3/31(金)、シネマe~ra浜松で『アイヒマンを追え！〜ナチスがもっとも畏れた男』を観る。
アドルフ・アイヒマン(1906-62)はナチス親衛隊にあって、「ユダヤ人問題の最終解決」として「ホロコースト」即ち民族の徹底殲滅に関与し、その為に必須である絶滅収容所への移送の責任者だった。
第2次大戦下で様々な手段で殺戮されたユダヤ人は600万人とも言われている。
映画は1950年代末のドイツ、戦後10年以上が経ち、問題の解決はあらかた済んだ、それより戦後の復興が大事、と、敢えて国内外の人々の目を逸らそうとする政治家が主流となりつつあった。経済界もそれに同調した。
しかし、戦争の重要犯罪人の中には国外逃亡している者もあったし、ナチスの上層部にいながらそれを隠し社会の中で何食わぬ顔をしている者も多かった。
そんな状況下で、フランクフルト・ヘッセン州検察庁の検事長フリッツ・バウアー(1903-68)は、過去にしっかり向き合わねば正しい未来は訪れないと考え、ナチス問題に正面から取り組み、アルゼンチン・ブエノスアイレスに逃亡していたアイヒマン逮捕を導き出した。彼の、逆風の中での孤独で困難に満ちた数年間の仕事を、事実を基にダイナミック且つサスペンスフルに描き出している。
私は勘違いしていた、ドイツでは、日本と違って戦争犯罪につき徹底的に洗い出しをし、その反省と懺悔のゼロ地点から戦後をスタートさせたのだ、と。
日本の戦争犯罪は東京裁判で行われたが、連合国側の盟主アメリカは、早々に天皇制復活を認め、日本の復興に舵を切った。為に、戦争犯罪の暴かれ方は如何にも中途半端なものとなった。日本に巣食う天皇神格視思想が民主主義の本来的発展を拒み、「オクニの為にならどんな命令にでも従う」という滅私精神は、「象徴天皇」制によって、一旦地下に潜っただけとなった。
何故なら、アメリカは東西冷戦の到来を見据え、共産圏に対する防波堤としての役割を日本に求め、ともかく早期経済復興推進を最重視した。
戦犯の裁かれ方は如何にも甘いものとなり、彼等の多くは次々に政界･官界へ復帰、戦争遂行に多大の貢献をした経済･産業界の責任もいい加減に済まされた。
日本のそうした国民1人1人の心中の戦争体質よりも、ドイツにおいてヒトラーという個人を裁く事、ナチスという政党を裁く事は構造的に簡単に思えた。
しかし、それは私の単純な思い違い、完璧な間違いであった事を、この映画はまず教えてくれる。
「執務室を1歩出れば敵だらけ」、これはバウアーが実際に吐いた言葉だ。
政界においては、1949年にアデナウアーが西ドイツ(当時)の首相となり、戦争犯罪の追求より、経済復興と国際社会への復帰を最優先させた。
(どの時代のどの国にあっても、庶民が喜びそうな「経済最優先」ばかりを唱える政治家は決して信頼してはならない。)
彼の官房長官ハンス･グロプケは、1935年、ユダヤ人の公民権を剥奪する悪法「ニュルンベルク法」制定に関わった人物だった。
政界だけではない、捜査機関である連邦刑事局も連邦情報局にもナチスの残党がいっぱいいた。後者の初代長官ラインハルト･ゲーレンもナチスの残党だった。対ソ諜報能力を買われ、アメリカが保護したのである。
ナチス党員の公職追放は、西独政府のアンケート調査を基になされた。アンケートでは徹底に限界があるのは誰にでも判る。
ナチスの対ロンドン報復兵器V2ロケット開発の責任者であるvon･ブラウン博士(ナチス党員で親衛隊員でもあった)も戦後アメリカが保護し、ソ連対抗の為のロケット開発に当らせた。科学･化学･物理学･工学等の領域でも、こうした事は横行した。
司法界や検察庁内部でも、バウアーを監視し事あらば失脚させようと企んでいる者達が大勢いた。
バウアーの前掲の言葉は、これらの状況を指している。
戦争犯罪摘発が遅々として進まないある日、バウアーの下に、アイヒマンが偽名を使ってブエノスアイレスに潜在しているという手紙が舞い込んだ。
しかし、いくら重大戦犯と言っても、海外に住む人間を直接逮捕する事は法律が許さない。
そればかりか、アイヒマンが捕まれば自分の名が彼の口から洩れるかもしれないと怯える人物達により、調査には多くの邪魔が入った。
バウアーは、腹心の部下1人と、地下情報網を駆使して、突破口を開こうと模索する。海外の情報機関とコンタクトする事は、国家反逆罪に問われかねないにも関わらず。
シュトゥットガルトのメルセデス･ベンツ社本部人事部長は、実は元親衛隊だった。彼に暗に圧力を掛け、アイヒマンがアルゼンチンのメルセデス･ベンツ社に勤務している事を突き止めた。
産業界の大会社にも、元ナチス幹部は蔓延っていたのである。
アイヒマン捜査がどういう結末を迎えたかは、既に歴史が教えてくれる事柄であるので、これ以上は言わない。
裁判の場で、何故このような極悪非道ができたのかの問いに対し、アイヒマンは、終始、軍隊における命令系統に従った迄だと答えた。
この辺りについては、映画『アンナ･ハーレント』が「凡庸な悪」という彼女の言葉を用い、「上意下達」しか考えない官僚的またはサラリーマン的仕組みが巨悪を生み得る危険を説いた。
当時のこうした西独の姿勢や、先進諸国の国益を優先する思惑が、現代のネオ･ナチ組織の拡大や、極右政党の躍進に繋がっていないと誰が言い得るだろうか。
民族や宗教による差別主義、排外主義の声の高まりは、ポピュリズムと称して軽んずる事はできない。
外にはそんな表情をおくびにも出さないが、世界には内心戦争をしたがっている輩がたくさんいる。
閉塞する世界の中で、戦争によってこそ突破口と爆発的な利益を同時に得られると、心中で機会を窺っている人物がたくさんいる。
日本では、第2次大戦以前の世に引き戻したいとする人達の動きがこれ迄になく高まっている。
その為には憲法を枉げて解釈、「集団的自衛権」を無理やり押し通し、自衛隊の派遣地で銃撃があってもそれは「戦闘」でないと言い張り、武器輸出ビジネスを可能な国にし、「共謀罪」で戦前の治安維持法下の監視社会を準備、多様な(政権に不都合な)思想を事前に排除しようとし、国民のまっとうな公開要求に対し「特定秘密保護法」で何かというとそれは国益の為に公にできないとか、真っ黒に塗りつぶした資料を出して平然としていたり、資料は処分してもう存在しないと当然のように主張したり、「教育勅語」を認めるような発言をしたり、「道徳」を評価科目としたり、それはもうキリがない。
これら全てAB政権の短い期間での「成果」である。
日本が今どれ程危険な道程を辿ろうとしているか、この映画を観てつくづく振り返った次第である。
アイヒマンは、バウアーが希求したようにドイツの開かれた法廷で裁く事はできず、彼を拘禁したモサド(イスラエルの情報機関)によって、エルサレムで死刑判決を受け、1962年に絞首刑されてしまう。これでは、1民族の復讐劇に終わってしまい、世界の教訓にならない、そうバウアーは思って地団太踏んだ。
しかし、バウアーは落胆する事なく、翌1963年にはフランクフルトでアウシュヴィッツ裁判(~1965)を開始している。バウアーは原告団を率い、収容所でホロコーストに関わった元ナチス親衛隊員21人を刑事訴訟した。
この700ページに及ぶ訴状と公判で、世界の人々は収容所で行われた事柄の気の遠くなる程凄惨な真実を知る事ができたのである。
監督･脚本 ラース･クラウメ
脚本 オリヴィエ･グエズ
撮影 イェンス･ハラント
編集 バーバラ･ギス
衣装デザイン エスター･ヴァルツ
音楽 ユリアン･マース,クリストフ･M･カイザー
出演 ブルクハルト･シュナイダー,ロナルト･ツェアハルト,リリト･シュタンゲンベルク,イェルク･シュットアウフ,セバスチャン･ブロムベルク 他
受賞 ドイツ映画賞作品賞/監督賞/脚本賞/助演男優賞/美術賞/衣装デザイン章,バイエルン映画賞男優賞,ロカルノ国際映画祭観客賞 他多数
2015年/ドイツ
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