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日記一覧

 タイトルで共演スペシャルというのだが、いわゆるデュエットソング。映画スターのというのは、主にフランク永井のような歌手ではなく、映画スターによる特集だ。 デュエット・ランキングというのもあったのだが、残念なことに「東京ナイト・クラブ」は入っ

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 「東京ナイト・クラブ」といえば、言わずと知れた盟友である松尾和子とのゴールデン・デュエットを組むことになった最初の曲だ。この曲のヒットが刺激になって石原裕次郎と牧村旬子の「銀座の恋の物語」が作られる。大人の男女が交互に歌うという走りを作っ

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 詳細はまったく分からないのだが、西洋、とうもフランスのようなのだが昭和の時代の日本の流行歌と演歌を、CDのシリーズで売り出しているようだ。 ひとつは、The Midern Enkaとうシリーズで6巻(ピンクっぽいジャケット)もの、The Era of Ryukokaで4

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 フランク永井が山下達郎の企画でジョイントして歌った「Woman」。何度も話題になっているのでその成立のいきさつとかは別項で見てほしいが、そのテープ版のお話。 この企画でリリースされたEPは裏面に同じ山下作品である「愛のセレナーデ」とともに、198

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 「花蕾(はなつぼみ)」を美空ひばりが歌ったことが画期的というのは、その作曲をしたのが吉田正であったということ。当時コロンビアの看板歌手美空ひばりとビクターの専属作曲家吉田正は、レコード会社間での専属制という高い壁があることからコンビを組む

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 11月18日TBS-BSの番組「昭和の巨星スペシャル 吉田正〜“いつでも夢を”歌い継ぎたい我が青春の歌謡曲」が放送された。フランク永井の恩師吉田正の特集番組ということで、興味深く鑑賞した。 特に中盤でフランク永井「おまえに」誕生秘話がまとめられてい

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 フランク永井が生涯属したのは、レコード会社ビクター(現株式会社JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)だが、1970年代前期にポニー(現株式会社ポニーキャニオン)からもユニークなテープ作品をいくつか発売していたことを何度か記事にした。 い

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 フランク永井の歌手生活でその残した曲の全容を記録したはずのデータブック(「フランク永井魅惑の低音のすべて」)が発行されたのは、東日本大震災が発生した前年の2010年だが、それから7年経過した。 その間にデータブック未記載の曲が全国のフランク永

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 10月はフランク永井月でその締めとしてBS11テレビで特集が放映された。宮本アナの人気番組「あのスターにもう一度逢いたい」の79回で、魅惑の低音〜有楽町で逢いましょう、フランク永井特集であった。 MIXI「フランク永井コミュニティ」でも放送を宣伝した

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 2008年10月27日にひっそりとフランク永井は目を閉じた。この命日にあたる10月はフランク永井にちなんだ催しが重なる。すでに9回を迎えた「フランク永井歌コンクール」は激しい雨が屋根をたたく中で盛大に催された。 そして命日の27日午前3時から、例年の

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 22日決勝大会コンクールの結果は下記のとおりです。おめでとうございます! 優 勝 武田夏子 「公園の手品師」(大崎市古川) 準優勝 今野中道 「冬子という女」(仙台市) 第3位 岡田順介 「こいさんのラブ・コール」(千葉県佐倉市) 特別賞(

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 フランク永井の代表曲のひとつである「君恋し」。1961(S36)年のレコード大賞曲。1920年代に佐々紅華(さっさこうか)作曲、時雨音羽作詞で作られた古い名曲である。 オリジナル曲に与えられるこの「君恋し」が、カバー曲であるのにフランク永井に授与され

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 筆者は中国のことは全くの不案内だ。まして台湾についても分からないのだが、どうもフランク永井が1959(S34)年に発売した「魅惑の低音」第3集所蔵の「捨てられた街」が大変な人気曲になっているようだ。 清水みのる作詞、平川浪竜作曲の大変味のある曲だ

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 フランク永井の幻の曲ともいえる「角帽ブルース」を聴く機会にめぐまれた。 この曲はフランク永井データブックにも記載されているのだが、その曲を収録している「魅惑のオールスターズ第11集」(1963:LV-345)が発見できなかったからだ。長年この盤を探し

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 レコード・カセットレコードなどアナログ音楽を再考する傾向な近年顕著だという。ときどきテレビや新聞で報じられる。パナソニックなどの音響メーカーから再生プレーヤの再生産、さらにはレコード自身の生産が再開されたという。 上野の美術館を訪れたのを

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 今年の夏は変な気象が続き異様であった。仙台などは何日も雨が続いた。いつもは灼熱の暑さでも海岸ではしゃぐ多くの人たちでにぎわっていたものが、今年はさっぱりだったようだ。秋に入ったが、気象庁も進路予想不能な変な台風。出戻り迷走とか風速60メー

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 フランク永井のジャズの実力には定評がある。ジャズ出身というかジャズ歌手になることが目標で本人はビクターに入った。デビュー曲は「恋人よわれに帰れ」(1955(S30)年10月:A-5206-B面)。 日本人の歌手で例え当時の米軍キャンプで歌っていたとはいえ、レ

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 「あの人に会いたい」は宮本アナウンサーが司会する人気番組。この夏再びのような気がするが、フランク永井の恩師吉田正学校での名優でもある松尾和子・和田弘とマヒナスターズがテーマだった。 この記事は主にフランク永井を扱っているのだが、フランク永

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 テレビでもラジオでも「戦時歌謡」が取り上げられた。 フランク永井もいわゆるリバイバル関係曲の収録で、いくつか戦中の曲と戦後の関係曲を歌った。当時のオムニバスLPの何枚かに挿入されている。 最終的?には、1975(S50)年のLP10枚組フランク永井

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 PONY(現ポニーキャニオン)社は立派なレコード会社だが、筆者の若いころは何故かカセット・テープの印象が強力でいまもひきずっている。特にカーステレオで聴いたのが記憶にこびりついているもので、実際はどうだったのかとか、現在はどうなのかとかはわか

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 妙な見出しで失礼。本日8月6日は広島に原爆が落とされた日。人間をターゲットにした人間が発明した史上最大の破壊兵器が、実際に使用された日だ。その酷さには言葉が出ない。ただただ、戦争や核の廃絶を望むばかりである。 さて、時代的なものとはいえ、

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 平尾昌晃(1937年〜2017)が亡くなられた。大変残念である。心からのご冥福をお祈りしたい。 歌謡界で平尾を知らない人はいないだろう。フランク永井にもオリジナル曲をいくつも用意した。カバーも含めて9曲歌っている。彼の歌手としての方向性はほとんど

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 第9回「フランク永井歌コンクール」は、10月21日(土)に予選、翌22日(日)に決勝が行われる。会場はフランク永井の生誕の地である宮城県大崎市の地元である松山体育館。(文尾に応募要項を記載) いつの間にか亜熱帯の灼熱の地になってしまった日本。暑

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 「うたごえ喫茶・ともしび」の出前ということで、筆者の自宅の近くの小ホールで催しがあった。7月9日のことだ。いつも週末に散歩するコースにある場所なので、ときどき前にある掲示板に目を向けるのだが、思いがけずにこのポスターを見て申し込んだ次第だ

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 前回の記事でMEG-CDからフランク永井のLP「WOMAN」復刻したことを話題にした。その際に山下達郎プロデュースのこの「WOMAN」が、かつてのテレビ歌番組「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)で歌われたこと。そしてそのときのフランク永井の珍

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 「昭和初期のSP盤から近年のCDまで、これまで入手困難だった作品」のデジタル復刻を精力的に進めているMEG-CD。フランク永井の作品のほとんどに近いレコードを復刻して下さったところ。このMEG-CDから、6月21日に新たにLP「WOMAN」がCDで復刻発売された。

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 フランク永井の恩師吉田正が1989(H10)年6月10日に77歳で永眠した。6月は吉田正をしのんで毎年特集が組まれる。 吉田正の生誕地である日立には、景観が最高の場所に「吉田正音楽記念館」が建ち常に人気を博しているが、今年3月に入館者が100万人に達した

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 フランク永井が大阪を中心にした関西や西日本でおおきな人気をはくしたことは有名だ。 代表曲のひとつに「公園の手品師」というのがあるが、デビュー2年目にジャズ志向から流行歌に転向して1956(S31)年10月に「場末のペット吹き」を売り出したその翌月に

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 フランク永井が活躍したおよそ30年。これは今でいう昭和歌謡の盛り上がった時期と重なる。フランク永井自身が残した歌については、ファンの協力で現在までにほとんどが明らかになった。 しかし、細かいことを言えば、この時期は各レコード会社が様々な形の

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 フランク永井が出演した映画についてはたびたび記している。 先日にネットで映画を検索していて、フランク永井をずばりキーワードにしたサイトがあった。というよりも、自動的にピックアップされた画面なのだが、そこで表示されている映画が下記だ。 「有

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