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2022年03月15日21:51

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藤沢発、初瀬経由、熊野へ

近露(ちかつゆ)は、何軒かの宿に学校もある、熊野古道は中辺路の中でもそれなりの規模のある町だ。中辺路を歩く旅人が一泊するのに手ごろな場所にあるといえる。
しかしこの日は、祝日にもかかわらず、人の気配は全くなかった。

さて、バスの乗車時刻をうっかり間違えて、ここで次のバスを1時間半も待たねばならなかった我々は途方に暮れた。
動かずにいると、けっこう寒いのだ。
なかへち美術館というモダンな施設もあるのだが、コロナ禍で閉鎖している。
バス停のそばに、コーヒー豆を焙煎しているらしいお洒落な店があったので、コーヒー飲みながらDAZNでJリーグでも観ましょうかねと思い入ってみたが、5時で閉店だという。
(ここはきっと、古道歩きに来た西洋人客の溜り場になっていそうだ。)
まいったな。
この辺で、室内で過ごせるところはないでしょうかと聞くと、2軒先の酒屋だったら、店の中で飲んでるお客さんがいるので行ってみたら?という。

ガラガラガラッ。
店に入ると、お酒、お菓子、乾電池なんかを売っている、田舎町によくある感じの店だ。
奥に小あがりとテーブルがあって、おっさんたちが店で買った缶ビールやワンカップで一杯やっている。
ここか。ありがたい!
相棒は缶ビールを、私は温かい缶コーヒーをひとつもらって腰を下ろした。
(井谷酒店)
フォト
ふたを開けないうちに、おじさんたちが声をかけてくる。
どっから来たの?
東京です。
へーーーっ、東京?いつ来たの?
さっき(笑)。朝の飛行機で着いて、栗栖川から歩いてきました。
どこまで行くの?
今からバスで湯の峰行って泊って、明日一日歩いて本宮お参りして、新宮に降ります。
よく来たねぇ。不便なとこでしょう?
そうですねぇ。でもずっと来たいと思ってたんですよ。
湯の峰のお湯は、いいよぉ。
だそうですね。 実はどうして来たかったかと言うと・・・

と、相棒が、自分がなぜ湯の峰温泉へ来なければいけなかったのかを説明する。


「小栗判官・照手姫」の説話を、ご存じだろうか。
あらましは、こうだ。

京の貴公子、小栗判官(おぐりはんがん)は、故あって勘当され、常陸国に住まいしている。
そこで彼は美しい照手姫(てるてひめ)と出会い、相思相愛の二人は親の許しも待たずに契ってしまった。
知らぬ男に娘を盗られた父親は、怒り狂って小栗判官とその家臣を毒殺、家臣は焼き殺したが小栗判官だけは土に埋め、娘の照手姫も殺すよう命じた。
哀れに思った周囲の者が照手姫を逃がしたが、彼女は流れ流れて美濃国の青墓の遊郭で下働きをすることになる。
一方小栗判官は、地獄の閻魔様の差配でこの世に戻される。
しかし毒殺されて埋められた身の上、ゾンビの身体となり果てている。
これを発見したのが、藤沢は遊行寺(ゆぎょうじ)の上人。
上人は「餓鬼阿弥」と名付けた小栗判官を荷車に載せ、
――この者を一引きすれば千僧供養、二引きすれば万僧供養
と書いた札を置き、哀れに思った人々の手を借りて、バケツリレーの要領で、薬湯の湧くという熊野へ向かわせる。
荷車が美濃国にさしかかった時、噂を聞いた照手姫も(それが小栗判官だとはつゆ知らず)遊郭の主人を拝み倒して二日だけ休みを取り、餓鬼阿弥の車をひいた。
そして帰り際、「熊野の湯で傷が癒えたら、ぜひ美濃の私を訪ねてください」と書置きを残した。
とうとう熊野の湯の峰についた餓鬼阿弥、「つぼ湯」に浸かると、その薬効でやがて目が開き口がきけ、49日の後にはついにもとの美しい若者の姿に戻ることができた。
餓鬼阿弥あらため小栗判官は熊野三山に詣で、都に戻って美濃国の国守に任命される。
美濃国に入った小栗判官は、書置きをたよりに照手姫を探し当て、二人はめでたく夫婦となった。


・・・お話の一部始終をご存じの方はあまり多くないと思う。
ここ熊野の集落においても、また古道歩きで出会った方も、宿のご主人も、小栗判官の名前は知っていても、詳しい物語はよう知らんのですわ、という反応だった。
それは我々も全く同じ。
この旅に当たり、本で読んで頭に入れたばかりだ。
だがわが相棒は、実は藤沢の遊行寺の近所のそだち。
遊行寺幼稚園を出て、遊行寺のお墓で肝試しをして遊んだ男だ。
遊行寺、一遍上人、踊り念仏、といった単語には敏感に反応する。
熊野へ行くなら、もうゼッタイに、湯の峰温泉の「つぼ湯」に浸からないことには、死ぬに死ねないというのだ。
(いや、浸かったら生き返るって。)

――小栗判官は444日かかって藤沢の遊行寺から湯の峰温泉にたどり着いたと言われていますが、僕は遊行寺幼稚園を出て44年後かかって、ここへ来ることができたんですよ。

とまぁこんな話を、そこ近露の井谷酒店で相棒が披露すると、そこにいた皆さんはすごく喜んでくれた。
(その日その店には旅行者は一人もいなかった。ここは、近所の人たちが夕食の前に一杯飲みに来る社交場として機能しているようだった。)

ワンカップをボタボタこぼしながら愉快そうに呑んでいたおじさんは、長年古道ガイドをしていると言う。
滝尻王子(たきじりおうじ)から本宮まで、一日で歩けるよ、今度来たら俺が案内してやるから、と仰るのだが、あの距離を一日で歩けるのは、あなた一人だと思いマス。
彼には、井谷酒店気付で旅行者からたくさんのお礼状が届くらしい。

そんな風に喋っていると、我々のすぐ後から店に入ってきたご夫婦が、「あなた東京の人なのに、〇〇じゃん、とか〇〇がさー、とか言わないのね」と話しかけてこられた。
(いや、けっこう言いますけどね、ここで使わないだけで。)

ふだん山歩きするの?と聞かれたので、ほとんどしませんが、奈良の山辺の道はすごく良かったですと答えると、夫人はなんと、山辺の道のある桜井市に実家があるという。
驚いて、自分が桜井へ行ったのは、山辺の道を歩くだけでなく、そもそもその出発点のちょっと手前の初瀬の辺り、かつてそこを拠点として大和を支配した雄略天皇の泊瀬朝倉宮(はつせあさくらのみや)の跡や、彼が歌を詠んだ場所を歩いてみたかったからなんです、と言うと、まさに彼女はまさにそのその初瀬に住んでいたとおっしゃって、万葉集の雄略天皇の歌「籠もよみ籠もち・・・」を口に載せた。
小学校で必ず習うのだという。

・・・こんなことって、あるのだろうか!

ヤタガラスと小栗判官照手姫に導かれて熊野古道を歩いていたら、オオハツセワカタケル大王(雄略天皇)が待っていた!
我々は、やっぱりここに来ることになっていたのだ。


盛り上がった勢いで、ご夫婦から店のキャラメルコーンを奢ってもらったりしていると、井谷酒店の奥さんが、
「もうじきバスが来るよ!すごいスピードで走って来るから、通過されんように時間前にバス停で待っとった方がいいよ」
と教えてくれた。
店にいた人たちに慌ただしく別れを告げ、やがてぶっ飛んできたバスに乗りこむと、店の中と外から、みんながこちらに手を振ってくれた。
幸せで愉しい一時間だった。


相棒よ。
バスの時間間違えたの、わざとだったんだよね?



<過去日記 2020年暮れ>
桜井へ こもりくひとり旅
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ワカタケルの谷
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<連載 熊野古道漫遊記>
(1)チャンス到来
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(2)パンフレットの海を泳ぐ
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(3)キャンセルまたキャンセル
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(4)バスは5時58分
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