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2008年10月01日23:32

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稲垣直樹「サドから『星の王子さま』へ」

稲垣直樹著「サドから『星の王子さま』へ」を読む。副題には「フランス小説と日本人」とある。
丸善ライブラリー、平成5年発行の新書版。
大分前に買ってあったのだが、既読の山に紛れて読んでいなかった。

タイトルを読むと、あのサド侯爵が、星の王子さまへ、何か働きかけをしたのか、とショッキングな早とちりをしないでもない。
全く対極的な人間を、1つのタイトルの中に押し込むのは、その違和感が購買心理を刺激するという下心もあっての事だろうから、早とちりは、丸善なり著者のセールスプロモーション戦略と合致する訳で、まあ結構な事である。

冗談はさておき、この書は、フランス文学からいくつかの作家と作品を取り出して、フランス文学の道案内をする、という事と、日本の文学者がそれら作家と作品をどう読んだか、更には、それを自身(自作)にどう融合したか、を論ずる事を狙いとしている。後者の論点は、比較文学研究の1手法でもある。影響研究や受容研究と称して、もう少しフィールドを狭めた言い方をしても良い。

時代はフランス革命以降、市民社会の勃興によって、近代小説は花開いた。
そういう観点で、まず第1章は、マルキ・ド・サド(1740-1814)である。作品は『美徳の不幸』『新ジュスティーヌ』『悪徳の栄え』。日本人の読み手としてピックアップされたのは、澁澤龍彦と三島由紀生である。

サドは澁澤の労苦によってその1部が日本語に訳されたが、その『悪徳の栄え・続』(現代思潮社1959発刊)が発売禁止処分となり、1961年には、”猥褻文書”頒布・販売の罪で、現代思潮社社長共々起訴された。著名なサド裁判である。
特別弁護人に埴谷雄高、遠藤周作他、証言者としては、中島健蔵、大岡昇平、中村光夫、大江健三郎、吉本隆明等が立った。裁判は8年をかけ最高裁迄行って結審したが、判決は有罪、禁錮ナシ、澁澤に罰金7万円、社長に10万円というものだった。国権は、7万円の罪を形に残す為に、8年の歳月と、莫大な司法エネルギーをかけたのだ。国のやる事はこの程度の事だ。

サドの一生と比較する事ではないが、サドはちょっとした不道徳事件で、通産27年を牢獄で暮らし、皮肉な事だが、その長く暗い年月の中で前述の作品を紡ぎ出し、歴史に名を残した。彼を幽閉したのはブルボン王朝下の貴族社会であり、解放したのは、1989年の市民革命という訳だ。勿論、これは象徴的な意味で言っている。

それはともかく、日本のサド裁判のおかげで、日本人は、この現代にあっても、穴ぼこ欠落だらけのサドしか読めない。サドを読みたければ、日本人はフランス語に堪能になるしかない。

澁澤は自身の研究を基に『サド侯爵の生涯』を書き、そしてそれから想を得て、三島由紀夫は戯曲『サド侯爵夫人』を書いた。
しかし三島作品にサド自身は出てこない。夫人他登場人物の口によって語られるだけだ。主人公は、サドという生物学上の存在でなく、その頭脳世界、想像力の大伽藍である。
サドの生身は牢に閉じ込められたが、彼のペンの想像力は、現実の世界にいる人間達をその想像世界の中に閉じ込めたのである。

『サド侯爵夫人』の第3幕、革命の勃発直後、サドが牢獄から出た後、夫人は言う、
・・・むしろこう言うのがほんとうでしょう。「ジュスティーヌは私です」って。牢屋の中で考えに考え、書きに書いて、アルフォンスは私を、一つの物語のなかへ閉じ込めてしまった。牢の外側にいる私たちのほうが、のこらず牢に入れられてしまった。
稲垣は、それを継いで、
・・・牢獄での執筆活動を通じて、サドは、サド夫人の運命を体現したジュスティーヌという人物を想像し、ひいては、いまの現実世界を予告し超え「朽ちない悪の大伽藍」を創造してしまった。
戯曲の終わり近くで、サド夫人は
・・・お母様、私たちが住んでいるこの世界はサド侯爵が創った世界なのでございます。
サドの悪と毒は、近代を越え、一足飛びに現代と結びついている。

第2章は、オノレ・ド・バルザック(1799-1850)と彼の『知られざる傑作』『ゴリオ爺さん』『ルイ・ランベール』。そして日本人の読み手は、谷崎潤一郎、夏目漱石、寺田透。
同様に羅列すると、第3章が、ヴィクトル・ユゴー(1802-85)、『レ・ミゼラブル』、日本サイドは黒岩涙香、徳富蘇峰他。
第4章、ギー・ド・モーパッサン(1850-93)、『死のごとく強し』、田山花袋。
第5章、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900-44)、『星の王子さま』『夜間飛行』、上野千鶴子、舟橋聖一、池澤夏樹他。
第6章、ジャン=ポール・サルトル(1905-80)、『嘔吐』『壁』、大江健三郎。
第7章、アゴタ・クリストフ(1935- )、『悪童日記』『ふたりの証拠』『第三の嘘』、菅野昭正、池内紀、川本三郎他。
クリストフだけはハンガリー人であるが、動乱を逃れスイスの仏語圏に亡命した女性。著書は殆ど仏語で書かれてており、稲垣はフランス文学に加えている。

読者によっては、通し読みをせずとも、フランス側日本側、気になる人物の章だけ読んでも良い。特に、その組み合わせにおいて意外と思われたら、その興味で、彼が彼の何処に惹かれ、どうそれを自作に活かし、自己革新に繋げていったか、読んでみると面白いと思う。深い世界の入口を垣間見せてくれる。
 
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