例年この時期に公演される「東京ラジオ歌謡音楽祭」。5月26日第23回が催された。およそ4時間超、のべおよそ50名が熱唱、満員の観客をうならせた。 戦後日本の復興を歌でささえたひとつの人気番組「ラジオ歌謡」は、現在も熱心なファンが健在で歌を継いでい
5月18日BS-TBS番組「北島三郎 芸道58年 歌魂の贈りもの〜昭和・平成・令和 歌い継がれる日本の心〜」を観た。 北島三郎の集大成とまでは言わないまでも、題目通り彼の現在の心境を番組にしたように感じた。過去を振り返るコーナーで彼は真っ先に好きな歌
京マチ子が5月12日に亡くなり、親交のあった方々で葬儀されたことが報じられた。95歳であったとのこと。こころからご冥福をお祈り申し上げます。 大映の代表的な大スターであった。私的にはフランク永井が世に躍り出たきっかけになった、百貨店そごうの東
5月11日の朝日新聞の「サザエさんをさがして」欄を読んだ。それは、1月に発売された「日本の流行歌スターたち[2]松尾和子」の「お座敷小唄」(1964ビクター、作詞不詳、作曲陸奥明、採譜和田弘、編曲寺岡真三)について書いてあった。 上記CDについての
つねづね、昭和歌謡における異彩というか、たいへんユニークな作曲家として私的に(つまり勝手に)注目をしているのが、浜口庫之助、山本直純、小林亜星。 もちろんフランク永井の恩師である吉田正やスタンダードな遠藤実、古賀政男といった歴史に名を残す
先日ヤフオクで「部長刑事」というLPを得た。写真の真ん中のもので、下のジャケットはその中にあった2枚のLP。部長刑事は1958年から2002年まで関西の大阪テレビ、朝日放送大阪テレビ、朝日放送で放送されていた関西ローカルの刑事ドラマシリーズとのこと。
一般社団法人日本歌手協会は日本の歌手が参加している組織だ。さまざまな催しを行っているが、秋から初冬に行われる「歌謡祭」は名が知れている。昨年は11月13日14日の2日間、昼夜あわせて8部公演され、およそ200曲がうたわれた。この模様は暮れにテレビ
日活の大スター、テイチクの稼ぎ頭である石原裕次郎。日本で一番愛された男というキャッチも使われた。文句は誰もつけなかった。まあ、昭和日本で男のスターといえば、認めざるを得ないだろう。 フランク永井、石原裕次郎は当時「低音の魅力」の代表として
この拙い「フランク永井あれこれ」の記事をご覧いただき、以前からさまざまな面白い情報を寄せてくださるDさんからいただいたお話です。 感謝をこめて紹介させていただきます。 旅先でふと見つけたお土産「苺恋し」。嬉しくなって思わず写真を撮ったとの
武田鉄矢がナビをつとめるこの番組、これはと思うテーマが放送されるときは観てみる。なかなか聞いていて安心な番組だ。 3月21日は表題の通り藤圭子が話題であった。 当然、フランク永井との関係で見ていたのだが、歌がうまい歌手はカバーを多く残してい
BS朝日の「ザ・ドキュメンタリー〜山本直純〜音楽の底辺を広げた男」を観た(3月16日)。かねてから日本の音楽家で、それとなく感心し注目しているのは、山本直純、浜口庫之助、小林亜星だからだ。 彼らは一様にフランク永井との関係はそう深くないのだが
映画「君恋し」が1962(S36)年に劇場上映された。以前に触れたが同名の戦前版は1929(S4)。いぜれも日活の製作であるが、DVD化発売はされていない。 この映画があるとなると、見たいのは人情というか、ファンの望みだ。戦前版はともかく、フランク永井自身も
城南海(きずきみなみ)。鹿児島県奄美市出身の若い実力派歌手。昨年9月に番組「昭和の名曲」で「君恋し」をエドアルドと歌った。 彼女については若いゆえに筆者はうといのだが、テレビ番組「THEカラオケ・バトル」は観て知っていた。驚くべきことにここ
大衆音楽の殿堂にフランク永井が顕彰されている。機会があえばいっしょに尋ねないかと長年親しくしている方に誘われて訪ねてみた。NHKラジオ歌謡歌う会の関係者の方で、当日は作曲家弘田龍太郎についての講演があった。 講師は三代目海沼実で彼が主宰して
待ちに待ったDVDが届いた。内容は映画館でみたままなのだが、テレビで寝転がって鑑賞するのもいいものである。 DVD化は、現在というか本日から開催されている上映企画『京マチ子映画祭』に合わせて、発売されたもの。(3月21日まで) ここであらためて説
フランク永井が歌った「君恋し」。レコードは1961(S36)年の発売。この時期はすでに78回転のSPは終え、EP時代に移行していた。ただステレオになる前で、盤IDがVS-537(VSシリーズはまもなく、ステレオのSVになる)。 「君恋し」はその年末、日本レコード大
フランクの永井の「夜霧の第二国道」は1957(S32)年10月に発売されたSPレコード。実は翌月に発売された「有楽町で逢いましょう」よりちっとだけ早く出た。「有楽町…」と同時に発売されたのは「羽田発7時50分」もあり、これらいずれも大ヒットした。 何とい
森進一が1972(S47)年に吉田正の名曲のカバーとして、アルバム「再会」をリリースしている。フランク永井の恩師吉田正と同じビクターでも森進一はターゲットの微妙な違いから、互いに別路線で走ってきていた。 フランク永井と松尾和子のように吉田正ライン
2年前にTBS「トップスターショー 歌ある限り #31(フランク永井、八代亜紀、沢田研二、岩崎宏美)」で、八代亜紀と「サパー・タイム」という、フランク永井「データブック」に未記載の曲が歌われたことを紹介した。 この度、当サイトにたびたび閲覧後にコ
新年早々、嬉しいことが目白押し、とそこまでではないまでも、フランク永井ファンには頬も緩む。BS朝日の人気番組「昭和偉人伝」で2週連続の特集が放送された。 昭和は今年に年号が変わる。昭和の特集はこれからも続くだろうが、平成の2代前になってしま
フランク永井ファンと懐メロファンとビクター初代美女アイドルファンへの新春早々の贈り物「日本の流行歌スターたち」第一弾として7枚のCDが発売になった。懐メロファンには、第2弾が来月に発売されるのがさらにお楽しみだ。 来月は、(8) 生田恵子、(9)
映画「有楽町で逢いましょう」は1958(S53)年1月に封切られた。これが2月にようやく初めてDVD化されて発売されることになった。何ともファンにはうれしいことなのだが、半世紀以上も経ってから、というのが妙すぎないかと。 このブログで幾度も紹介してい