堀田善衞(ほった・よしえ)という作家は、若い世代にはなじみがないかもしれない。
没後ちょうど20年たつ。そして今年は生誕100年。
しかし、彼は生前からわたしの好きな作家のひとりで、
歴史というものの見方、ヨーロッパの精神を教えてくれた作家である。
富山県高岡市の、江戸時代から続く廻船問屋の家に育ち、子どもの頃から外国人が家に出入りするのを見て育った堀田氏は、あの世代の作家には珍しく、日本文学のウェットさとは無縁のコスモポリタンである。歴史を重層的に見、日本社会の偏狭さを見抜く姿勢は、彼の神髄だと思う。
没後20年もたてば忘れられる作家も多いが、あの宮崎駿監督が、一番影響を受けたのは堀田善衞さん、と公言したりしていることもあるからだろうか。混迷していく日本社会にあってこそ、堀田氏の著作を読んでほしい、という思いもあってか、堀田氏についての本の刊行が相次いでいる。
「ただの文士 〜父、堀田善衞のこと」は、堀田氏の長女・堀田百合子氏から見た父親の回想録。
わたしも知らなかったエピソードも沢山あって興味が尽きなかった。
堀田氏がれい夫人と出会ったとき、お互い家庭があったのだが、いわばW不倫で、れい夫人は離婚。堀田氏は離婚が成立せぬままれい夫人と一緒になり、芥川賞受賞の時の賞金は、れい夫人が先妻のところに「申し訳ありませんが離縁してください」と頭を下げに行って慰謝料代わりになったんだそうだ(^^;
芥川賞選考委員で堀田氏の候補作を強く推し、堀田氏が取材でインドに出かけたときは相当額をカンパした川端康成氏については「その恩義には深いものがある」と語っていた堀田氏。鎌倉駅周辺で会うと、堀田氏は川端氏に丁重にご挨拶をしていた、と百合子氏は思い出を語る。
ベトナム戦争中、脱走兵をべ平連のメンバーが匿ったり闘争を手助けしたりしたことは有名だが、堀田氏宅にも何人もの脱走兵が身を隠していた。
息詰まるような生活の中でも、まだ10代だった百合子氏はその脱走兵をひそかに公園に連れて行ったりもした。
アジア・アフリカ作家会議を立ち上げたり、そして畢生の大作「ゴヤ」執筆にあたり、ゴヤ作品を見るために、所蔵者のもとへ苦労して通ったこと、10年近いスペインでの生活のサポートのため、百合子氏もたびたびヨーロッパへ渡ったこと等、父親に寄り添って、その作品が生まれていくのを見てきたことがつづられる。
1965年に堀田氏が渡欧した際はドル持ち出し制限のため、闇ドルを上着に縫い付けて出かけたという。
わたしは百合子氏が堀田氏とプラド美術館を紹介するNHKの番組を見た記憶があるのだが、その顛末も本書に書かれていた。
堀田氏との対談相手は当初、パリ在住の岸恵子さんだったのだが都合がつかず、百合子氏が務めることになった。
閉館後のプラド美術館は来館者が多いせいか埃がひどく、撮影を終えるとノドがガラガラになり、この埃での絵画の損傷を堀田氏が心配していたが、後年、百合子氏がプラドを訪れたときは、塵芥による劣化の修復もされたのか、絵がみなピカピカになっていたのだという。
堀田氏がバルセロナ滞在中にお世話になったという人の中に意外な人が。
「当時は写真家だった佐伯泰英さん」。
そう、現在は時代小説の売れっ子で知られる佐伯泰英氏である。
佐伯氏はスペインに在住していたこともあり、その後スペインや闘牛をテーマにしたミステリー小説を書いていたがあまり売れず、編集者のすすめで時代小説に転身した経緯がある。時代小説を発表し始めたのは堀田氏の没後だから、いまの佐伯氏を見たら、天国の堀田氏もさぞかし驚くことだろう。
さて、実はわたしは2000年に逗子の堀田氏宅を、ネットで知り合った堀田善衞ファンのかたとともに3人で訪問したことがあります。
堀田氏はすでに亡くなっておられましたが、れい夫人と息子さんが歓待してくださいました。息子さんも編集者で、わたしはファンの方々とともに息子さんに鎌倉の街を案内していただき、帰りは逗子駅までお送りいただいたのでした。
百合子氏の著作には幼少期の思い出もつづられ(小学校で、祝日に旗を出さない家庭はどうしてですか?と教師に問われ、百合子氏は堀田氏が言った「沖縄が返還されない限り、日本の本当の独立はないのだ」という言葉をそのまま学校で述べてしまった等々)、しかし兄にあたる、あの親切にしていただいたご子息のエピソードがでてきません。
どうしてだろう? といぶかっていたら、最後に、兄・佐久夫氏への謝意が。
そこで初めて知ったのですが、佐久夫氏は学生時代に堀田氏の仕事を手伝うようになり、養子縁組をしたとのこと。兄がいなければ出来上がらなかった作品もある、と述べられています。
そして、亡き兄、という文言に、堀田佐久夫氏がすでにこの世を去っていたことを初めて知ったのでした。
あの楽しかった、堀田邸の一日を思い出すとともに、佐久夫氏に改めて感謝し、いまさらながらご冥福をお祈りいたします。
「堀田善衞を読む」は、これから堀田作品を読む人に向けての、いわばガイド本。
池澤夏樹、吉岡忍、鹿島茂、宮崎駿氏らが、それぞれ文学界の先輩、べ平連の連帯者、フランス文学からのアプローチ、自身の人生に影響を与えた先駆者としての視点から、堀田文学の案内をしています。
「僕にとっての堀田さんは、海原に屹立している、鋭くとがった巌のような人で、現代の歴史とか、経済情勢の波の上に立って動かない存在なのです。
僕らは同じ方向に向かって船を漕いでいるつもりなのですが、いつの間にか右に行ったり、左に行ったり、わけが分からなくなってしまう。そうして自分の位置が分からなくなってしまった時に、ふと見ると堀田さんが、ああやっぱり同じ位置に立っていて、自分はこんなに流されていると分かるという座標になるような人だったのです。」(163頁 宮崎駿;第五章 堀田作品は世界を知りぬくための羅針盤)
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