1964(S39)は東京オリンピックの開かれた年だ。音楽業界がモノラルの時代から急速にステレオに切り替わっていく。フランク永井の人気は高まり、LPレコードも1968年に第1集が発売されたモノラル盤の「魅惑の低音」シリーズも第14集をだしたのを最後に、その
MEG-CD(ミュージックグリッド社)から3月18日に、フランク永井の絶版シングル盤がCDで9点復刻され発売された。 フランク永井のものは、2009年から数次にわたって復刻が取り組まれてきている。昨年の秋口につづいてこの3月の復刻となった。今年これか
本日は東日本大震災・福島原発事故からちょうど4年。いまだその災害からの復興は見えていない。だが明るいニュースもある。この日にそれをご紹介したい。 フランク永井の名を冠したユニークな催し「フランク永井歌コンクール」を毎年開催してきた、その主
【特別功労賞 フランク永井殿 あなたは永きに渡りビクター専属歌手として我々の心に残るヒット曲を多数歌唱され、当社の業績に多大なる貢献をされました。そして今もなお、あなたの歌は音楽ファンから多くの支持を受け、歌謡史に燦然と輝いております。よ
当「フランク永井あれこれ」にたいへん貴重で珍しい情報をたびたび提供してくださるJさんから、この度また新たな資料を寄せていただいた。ありがとうございました。それは真ん中の写真だ。1957:V-41686-哀愁ギターのSP盤面写真なのだが、ここにフランク永
「有楽町で逢いましょう」といえばフランク永井がデビュー2年後の1957(S32)年に大ヒットを得た不朽の名作だが、これは関西から東京へ進出してきたそごうデパート開店の宣伝をするための歌であった、というのはファンなら皆知っている。 ビクター専属の作
「こいさんのラブ・コール」はフランク永井の代表曲のひとつで、大阪モノを切り開いた曲として知られる。フランク永井の甘くささやくように歌う声が関西モノに意外にあっていただけではない。そこには、さまざまな働きかけがうまい具合におりあって実現した
前後歌謡曲の大きな普及の足掛かりとなったラジオ歌謡、そしてその前段のSP時代と広く研究をすすめておられるIHさん。落語や歌謡曲など日本の演芸関係の著書を多数出されている保田武宏さん。武田さんは読売新聞の記者をされ日本文化全般についての生き字引
前回にフランク永井の「ザ・カバーズ」の楽曲がハイレゾ音源として、リストに加わったということを書いた。「ハイレゾ音源って何よ」という声があったので、今回はちょっと横道にそれてそれに触れてみたい。 あくまでも筆者の個人的なメモの類なので、面倒
謹賀新年 フランク永井あれこれ〜文四郎日記、今年もよろしくお願いします フランク永井とハイレゾ音源について触れてみたい。ハイレゾ音源については、暮れに一般新聞でも紙面をおおきくさいて記されていたのだが、いっぱんにこのテーマはどれほど理解が