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2022年04月21日20:39

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くじらとパンダ

古道を10時間ばかり歩き、湯の峯の湯に浸かり、ゴトビキ岩に登って、那智の瀧を見た。
熊野初心者フルコースを一通り味わったというところだが、私にはもう一つ、重要な目的があった。(相棒には、別にもう一つあったようだが。)

熊野、のイメージとすぐに結びつく人は少ないかもしれない。
しかし私にとってあの界隈は、ズバリ「くじら」、なのだ。
それも、生物学的なクジラの生態への興味よりも、もはや歴史の波の下に沈んでしまった、古式捕鯨への関心。
そう、紀伊半島は、日本でも有数の捕鯨文化が栄えた場所だ。
まだほとんど勉強できていないのだけれど、伊東潤の小説『鯨分限』を読んだときに、太地(たいぢ)の鯨獲りの棟梁の名前は大阪の街でも知られていた、とか、古式捕鯨が壊滅してしまった明治11年の大背美流れの惨事のようすなど、読んで胸がドキドキしたものだ。
もはや失われてしまった文化に対して抱く、ロマンチックな憧れ。
それでいてクジラを食べたいとは全然思わないのだから、現代人の傲慢さと無責任と興味本位という悪臭を、自分はプンプンと放っているという自覚はあるのだ、一応。


旅の最終日。
帰りの飛行機は、夕方に南紀白浜空港を離陸する。
神様や伝説ばかりを追っていたこの旅だが、今日は生き物の一日だ。
紀伊勝浦の温泉ホテルをあとにして、まずはレンタカーで15分程度の距離にある「太地町立くじらの博物館」を目指す。

この博物館は、なんと朝8時半にオープンする。
(上野動物園や葛西臨海水族館は9時半、沖縄のちゅら海水族館やアクアマリンふくしまは9時開館だ。)
「町立くじらの博物館」なんて、郷土資料館臭のある町営の博物館だもの、ショボい施設に違いない・・・そう思った観光客が、朝、勝浦の宿をチェックアウトして出発すると、9時を過ぎないと入れない施設なんて簡単に通過してしまうから・・ではないだろうか。
というわけで我々も、9時前には博物館に到着していた。

この博物館は、模型や標本、古式捕鯨の資料などを展示した建物と、イルカショーとくじらショーのための屋外プール、海(熊野灘)とゆるやかにつながった生け簀のような生息池、そして小さな水族館から成り立っている。

・・・くじらショー??

まずは、博物館本体だ。
1階のホールに立つと、頭上にセミクジラをはじめとした何種類かの鯨の全身骨格標本が泳いでいる。
デカい!
クジラの骨格は、背骨や肋骨はまぁ想像したとおりの恐竜風の構造だが、頭蓋骨の形が異様だった。
左右の顎と、鼻筋?にあたる骨が、密教の三鈷杵か、クレーンゲームの三本爪をうんと引き延ばしたような形をしている。
クジラの身体全体における、「ここからが頭ですよ」というその割合にびっくり。
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(2Fのテラスから見たようす)

そしてよく見ると、尾ひれの付け根付近に、全く独立してとても小さな「骨盤」があるのだ。
進化の過程で失われた後ろ肢の名残りだという。
他の骨とつながっていないため、骨盤だけを透明なアクリル板に貼りつけて、あるべきあたりに吊るされていた。

骨格標本の上空には、そのセミクジラの等身大の模型が浮いている。
つまり下は骨、上は肉、という寸法だ。
本人から型を取って作られているらしい。
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(3Fのテラスから見たようす)

うむ。
ここまでは1階のフロアから見上げると見えるのだが、最上階まであがると、海の上からそのセミクジラを追い込んだ太地のクジラ獲り衆が、足元の等身大模型に今まさに一番銛を撃ち込まんとするようすが再現されていた。
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この博物館内全体が波の下だということだ。すごい。

もうこれだけで来た価値はあると言いたいところだが、もちろん館内には、クジラおよび太地の海の生き物たちの標本類や、クジラのヒゲがどんな風にワサワサと生えているのか、マッコウクジラの実物大ペニス(!)、クジラを使った生活用品のいろいろ、捕鯨に使われた銛や銃などが展示されている。
他に例を見ない鮮やかに彩色された太地の古式捕鯨の勢子舟(せこぶね)の画、クジラ獲りそのものを変えてしまった米国の近代捕鯨の記録など、なぜ図録を作らない?買うのに!と思うくらい充実した展示資料がつまっていた。

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こうした展示を観ている最中にも、時々館内アナウンスが聞こえてくる。
「まもなくイルカショーが始まりまーす。プール前にお集まりくださーい!」
行こう行こう。
安定のイルカショーだ。
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そしてまた本館に戻って展示の続きを見ていると、今度は
「まもなくクジラショーが始まりまーす!」
とくる。
今の今まで巨大なセミクジラの標本を観ていた我々には、あんなクジラがプールでドッタンバッタンやったら危ないのではないか?と思ってしまうが、果たして。
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ショーの出演者はシロナガスクジラやセミクジラじゃないんだな。当たり前か。
かれらは「ゴンドウクジラ」というらしい。
イルカのプールよりはるかに大きな、海とつながる入り江を巧みに利用して区切ったエリアでショーは行われた。
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なんかこう、写真からだけでも必死さが伝わってくる気がしますが。

ショーのあとでは、通路を張り巡らした生け簀のようなエリアを歩いて、好きなだけ小さなイルカやクジラたちを覗き込むことができる。
いや、覗き込むまでもなく、来館者によるエサやりを期待した連中が、さかんに「どうも〜」と言いに来る。
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   あ、間違えた。
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こんなに身近で小さいと、だんだんクジラとイルカの区別がつかなくなってくるな。


この博物館は、2006年に太地で捕獲された、ちょこんと小さな腹びれのあるバンドウイルカを飼育していたことがある。
イルカにはついていないはずの腹びれは、先祖返りした後肢ではないかと言われたので、はるか昔からやって来たという意味で「はるか」と命名された。
研究の結果、やはり後肢の痕跡であることが判明し、繁殖が期待されたが、まもなく死んでしまったという。

くじらやイルカの生態、実物大の標本、古式捕鯨の資料に、かわいい小さなくじらやイルカたち。
この博物館を堪能していたら、あっという間に午後になってしまった。


いそぎ空港方面へレンタカーを走らせる。
紀伊半島は巨岩や奇岩目白押しの場所で、ドライブコースに橋杭岩(はしぐいいわ)という奇岩がある。
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こうしてみると、何か言いたそうにしている岩だな。
こうした地質や奇岩への興味だけで、紀伊半島を旅する価値はあると思う。

すでにこの時点でお昼ご飯なぞしたためる時間は無いことがわかっていたが、くじら博物館を観た後ではやはり通過はし難いということで、本州最南端である潮岬(しおのみさき)灯台に立ち寄った。
現在どのくらい実用しているのかはわからないが、明治初期に建てられた灯台はとても美しい。
灯台全体の写真は撮り忘れたけれど、入り口はこんな感じ。
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下りるときは、気をつけてね。

ここからすぐのところに、古式捕鯨の時代に特別に目のいい鯨とりが山から鯨の群れの動きを見て、舟や村に信号を送った「鯨山見」という場所があるのだが、時間に追われていてそこまで行くことはしなかった。
鯨山見も灯台も、熊野灘を見晴るかすという意味で同じ機能を果たしている。
広い広い熊野灘には、今日もたくさんの大型船が行きかっていた。
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そろそろ、果てしなくドラマを抱えた熊野灘ともお別れだ。
近くに、大谷光瑞の揮毫によるオスマントルコの軍艦エルトゥールル号座礁事件の弔魂碑があり、光瑞マニアとしてはそそられないこともないのだが、ここはちょっとガマン。
急げや急げで次の目的地に向かう。


相棒の福利厚生特典を全面的に利用しているからして、古道だ徐福だクジラだ大谷光瑞だと騒いでばかりもいられない・・・いや騒いだけれど、最後にどうしても、あの楽園にだけは、行かないといけない。

クイズ: 東京=5、神戸=1、和歌山=7。
     さて、な〜んだ?
こたえ: パンダ!

そう、パンダの楽園、アドベンチャーワールドである。
ここの入園料はなんと4800円。
近露の井谷酒店でお喋りしている時に、この値段を言ったらたいそう驚かれた。
パンダなら上野動物園にもいるんやないの?と言われたが、相棒が
「上野の入園料は600円で、並んでパンダを観られるのはせいぜい2分くらい。
アドベンチャーワールドはずっと観ていられます。
600円で2分と、4800円で見放題、どっちがいいかは難しいところですね」
と言うと、その場にいた人たちも一斉に頭を抱えていた。

ところが、である。
そんな当たり前のことを私はすっかり忘れていたのだが、動物園という所は、午後遅い時間になると、次々に店じまいしてしまうのだった。
16時をちょっとまわった頃に到着した我々を待っていたのは、入場口のお姉さんの
「赤ちゃんパンダ楓浜(ふうひん)は16時でおしまいです。16時半にはパンダ舎自体が閉まってしまいます。それでもよろしいですカ?」
という、非情な通告だった。
・・・しまった!
せめてあと30分早く来ていれば、混んではいたかもしれないけれど、楓浜を観ることができたのだった!
誰よりも何よりも赤ちゃんパンダを観たがっていた相棒にとって、なんて酷な仕打ちであったことか!!
考えてみると、17時で閉まる動物園に、16時を過ぎて入場すること自体が相当に阿呆なことなのであった。
4800円だよ。
そんな人いないよね?

自分の興味を優先させて灯台に寄らせてしまったことを苦く後悔しつつ、楓浜は観られないなら彩浜だけでも観ておこうとパンダ舎へ急ぐ。
いた!
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相棒は、16時半の観覧終了時刻になったら、きっと飼育係のお姉さんにひきずられてイヤイヤをしながらハウスに入るに違いない、そこを狙う!と柵の前に立って動かなくなった。
同じように考えるお客さんもけっこういる。
果たせるかな、16時半を大きくまわった頃に、飼育員さんたちが出てきては、彩浜に笹を振ってみたり、声をかけたりして、おうちに帰る時間だよと告げに来る。
そして閉園時間も迫ろうという頃になってようやく彩浜は出口に向かい、最後はお姉さんにおやつで釣られながら、奥へと消えていった。
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相棒は、16頭のパンダの父親であるゴッドファーザー永明の雄姿もしっかりその眼に焼き付けたはずだ。


閉園時刻を廻っても営業を続けている園内ショップで、猫を預かってくれている弟一家へのお土産を買い、羽田としかつながっていない南紀白浜空港へ走りこんで車を返し、ようやく空弁にありついてモグモグやっていると、搭乗案内のアナウンスが聞こえてきた。

熊野へもう一度やってくることはあるだろうか。
今度は果無山脈を歩いてみたいなどと願ってはいるけれど、こればかりは熊野権現のご要望次第、てな感じだろうな。


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