先般もちょっと書きましたが、11月26日に、「大阪韓国映画祭」でおこなわれた、韓国の俳優、安聖基(アン・ソンギ)のトークショーです。
アン・ソンギは1952年生まれ、子役で映画デビューし、その後20代になってからさまざまなジャンルの映画に出演、海外作品にもキャスティングされ、韓国を代表する俳優です。
もう30年近く前になります。
ソウルオリンピックへどうぞ! という観光キャンペーンを韓国観光公社の福岡支社がやっていて、そのイベントで「外人球団」が上映されました。わたしが生まれて初めて見た韓国映画です(B級コメディですが・・笑)。
それにアン・ソンギが出ていて「この人、かっこいいなあ・・」と思い、それから30年来のファンになりました。
その後、「オフィス ヌーヴェルヴァーグ」という、その当時はほとんど見られなかったアジア映画の上映や映画祭を主宰するプロモーター開催の上映会で、「風吹く良き日」とか「鯨とり」など、アン・ソンギ主演作を立て続けに見ました。なつかしいです。わたしの青春ですね。
11月26日は、アン・ソンギ主演作が3本上映され、最後の「ラジオスター」の終映後に彼のトークショーが予定されていました。
映画祭は無料ですが、事前申し込みが必要で、わたしは幸運にも、2本目の「祝祭」も最終上映でトークショーが聞ける「ラジオスター」にも入場券が当選しました。
「祝祭」の上映が終わって、入れ替えになるので会場を出ようとすると、司会者が登壇し、
「アン・ソンギさんのトークショーにも大変希望者が多くて、入場券が手に入らなかった方がたくさんいらっしゃいます。そのことをアンさんに申し上げたら、せっかくなので、本来のトークショーの前にちょっと皆さんの前でお話ししたいです、とのことです!」
と言うではないか。会場がどっと沸くと、そこに生アン・ソンギが登場!!
サプライズの登場にうれしくなってしまう。
わたしはたまたま正面の前から3列目(目が悪いので、字幕を読むために、たいてい映画はかなり前のほうで見ます)という席に座っていたので、ほんとうにすぐそばにアン・ソンギの姿があって、もうドキドキしました。
このサプライズの登場時には、次回出演作についてお話しされました。
「韓国映画界の鬼才と呼ばれる、キム・ギドク監督の「人間の時間」に出演しましたが、日本でも人気のある“グンちゃん”こと、チャン・グンソクも出てますよ。またオダギリジョーさんとも共演しています。
キム・ギドク監督の作品は、難解だったり、胸に迫っていろいろ考えさせたり・・といった感じの映画なのですが、ぜひみなさんに見ていただきたい。来年公開です。」
そして休憩時間ののち「ラジオスター」の上映が始まろうとすると、
「アン・ソンギさんがみなさんといっしょにこの映画をご覧になりたい、とおっしゃっ
ています」とアナウンスが司会者からあって、アン・ソンギがそのまま観客席の中に。あらかじめ「関係者席」として、大阪韓国領事の隣をあけていたのですが、それでも一般客にまじっての観覧に、場内はどよめきました。
その後「ラジオスター」の上映が終わったあと、1時間ほどあった彼のトークからです。
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5歳の頃、父の友人が映画製作に携わっていて、子役を探していたため、出演することになりました。そしたら思いのほかうまく演じられたらしく、次回も声がかかり、それから映画人生が始まったんです。
ただ、高校生の頃に2本ほど出て、その後は学業に専念。
大学ではヴェトナム語を専攻し、将来ヴェトナムに行こうとも考えたのですが、ヴェトナムが戦争終結後、社会主義国になったので断念。除隊後、就職のアテもなく、また映画界に戻りました。
韓国では維新体制(ごんふく注・パク・チョンヒの軍事政権のこと)が長く続き、表現の自由も弾圧されてきました。
それが80年代に入り、それらの重しがだんだんなくなってくると、さまざまな表現が映画界でなされるようになりました。
そうなるまでには、さまざまな映画人が闘ってきたのです。
当時の出演作は重くて暗い、などと言われますが、それはやっと弾圧をはねのけられた自由を得られたから、そういう描き方もできるようになったのです。
やがて「韓国ニューウエーブ」と呼ばれるような映画界の躍進もあり、韓国映画が世界的に認められるようになります。
日本映画では表現やセリフでは、製作の現場でいろいろ制約があるように思います。しかし韓国映画はきわどく、下品で、日本だったら言わないようなセリフもどんどん言わせたりします。
日本映画では小栗康平監督の「眠る男」に出ました。
これはずーっと昏睡状態で眠っている役です。
でも、ただ眠ってるだけでなく、ちょっとずつ場面場面で違う眠り方をして、なにもしていないように見えて、ちゃんと演技してるんですよ(笑)。
俳優業60周年、ということで今回大阪での映画祭に出させてもらっていますが、韓国では僕のことを50代だと思っている若い人がいるようで(笑)、60周年というとそのひとたちがあれれ、計算が合わないと誤解しますから(場内爆笑)、あまり韓国内では60年、と言わないようにしています。
ずっと映画の現場に出て、テレビドラマには出ていません。
テレビはその気になったら、すぐにチャンネルを変えられる。
でも映画は映画館に入場したら、スクリーンの前で約2時間、没入せざるを得ない。
そういう場が好きなのです。
韓国映画界では、ソン・ガンホ氏がたくさんの映画賞を獲っていますが・・実は受賞した数ではまだ僕のほうが多いんですよ(笑)。
アン・ソンギのようになりたい、と若手俳優に目標にされる役者であり続けたいですね。
ざっと以上のようなお話でした。
司会者から、「『殺戮に至る山岳』ではアクションシーンも多く、スタントもあまり使っていない、と聞きました。体はいつも鍛えてるんですか?」と質問が。
「俳優たるもの、どんな役でもこなせるように、日ごろから心がけています」という答えが返ってきました。
また、「出演作でどの作品が一番好きですか?」という問いには、
「・・・・多すぎて・・たくさんあるのでひとつに絞れないですね。この前に上映された『祝祭』も、葬儀で親戚が集まり、喧嘩をしたりしながらわだかまりが溶けてゆく、それがまさに“祝祭”になっている、これも好きな作品です」という答え。
「会場の方から、質問を受け付けますのでどうぞ!」と司会者から声がかかったので、思い切って手を上げてみました。
緊張してなかなか言葉が出ず、
「30年前からファンです・・・長いファンです・・」と言い淀みながら、
「日本の映画監督と仕事をするとしたら、どの監督の映画に出たいですか?」と尋ねてみました。
「実は日本の監督さんについてはよく知らないのですが、『眠る男』の小栗康平監督とは、もう少しくだけておもしろいショートムービーも作りましょうか?と話したこともあったので小栗監督ならば出たいです。それから「東京フィルメックス」でご一緒した黒沢清監督の作品にも出てみたいです」とのお答え。・・・うーん、黒沢清監督ってかなりグロいところがあるんですが(^^;
はじめてアン・ソンギをスクリーンで見たとき「役所広司に似てるなあ」と思いました。役所さん、わたし大好きですしね。
ご本人もそう言われることがあるみたいです。
わたしはこの30年のことを思い出し、なんだか胸がいっぱいになりました。
まさか、目の前で本物のアン・ソンギを見られる日が来ようとは・・
きっと映画の神様のご褒美でしょうか(^^)。
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