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2022年04月08日22:11

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新宮

「熊野」を、山深い巡礼の道でなく、人が定住する街で語ろうとしたら、まず新宮(しんぐう)から始めることになるのではないだろうか。
熊野灘に面した川の河口で三角州を成し、熊野三山の一つ熊野速玉大社をかかえる街。
紀州藩の家老が城を守り、熊野の森林資源の集積地としても栄え、なによりも新宮港から新しい文化が入り込んできた土地柄か、多くの先進的文化人を輩出した。

・・・と知ったかぶって書くほど私は新宮に詳しくないのだが、新宮が「他とちょっと違う街」であるという印象は強く持っている。
これはひとえに、大正期の架空の街「森宮」を舞台にした辻原登のロマンチックな長編小説『許されざる者』を耽読したからなのだが。
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私は一から十まで、この小説を愛している

時間さえ許せば新宮の街をくまなく散策して、自分の中の新宮のイメージをじっくり育てたいところだが、現役世代の旅人の哀しさ、今回は一日のわずか半分しかこの街には充てられない。
再びこの街を訪れるチャンスは、あるだろうか。


新宮には残念ながらめぼしい温泉がないため、宿泊したのはここから車で20分ほどの那智勝浦。
ここで車を借りて、ここからはレンタカーの旅だ。
リュックとストックは宿に置いて、トートバッグひとつで動き回る。
よって、ここから行くところも熊野三山、巡礼の道であり、付近の道は歴とした熊野古道であることは間違いないのだが、もはや自分の中では古道歩きは終了、単なる観光地巡りの気分だ。
お洒落なカフェでも見つけちまったしにゃぁ入ってしまいそうだ。
(実際に入ったのは和歌山ラーメンの店だったけどね。)
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 新宮駅公式キャラクター「まめ福」 
 マスコットは大切です

勝浦から新宮へ戻り、熊野速玉(はやたま)大社を目指す。
時間が早いせいか、ここでもほとんど参拝者は見られない。
かなりの時間、境内を独占した。

そうそう、先日、熊野本宮大社でカラスが飛び込んできた・・・と書いたけれど、カラスに遭遇したのは、こちらの速玉大社の方でした。面目ない。
ヤツがくぐってきた門が朱塗りであった気がして、写真を見返していて間違いに気づいたのでした。

そう、ここ速玉大社は、本宮とは対照的に、社殿は鮮やかな朱であった。
祀っているのは熊野速玉大神(夫イザナキ)と、熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)(妻イザナミ)。
お天気のせいもあってか、明るく女性的な印象の社殿だった。
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樹齢千年といわれる梛(なぎ)の樹

猛スピードで門をくぐってやってきて、な〜んだサポーターか、フン!と飛び去っていったカラスを見送ってから、近くにある神倉(かみくら)神社に向かう。
神倉神社は速玉大社の摂社だが、どこぞよりやってきた熊野の神はまず神倉山に降臨し、のちに人々が近くに社を建てて祀ったため、速玉大社の方は「新宮社」と呼ばれることになった。
それでこの街は「新宮」という名前になったのだな。

その熊野の神がヨイショと坐した場所というのが、神倉神社のご神体である「ゴトビキ岩」だ。
土地の言葉でヒキガエルのことらしい。
このゴトビキ岩までは徒歩で行けるのだが、簡単な道ではない。
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こうした石段が、500段以上も続く。
500だよ。そんなにあったっけ?
傾斜角何度あるのか知らないが、ひとたびバランスを崩したら必ずや後ろや外側に落ちてしまうであろう、急な石段だ。
石段の端を歩かず真ん中を歩くように、との看板すらあった。
毎年2月の御燈祭りでは、松明を掲げ持ったふんどし姿の男たちが、この石段を一斉に駆け下るのだろう。
・・・と思い込んでいたが、ふんどしではなく「白装束の」男たち、だった。
失敬、失敬。

杖を使ってようようたどり着いた、ゴトビキ岩。
神の御座所だ、当然注連縄がかかっている。
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ヒキガエルに、見えますか?

ここは「天ノ磐盾(あまのいわたて)」といって、九州から東征してきた神武天皇ことカムヤマトイワレビコが、陸路ヤマトに入るのにしくじったため一旦大阪から海に出て、熊野に再上陸した際に登った処、という伝説が残っている。

「遂越狹野而到熊野神邑、且登天磐盾、仍引軍漸進」
――ついに狹野を越えて、熊野の神の邑にいたり、天磐盾に登る。よりて軍を引きてようやくに進む。 (日本書紀)

ここから下界を見下ろすと、新宮の街と熊野灘の絶景が見わたせる。
やぁ、これはすごいな。
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何はなくともここ神倉神社には登ってみるべきだが、帰りは3m先が見えないくらいの下り坂なので、足元が不確かな方は、いざとなったら何とかしてくれる人と一緒にお参りを。
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なにしろ下りの道は、こんな感じですから


これで熊野三山の二つ目はクリアと思いきや、もう一か所大事なところがあった。
阿須賀(あすか)神社。
前にちょっと書いたけれど、天磐盾に降臨した神が、その次に祀られたところだ。
アスカ、という名前に強烈に惹かれるが、どうやら語源は、川の砂が堆積する処、というものらしい。
だとしたらきっと、奈良の飛鳥も、明日香川の州にちなんだ地名なのかもしれないな。

熊野速玉大社と神倉神社、そして阿須賀神社は、歩いてゆける距離にある。
阿須賀神社は、蓬莱山という名のお椀を伏せた形の小山の懐に抱かれるようにしてある小さな神社だ。
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この蓬莱山というのがクセモノで、「蓬莱」と聞いて何やら中国っぽいイメージを喚起された方もおられると思う。
その通り。
ここ阿須賀の地は、徐福(じょふく)が中国からはるばるやって来て上陸した場所なのであーる。

『キングダム』の読者以外の方に向けて、徐福センセイについてざっくり説明すると、秦の始皇帝の時代に、不老不死の仙薬を探しに行くと言って大金を持って旅立ち、そのまま戻ってこなかったという怪しげな道士のことで、東アジアのいろいろな場所に、彼が立ち寄ったという伝説が残っている。
卑弥呼の500年くらい前の時代の人だ。

――始皇帝は徐福を遣わし、東海に入って神仙・不死の薬を探させた。(略)皇帝は両家の男女三千人を遣わし、五穀の種と百工を携行させた。徐福は平原・大沢を手に入れ、そこにとどまって王となり、帰らなかった。 
  (司馬遷『史記 淮南・衡山列伝』)
(たぶん山海経や秦始皇本紀の方が詳しく書かれていると思うが、私はまだそれらを読んだことがないので。)


というわけで、阿須賀神社のすぐ近くには「徐福公園」そして徐福の墓(!)なんかがあるのだ。
そんなアホな、とお思いの方。
我々だってそう思わなくもないのだが、先だって史記列伝の読書会を開いた際に、徐福に並々ならぬ関心を示した方がおられたために、主宰者としてはここを通過するわけにはゆかぬのだ。
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どうよ。駐車場は1時間ならタダで使えます。

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この後ろに写っているのが天台烏薬(てんだいうやく)といって、この地に自生する薬用茶の樹。
徐福はここへ中国から大勢の子供を連れてやって来てこの樹を発見、この土地が気に入って永住し、農耕・漁法・捕鯨などの技術を伝えたという。
めでたし、めでたし。
私もうっかり売店で天台烏薬のお茶を買ってしまった。
いかにも薬用茶という味で、ご飯時には合わないが、なんとなくお茶が飲みたい時にはぴったり。
公園には、徐福を顕彰する碑文があって、
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さすがに読めないが、隣に「秦の徐福の碑 意訳」というものがあった。
・・・壮絶に面白い。
その場で全文読んでしまった。
皆さんも、よかったら拡大して読んでみてくださいな。
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――徐福が熊野に来たということも、それと同じで、詳細はわからないが、来たことは確かである
――大昔のことはすべてぼうとしていて誰にもその詳しいことはわからない
――後世の愚かな歴史家達はこの点を理解できず、徐福を単なるほらふきの方士に過ぎぬと悪口をいうのは残念である
               云々

ああ、来てよかった。
皆さんも、新宮へお越しになったらぜひ徐福公園を見学してください。
ちなみに、上に写真を出した「まめ福」くんは、ここ徐福公園で豆を食べていたハトなんだそうで。
熊野だからって、みんなカラスとは限らぬのだ。


では新宮はこれくらいにして、車で那智へ向かうとするか。



※新宮には、丹鶴城という紀州藩の城がある。
また、大逆事件に連座して処刑された大石誠之助の甥にあたり、文化学院を創った西村伊作の設計した家など、新宮に並々ならぬ関心のある私には非常に心惹かれるスポットがあるのだが、今回は割愛。
西村伊作の家はBS朝日の『百年名家』で取り上げられたことがあり、私はそれで満足することにした。
https://www.bs-asahi.co.jp/100nen/lineup/prg_230-2/
城主だった水野の殿様と、西村伊作をモデルとした従兄妹二人が、辻原登の小説にバッチリ出てくるのです。

西村伊作の評伝を、黒川創が書いています。
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マレーの衣装を身につけた表紙の写真に惹かれますが、なぜこの服なのかには全く触れていません。
けど、美しいでしょう?




<熊野古道の旅>
(1)チャンス到来
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1981735721&owner_id=24016198
(2)パンフレットの海を泳ぐ
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(3)キャンセルまたキャンセル
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(4)バスは5時58分
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(5)藤沢発、初瀬経由、熊野へ
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(6)よみがえりの湯
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(7)熊野古道とサンチャゴ・デ・コンポステーラ
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(8)たたなづく青垣
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(9)熊野権現
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(11)那智の瀧
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(12)くじらとパンダ
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(13)僕はこんな本を読んで
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(14)熊野いきものがかり
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