【イザヤはなぜエルサレムの服役の期は終わったと言ったのか】
「エルサレムに対する慰めの言葉である『その服役の期は終り,そのとがはすでにゆるされ』という聖句は,明らかに末日のことを指している。この部分は『その懲役の期間を全うし,その罰金も支払われ』と翻訳することも可能である。ユダは『苦しみの炉』(48:10参照)を経験することになっていたため,この部分の言葉はユダがその炉をくぐり抜けた後で成就するはずである。過去の歴史を見ても,現在の状況を見ても,ユダがまだその炉をくぐり抜ける過程にあることは明らかである。この章の残りの部分も再臨のころのことについて述べている。」(モンテ・S・ナイマン,『イザヤの言葉はまことに偉大である』pp.141-142)
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