一昨日に年内の仕事が完了し、開放感も手伝って須磨離宮公園まで足を伸ばした。高台から海を遠望するのは、神戸では良くあることなのだが、やはり気分が落ち着く。大学時代、何かと精神不安定だったが、海を見ると気分が落ち着いてきたのをしばしば経験した
月末一週間を切ると、愚息は早速にカレンダーを替える。クリスマスツリーの飾り付けも早かった。今年も組み立てから飾り付けまですべて一人で行った。屋根裏から早く出せとうるさく督促されるのも年中行事である。 直す時も一騒動だろう。しばらくは寝る前
昨日はメランジュ例会。大阪に出かけられない分、神戸での会に足繁く通っている。木澤さんの賢治語りを聞くのは何回目だろうか。今回は「水仙月の四日」。 話を聞いている内に、『ミヤザワケンジグレーテストヒッツ』(高橋源一郎)が蘇った。賢治の作品を
古書店百円均一の棚で見つけた「ゆきあたりばったり文学談義」(森毅)を読了。森毅の本を読むのは久しぶりだ。文庫カバーの絵が和田誠。手元にタバコと灰皿が描かれているのも今では珍しい。 いろいろな話題が次から次へと出てくるが、ちょっと気になった
愚息に、何見るのと聞くと「とんかつDJアゲ太郎」と答えられた。滑舌が悪いので難解も聞き返したので間違いない。いつもの事ながら選んだ理由はよく分からない。分からないながらも、それが絵の材料になったりするから軽視も出来ない。 というわけで本日の
珍しく今日は丸一日休み。もっとも、明日が六時間立ってしゃべり通しというい予定。しゃべりのネタを本日準備中だが、いささか疲れた。 このあとはキーマカレー作りで頭をほぐすつもり。家族全員がますます肥りそうなメニューになりそうだ。 椅子回し明
本日は現代詩セミナー・イン・神戸。あいにくの雨となりそうだが、テーマが足立巻一とあっては見逃す手はない。昨夜は読み返そうと思ったが、折悪しく用事が重なり、夜なべ仕事とはなってしまった。 どんな話が聞けるのか、楽しみではある。 時雨とはほ
一昨日にメランジュに投稿した詩、ここに一行追加して上げておく。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−中腰ほんの一瞬朝焼けに古代が蘇るまざまざと見えたのは盟神探湯の前に引き据えられた罪人持ち上げた腕を前に
コロナ禍で一番大きく変わったのは、薬を携行する習慣。夜に出歩くことが減ったため、薬を持ち歩かなくなった。近場のメランジュ例会は良く出かけるが、夜になってから薬を切らしていることに気づく。京大阪への外出が復活するまでは忘れることも多くなるだ
ゴミをまとめやすいように、ゴミ箱に袋を掛けている。その袋がポリ袋から紙袋に代わった。有料になったので、こちらのストックが減ったせいでもある。 紙袋は、こちらに郵送された大封筒を流用している。そのままだと、底面積がないが、封筒底の脇を細長く
読書感想文が宿題で出た時に、もっとも人気のある本が「友情」だった、と言う時代から年月がかなり経ってしまったが、今はどうなのだろうか。 そんなことを思いつつ、薄い文庫本を一冊、図書館から借りてきた。西村賢太「苦役列車」。長めの昼食、帰りの電
ちょっと日記の間隔が空いてしまったが、特に何かがあったわけではない。少し仕事が忙しくなったのが年齢的に堪えたくらいのことである。それにしても、昨夜は久しぶりの八時間睡眠。毎日これぐらい寝ていると、体調気分ともに最高なのだがそうもいかない。
昨夜、詩の投稿の締切。なんとか寝落ちする前にできた。また、本日は夜から句会。その準備も昨日のうちに済ませた。 文芸と効率は無縁の筈だが、隣り合わせになることもあるようだ。もっとも、来週の仕事が忙しくなりそうなことは避けられそうにない。
書くつもりはなかったのだが、偶成ならぬ偶感が湧き上がり、ちょこっとしたメモ書きのつもりがなぜか長々と書いていた。 月刊メランジュの不定期連載「立ち読み人の斜め読み」の次号をなんとなく書く。書いては休み、その間キーマカレー作り。カレーを一段
明日からの四連休が終わると、アルバイト先の掛け持ちが復活する。そろそろ、二つ目のアルバイト先の準備が必要だが、まだ手つかず。 隣家が趣味で行っている野菜作りの余波で、大量のシシトウが控えている。キーマカレーにでもしたらと、配愚う者から圧力