mixiユーザー(id:2502883)

2019年05月24日17:21

76 view

「政治とはこういうものか」

 先日読んでいた、西野智彦『平成金融史』(中公新書、2019年)で妙に印象に残る一節があった。この本は文字通り、バブル崩壊後の金融不祥事や不良債権に対して、政府や日銀がどう対応、処理していったのかを描いたドキュメントである。

 いまの安倍政権が発足した段階でぶち上げたのが、アベノミクスで金融・財政・成長戦略という「三本の矢」を放つことによって、GDPを3%の水準で高めていこうというものだった。特に最初の矢である金融政策では、日銀による「異次元緩和」が発動したことで、一気に円安株高基調となった。
 このなかで、日銀の黒田総裁は、「二年以内に2%の物価上昇」を目標とした。いわゆるインフレターゲットである。就任当初、総裁や幹部たちもこの目標実現を語っている。

 ところが実際は、2%のインフレ率を達成した年は少ない。ここ五年を振り返ってみても、IMFの統計によると、2014年に2.76%をつけて以降、2015年=0.79%、2016年=-0.11%、2017年=0.47%、2018年=0.98%であり、2019年もこれから景気減速が懸念され、消費税の増税も控えているなかで上昇は期待しにくい。
 日銀が黒田総裁のもと、新たな体制でスタートしたのが2013年春。最初の一年こそ、金融緩和が市場へのカンフル剤となったものの、消費税の増税やデフレ圧力の大きさが足を引っ張っていった。アベノミクスはスタートダッシュに成功はしたものの、そこから先が続かなかった。

 そこで冒頭の話に戻る。いつまで経っても、「2%目標」が実現できないことは、金融政策の正当性にも影響するようになっていた。ところが2018年春に、政府と日銀幹部は「達成時期にはこだわらない方針」を確認するという方針転換を行っている。
 それまで政府は、日銀にさらなる金融政策を求め続けてきたものの、さすがに長期間にわたる異次元緩和に副作用が出始めている。日銀は国債や株などの債券を買うことによって、市場に資金を放出しているけれども、国債だけでも発行残高の43%(2018年9月末)を占め、このままいくと来年にも日銀は日本株の最大保有株主になってしまう。量的緩和はもはや限界に達しているといっていい。

 そうした状況も踏まえて、政府も判断を変えたともみられるものの、この本のなかで「日銀幹部の一人は「政治とはこういうものかと驚いた」と回想している」と述べている。政治はしばしば、理屈ではなく、そのときどきの状況によって態度や方針を変えることがある。それは安倍政権に限らず、過去においても、また海外においても変わらない。
 ただその方針転換が受け入れられるかどうかは、民主政治ならば有権者、そうでない場合でも利害関係者の判断に委ねられる。

-----

 なぜこんなことを思い出したかというと、衆院解散、すなわち、夏の参院選に併せて衆参ダブル選挙があるのではないかという憶測が広がっているからである。理屈からすると、外交日程も埋まっているし、消費税の増税も目前に迫っているなかで、解散などしている場合ではないはずだ。また、解散風を吹かせることは、野党へのけん制にもなる。
 無茶なことをしてきたら、伝家の宝刀(首相の解散権)を抜くぞ、という脅しだ。いまの野党はまとまりを欠いており、支持率も低迷しているから、議席を大きく増やす可能性は高くないという目論みもある。

 ただそれを抜きにしても、これまで「解散はない」と言っていた人たちまで、何だかそわそわし始めているのは、そうなる公算もあるということなのだろう。『平成金融史』を読んで思うのは、財政・金融政策と政界再編の相性の悪さである。
 平成の幕開けとともに、政治の世界でも五十五年体制が急速に崩壊へと向かったわけだけれど、そういう不安定な状況のなかでバブルの崩壊もまた進んだ。そして世論への「配慮」がはたらいて、不良債権の思い切った処理は後手に回り、財政金融の方針も担当大臣やその幹部による恣意的なものに流されやすくなっていた。

 最近はまたぞろ、MMT(現代貨幣理論)とかいう、財政赤字を容認する考え方まで台頭しはじめている。社会保障費が年間一兆円ずつ増えている状況で、財政再建(緊縮)ができる余地は少ない。それを後押しするような理論が世論に支持されるようになると、政治を介して財政・金融政策がそれに引きずられるかもしれない。
 個人的には、MMTの理屈はともかくとして、それを実施したとしても理論どおりにことが運ぶ見通しは考えにくい。政策過程はさまざまな人が関与し、そのときどきの状況が絡み、政治的な利害も影響する。平成の金融、経済もまさにそうしたことの繰り返しだった。
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する