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2026年09月08日09:10

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「三鬼」小林恭二(講談社)

<講談社公式サイトの新刊紹介より>
大戦前夜の日本と南洋を疾駆する、天才俳人の流転の運命。史実とフィクションを融合させた、ノンストップ・歴史エンターテインメント!
国家はなぜ、俳句を危険視したのか?昭和15年、「京大俳句事件」発生。治安維持法違反で同人が一斉検挙されるなか、新興俳句のカリスマ・西東三鬼は、思わぬ運命に巻き込まれていく。

「特高警察」×「日本陸軍」、「インド独立運動」×「シンガポール華僑」×「イギリス軍事情報部」、「東南アジア盛衰史」×「俳句王国の興亡」……

戦争の影が迫る日本と国際都市シンガポールを舞台に、弾圧を強める特高警察と南方進出をもくろむ陸軍の間で、前代未聞の逃走劇が幕を開ける――!
〈時代の転換点〉を描く、著者17年ぶりの新作小説。
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西東三鬼(さいとう・さんき)、という奇妙な筆名にピンと来なくても

水枕ガバリと寒い海がある

というユニークな俳句を覚えている方は多いのではないだろうか。国語の教科書にも採り上げられていたと思う。

その三鬼こと斎藤敬直を主人公にした、フィクションとノンフィクションのあわいの長編小説なのだが、わたしも三鬼は「変わった俳句を詠んだ俳人」ぐらいしか知らず、あまりにユニークなその人生のバックグラウンドに引き込まれてしまった。

三鬼は、岡山・津山の旧家の生まれだが、歯科医となり、東京から兄のつてでシンガポールへ渡り開業。
なんと戦国時代よりも前、斎藤家は交易都市・シンガポールと深い縁があり、あの鄭成功の一族などとも血縁があり、ご先祖はエジプトと女性と結ばれた、という伝承も。
シンガポールは三鬼にとって「父祖の地」だったのだ。
ここで三鬼は、写真館の娘・市子と知り合う。
小説の一部は、「シンガポール近現代史」にもなっていて、はじめて知ることばかりだった。

女たらしで、「中年ドンファン」と自称していた三鬼だったが、日本が戦争へ突き進む中、いやおうもなく、特高には「不逞俳人」として付け狙われる。
それをさらに追うのは陸軍。軍人たちは、シンガポール攻略の一環として、そこにコネクションのある三鬼を重要人物としていたのだった。
シンガポールでは宗主国・イギリスが統治のために、居住する中国人とインド人らの対立をあおっていたが、三鬼は、インド独立運動の要人らともかかわったため、特高と陸軍の追いかけっこの活劇さながらの展開。

さらに当時の俳句界の大物たちが実名で登場。
石田波郷、水原秋櫻子、中村草田男など、国語の教科書で習った名前がずらり。
「ホトトギス」にはじまる、俳人たちのギョーカイでの勢力争いや批判の数々。
当然「季語のない」、三鬼らの作品は、保守的な俳人たちからは排除されがちだった。

三鬼は、なぜ、たかが17音の「詩の切れっぱし」みたいなものまで血祭りにあげて、特高が弾圧するのかわからない、と思う。
そして鎌倉の海岸で偶然、俳句界の巨魁・高浜虚子に会い、それを問うと、

「彼らはわかるものを欲しておる・・・しかし俳句とは何ぞ。いったい何が書いてあるかさっぱりわからん。しかし何百万人もの国民が熱中している。これぞ窮境の国力の無駄遣いではあるまいか」と虚子は答えるのであった。

三鬼は昭和15年9月に治安維持法違反容疑で逮捕。
「ちょっと変わった俳句」を詠んだだけで逮捕される時代だったんだと、改めて戦慄する。

作者の小林恭二氏は東大時代、東大学生俳句会に所属。
「俳句もやっている作家」ということで名前は知っていたが、昨今は新作発刊の話も聞いていなかったところに、思わぬ長編作品、しかも滅法面白く、やはり俳句は小林氏のライフワークであったか。

ついでに戦後の三鬼は、生き延びて石田波郷と「現代俳句協会」を発足させる。現在も続く全国規模の俳句団体である。

わたしが好きな三鬼の俳句を挙げておく。

不眠症魚は遠い海にゐる
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