長い年を経て人々の血肉となった感情,思想のレベルの問題なのだ。
だから、今でも、この原作が売れ、この映画が話題になるのでもあろう。

映画は、そんな時代に、1人の少女リリィが、家族の愛の不信から、どう再生するかを模索している。
社会での人種差別問題は、家族の中に姿を換えて顕れている。
父と母の不仲、争い、それが幼い子供の心に落とす影は並大抵ではない。心の通わなくなった夫婦程脆いものはない。母は心を病み、夫と娘を家に置いて出ていく。
ある日、家に戻った母、父と激しい喧嘩となる、握られたピストルが床に落ちる、目の前に転がってきたそれを手に取る子、ピストルは暴発し母は死ぬ。
これらの切れ切れの記憶が、どれ程娘を苛むか、記憶は痛みの謂いでもある。
「4歳の時、ママを殺した、大好きなママを」これが、映画の冒頭、14歳になろうとする少女が、夜、寝れぬベッドで呟く最初の言葉である。

今は父親と2人暮らしをしているが、父親とは心を割った会話ができない。家庭では常に命令するだけの男、暴力的な扱いもしばしば。
後から判る事だが、心の狭い父親は、今も妻を許していない。娘にはこう言う、ママはあの時荷物を取りにきただけだ、ママはお前を捨てたんだ。
悲劇的な事件は起ころうと、母が自分を愛していたという記憶をもてたならば、心の痛みはこの少女程に自身を責めはしないだろう。
こうした基本的な愛の不在の只中にあって、自身の存在に一体どんな価値があるだろうか、これが彼女の生のスタートであり、映画のスタートである。

彼女は黒人のメイドと家を飛び出し、母の辿った道を自身歩いてみようとする。父親の言葉は真実なのか、私を母は愛さなかったのか。

原題は『 Secret life of Bees 』である。
リリィとメイドは、養蜂を独立して営む黒人の3姉妹の家に滞在させてもらう事になる。母の遺品に、この蜂蜜のブランド画があったからだが、仔細は3人に言わない。
白人の娘が、黒人の仕事の手伝いをし、いわばいそうろうをするという事は、それ自体、当時の常識からすれば奇異な事だ。
3姉妹はリリィに曰く因縁のある事は気付くが、何も言わず、彼女を見つめる。

この3姉妹の人間的設定が見事である。
母のような度量の長女、芸術的な感性と知性に溢れた次女、双子の相方をなくし自身の過敏な感受性に振り回される3女。
そして、リリィと、一緒についてきた若いメイド、向上心の強い彼女は、公民権法が施行された筈の街で白人達とぶつかり、手酷い暴力を受けている。

蜂を扱う事は、蜂の感情、彼等の社会のあり方を認め、それらと共存する事である。
それのできない人は養蜂家になれない事を、リリィは、長女に教えられる。
蜂は、射す事は自分の死を意味する。射したい蜂等いない。蜂の意思を認めてやれば、蜂に刺される事もない。
こうして、リリィは3姉妹と蜂によって、自身の再生のよすがを手にしていき、母の真実にも近付く事になる。

これは、ただ1964年という特殊な時代の物語ではなく、現代にも生きる普遍性を持った物語である。


監督・脚本 ジーナ・プリンス=バイスウッド
原作 スー・モンク・キッド
撮影 ロジェ・ストファーズ
出演 ダコタ・ファニング,クイーン・ラティファ,アリシア・キーズ,ソフィ・オコネドー,ジェニファー・ハドソン,ポール・ベタニー

2008年米映画
 
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2009年12月>
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031