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2019年11月03日18:12

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中野耕太郎『20世紀アメリカの夢』(岩波新書、2019年)を読む

 中野耕太郎『20世紀アメリカの夢』(岩波新書、2019年)を読む。「シリーズ アメリカ合衆国史」の第三巻(全四巻)で、1900年頃から1970年代までの通史である。

 同シリーズに共通するのは、アメリカという国家、社会が構造的に抱える問題を歴史的に検討しているところで、第一巻が先住民と移民、第二巻が人種に焦点を当てているのに対して、第三巻はそれらに加えてジェンダー、そしてリベラリズムと帝国主義が矛盾しながらも、その時代の社会を形成する要素として存在している姿を、うまく捉えている。

 具体的にみていこう。

 南北戦争という危機を、どうにか克服したアメリカは、経済成長を続け、世界の工場たる地位を占めるようになった。他方でそれは、移民の流入を加速させ、公害が都市環境の悪化を招き、貧富の差を拡大させていく。20世紀初頭のアメリカは、こうした新たな社会問題を克服しようという「革新主義」が、中産階級を中心に広がっていった。
 こうした運動は、アメリカに根強い個人主義を乗り越え、公権力が主導する社会保障、富の再分配を求める流れを生んだ。それは現在のリベラリズムにも結びついていく考え方といえる。
 ただし、これらの動きは「大きな政府」を要請することになり、理念の輸出は近隣諸国を「アメリカ化」するという名分での帝国主義を正当化するものにもなっていく。カリブ海や太平洋への勢力拡張は、アメリカの「革新主義」が帝国主義と共同歩調をとることで推進されていった。

 そういうなかで、ヨーロッパを火薬庫とした世界大戦が、20世紀前半に二度起きる。アメリカの参戦は消極的なものという理解が一般的だけれども、その過程においてアメリカは専門性を帯びた官僚たち(テクノクラート)を中心に、行政国家化が進んでいった。大衆には「宣伝」を利用することで、世論の形成、誘導も行われるようになる。
 労働組合や黒人、あるいは女性たちは、そうした世論の担い手になることで、自らの社会的地位の向上を図ろうとした。ただこの本では、部分的、あるいは個人レベルでの是正はあったにせよ、彼らが求めるものとは一致しない結果となったのも事実である。
 社会運動は、要求の一部に政府が応えるかたちで、分断も起きていった。たとえば女性運動も、参政権の獲得ののち、女性の社会的な自立を求める人びとと、母性保護の観点を重視する人びとに分裂していった。戦争や戦後という時勢も絡みつつ、保守と革新という二項対立では説明しきれない潮流が生まれていたのである。

 そのなかで、政党として支持されたのが民主党であった。戦間期の世界恐慌を受けて、彼らが推進したとされるのがニューディール政策だった。雇用、社会保障を積極的に行い、国際的にも財政支援などを行うことで国の威信を高めていく「大きな政府」路線が基本である。
 この間に、共和党のアイゼンハワー、ニクソン両政権も含まれているけれど、多少の違いはあるにせよ、路線の大きな変更はみられなかった。そうした社会にあって、人種やジェンダーのよる差別や格差の是正も行われていく。
 ただ、アメリカの社会政策が植民地などで試験的に行われたものを本国で実践するというような「外からの改革」という性格だったのと同様に、差別や格差の是正も、冷戦による共産主義国家との対比という文脈から進められた面も否定できない。ソ連など、東側陣営は、これも西側陣営との対比で、女性を労働者として積極的に登用するなどしていたけれど、両者は自らが優れた体制であることを強調する意味で、社会的な格差や差別の解消に(実質的な効果はともかく)取り組んだ。

 それらは、確かに「分離すれども平等」といった、南北戦争以降の人種差別を是正し、機会の平等のみならず、結果の平等にすら踏み込んだ、アファーマティブ・アクションの導入も促した。他方で、社会保障の増大は財政赤字の拡大につながり、アメリカの国際的地位も相対的に低下していく。
 ニューディールを旗印に、長年にわたって政府や議会に支配的な影響力をもたらしていた民主党も、1970年頃を境に、弱体化しはじめる。この本では触れられていないけれども、それは共和・民主といった党派的なものというより、中道派の衰退へとつながっていくことになる。以降、アメリカは「分極化」の時代を迎える。


 冒頭で、この本を含めた「アメリカ合衆国史」について、通史という説明をした。けれども、より正確にはアメリカの変容を時代に沿って描く社会史的側面が強いといえよう。したがって、政治史や外交史の詳しい記述や説明は少ない。
 ただ、こんにちのアメリカを考える上では、こうしたアプローチのほうが理解しやすい。ときに押しつけがましく映る理想主義、そして臆面もなく語られる利己主義。これらが同居しているのは、何もトランプ大統領の個性ゆえのことではない。そもそもトランプ政権を生み出したのも、アメリカ社会なのである。

https://www.iwanami.co.jp/book/b480361.html
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