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2022年03月22日23:53

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よみがえりの湯

紀伊半島は、温泉どころだ。
たとえば奈良の十津川村、たとえば和歌山の龍神村など、かけ流し以外考えられませんけどそれが何か?といった真っ当で良質な温泉天国という印象がある。
湯の峰温泉も当然そうした温泉場だ。

熊野本宮大社の近く・・とは言っても山道を歩けは1時間、バスでズルすれば20分のところにある湯の峰温泉は、「よみがえりの湯」と呼ばれているらしい。
そうです、小栗判官の物語を、先日お話しましたね?
岳父に毒殺され、地獄から現世へ送り返された小栗判官は、ここ湯の峰の薬湯、通称「つぼ湯」に49日浸かるうちにすっかり元の姿にもどったという伝説があり、それでそう呼ばれるようになった由。
熊野古道歩きを計画した際に、小栗判官を助けた藤沢の遊行寺の隣で育った我が相棒は、泊まるならここ!ゼッタイここ!と主張したのだ。
無論わたくしも是非もない。
つぼ湯のすぐそばにある一日一組限定の民宿に泊まって、翌日の古道歩き用のお弁当も用意してもらうことにした。

ところが先日も書いた通り、感染症流行のため旅程は変更に次ぐ変更、その宿も2度キャンセルして予約を取り直す事態に。
謝罪の連絡を入れる度に、宿のあるじが快く応じてくださったのが救いだった。
本当に申し訳ない事をしたと思う。

宿に到着して、まずはお詫びのしるしにと持参した、近所で評判の店の洋菓子を手渡す。
どうぞ先に「つぼ湯」に入ってらっしゃい、との言葉に甘え、サンダルを借りてぺたぺたと歩いてつぼ湯に向かう。
道を挟んだところにある受付のお兄さんによると、現在一組待ち、30分以内の利用となっているので、少なくとも〇分ごろには入れますから、時間が近づいてきたら隣のあずまやで待機してください、と言われる。
なるほど、そういうシステムか。
冷えてきたので私は一旦部屋に戻ってストレッチで身体をケアする。
適当な時間に戻ってしばらくしたら、先客のご夫婦が「お待たせしました〜。狭いですよ〜」と、気持ちよさそうに出てこられた。

どのくらい狭いかというと、
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三人だったら、体操座りコースですな。

向こう側から見ると、こんな感じの小屋。
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風情あるでしょ?

硫黄の香りが濃く柔らかく、身体全体を包み込んでくれるような心地よさ。
う〜〜〜ん、素晴らしいねぇ。
我々はお湯グルメなので、いい温泉にしか入らないが(軽く自慢)、ここはいいなぁ。
餓鬼阿弥ゾンビになり果てた小栗判官が浸かった直後の湯にはちょっと入りたくないけれど、49日で甦るほどの薬効なんて、これなら信じてみてもいいかもしれない。
この湯つぼ、この色と香り、この肌になじむ温かさ。
そしてあの物語。
やっぱり我々には、物語が必要なんだな。

すっかり満足して宿に戻り、さっそく夕食の席についた。
10人以上が並べそうな大きなテーブルに、二人分の料理が並んでいる。
ここは普通の民家をリノベーションした民宿で、今は一日一組だけ受け入れているらしいが、実際にはもう一部屋泊まれるようになっている。
コロナ禍が襲ってくる前は、宿泊客のほとんどは西洋人だったらしい。
(確かに「民宿」というより、「ゲストハウス」という雰囲気があった。)
このコロナ禍で訪日客がいなくなると、イコール客そのものがいなくなる、というのがこの宿の現状であり、熊野古道全体の状況でもあるようだ。
いわく、中国人観光客は、ここ熊野古道沿道にはほとんどやって来ないという。

そんな話を、夕食を食べながらご主人から聞いた。
つまり、ダイニングで夕食をとっている間、テーブルの隣にご主人も腰かけて、お茶を飲みながらずっと話し相手をしていてくれたのだった。

家の持ち主がここを民宿に改造して、当初は別の人が宿を切り盛りしていたそうだ。
その方が引退するか何かの理由で手を引いた際に、他に誰かやってくれる人はいないかと聞かれて、今のご主人が手を挙げたらしい。
この宿で供される野菜は、基本的にご主人が畑で作っているという。
ちょうどユネスコの世界遺産となって客足が急に増えた時のことで、毎日バタバタとしながら、そろそろ別の人に引き継ごうかと思っていたタイミングでコロナ禍に見舞われ客足が低迷、ならばその間に、忙しい時にできなかった細かい修繕などしておいて、終息するころに若い人に引き継いでもらおうと考えているとのこと。

そんな事情だから、我々が来るの来ないのまたキャンセルだとやっている時も、ああいいですよ〜、次来られるときにまた連絡くださいね〜と応対してくれていたというわけか。
農業をしながら、これでたつきをたてているというわけではない人ならではの余裕なのかもしれない。
ここ熊野は林業などで生計を立てている人が多いと思うが、ご主人によると、山村というのは「沢ごとに生活が完結して、隣の山、向こうの沢の集落のことに関心がない」のだそうだ。
隣近所がなべて均質な暮らしをしていないとさまざまな軋轢が起きる、農村的な考え方とは大きく違うという。
会話をしていて、ご主人のものの考え方は、こんな山中にあって妙に都会的に感じられていたのだが、それはこれまで長崎や北関東の農村的な価値観に慣れて(ウンザリして)いる我々にとって、ひどく新鮮に映ったからかもしれない。

(そういえば、2014年に釧路湿原を訪れた際に出会ったアイヌのSさんが、同じくカラリとして温かい人柄だったことを思い出す。アイヌも言ってみれば沢ごとに違う暮らしを立てる人々のはずだ。)

今日の午後いっぱい山中を歩いていてすごく不思議だったのは、道のほとんどの部分に霜柱が立っていたことだ。
東京の我が家の庭に立つ霜柱は、湿っていて、踏むと黒い土の下で凍っていた霜の柱がぐちゃっと潰れて泥になる、というものだったが、この日歩いた古道は、乾いた茶色い枯葉や土を踏む一足ごとに、カリッ、コリコリッ、パキッと乾いた心地よい音がして、靴を擦って見ると、乾いた土の下に実は霜柱が立っていた、というものだった。
私が知っている霜柱と、あきらかに違う!
しばらく歩くと、パラっと撒いたかのような白い雪のようなものが地面に広がっているところもあった。
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わかりにくいですが、白っぽい部分がそれ。

雪?
まさかね。
「山に雪が残っている」状態というのは、私が知る限りこんな感じではなく、少量だとしてももうちょっとハッキリ雪らしい白い雪がそれなりに残っているはずだ。
ではこれは何なのか?
想像をめぐらして、それはきっと、明け方に霧がまいたのがそのまま地面で凍ったのではないかと推論した。
ありそうな話ではないか。
宿のご主人と話しながらそれを思い出し、熊野の冬の朝って霧が多いんですか?道がこれこれだったんですけど、と問うと、いや〜、霧は出ませんね、ちょっと前に何回か雪が降りましたよ、近ごろはけっこう寒いんです、という答えだった。
なんと、では私が見たものは、本当の雪だったのか!
少量の雪が降り、真っ白に積りはしなかった代わりに、融けもしなかったということか。

明日は、宿の温泉で体を温めてから朝食をとってすぐ出発するため、今のうちに精算をお願いすると、あれ、さっき夕食で飲んだビール代が含まれていない。
ビール代がはいってませんよ?と聞くと、ああ、いいですよ、とおっしゃる。
もしやお菓子なんて持ってきて、却って悪いことをしてしまったのかもしれない。
ありがたくご馳走になることにして、翌朝出発時に、大きな炊き込みのおにぎり3個(一人3個ね)とおかずの詰まった、どっしり重い二段重ねのお弁当を渡された。
おお、これは嬉しい!
・・・待てよ、そういえば昨夜、お弁当代もお支払いしてませんよ??
するとご主人、ああ、それじゃあ千円だけいただけますか?なんて言って、どう考えてもそれを超えるボリウムなのだが、我々も面倒くさいことは言わず、ありがたくそのずっしり弁当を2つ、リュックに詰め込んだ。


朝の湯の峰温泉は、バスを待つ西洋人のグループが一組きりいなくて、静かなものだった。
今日はこれから「赤木越え」というコースで、昨日バスでワープした中辺路に合流し、そこから歩いて熊野本宮大社へ向かう。
熊野神社という「点」は、むろん旅の目的のひとつではあるのだけれど、どちらかといえば私の目的は、こうして熊野の古道を延々黙々と歩くことなのであーる。



塘路(とうろ)のアイヌ、Sさんのこと
https://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=24016198&id=1930927529


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