10/22(木)、静岡文化芸術大学の授業〈文化と芸術C〉の聴講第4回。
テーマ；不協和音の解放
講師；上山典子
「シェーンベルクという事件」と言われた事もある、アルノルト･シェーンベルク(1874-1951)。
しかし、時代は進んだ。
当時「事件」と言われた音楽も、現代人には大分聴き易くなっているのではないか。ある心地好さをそこから聴きとる人もいるだろう。
事前に、音楽史の簡単な整理。
◆西洋音楽の音組織
・中世8,9世紀頃〜ルネサンス(1600年頃)＝教会旋法(「グレゴリアン･モード」)の時代
旋法は当初8種だったが、12種に大系化された。
・バロック時代(1600年頃)〜20c.初頭(1900年頃)迄、約300年間＝調性の時代
長調,短調による機能和声。
・1908年〜＝シェーンベルクによる調性崩壊の時代へ。これを「無調音楽」と呼ぶ。
「無調音楽」には、調的な中心音がない。
ex.調性の基本。ハ長調では、中心音(主音)ド、次に大事な音は5度上(属音)ソ、属音ソの次に大事なのはその1つ音下のファ(下属音)、主音ドの4度上という言い方もある。そして、ドとソとファそれぞれの上に和声が構築された。
「無調音楽」では、各音にこのような序列はなく、全ての音が対等の扱いとなる。
◆シェーンベルク 初期(19c.末〜20c.初頭)
シェーンベルクは1874年、ハンガリー国籍のユダヤ人として生まれた。
1918年、第1次大戦後オーストリア･ハンガリー二重帝国が崩壊、ハプスブルク=ハンガリーからチェコスロヴァキアが独立した為、自動的にチェコスロヴァキア国籍に。
第2次大戦後、アメリカに移住し帰化、米国籍へ。
米国ではアーノルド･ショーンバーグと発音された。
シェーンベルクはアカデミックな音楽教育は受けていない。
父親は靴屋だった、が、何故か子供3人とも音楽の才能があり、成長して皆音楽家になった。
若い頃は、ワーグナー,ブラームスに傾倒。特にワーグナー、後期ロマン主義様式の大編成管弦楽にはまる。
特徴；ワーグナーの半音階技法とブラームスの対位法を継承。
自作には、19世紀末の大編成オーケストラ作品と極端な小規模編成作品が並存している。
代表作；
・弦楽六重奏曲『浄夜』(または『浄められた夜』)1899年
ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』から発展した半音階語法。
デーメル(1863-1920)の詩にインスピレーションを得て創作。表現主義的性格も濃厚。
調性は曖昧だが、完全に無調ではない。二短調に始まり、ニ長調で終わるようにも聞こえる。
単一楽章で、5つの部分に分けられるが、切れ目なく続けて演奏される。約25分。
初演時は罵倒されたが、その原因はデーメルの詩のアンチモラルにある。その後再演され、シェーンベルクとしては最大のヒットとなる。後、弦楽合奏版を編曲。
第1部 月夜に林の中を歩く一組の男女が描かれる(≒二短調)
第2部 女の告白場面で、激しい心のうねりが表現される。
「私は身籠っているが、あなたの子ではない」。
第3部 月夜の中、女の不安な心境が描き出される。
第4部 男の告白が明るく感動的な響きで始まる。(≒ニ長調)
男の穏やかな声が女の苦悩を癒す。(チェロの音色)
「お腹の子は、自分の子だと思って産んで欲しい」。
第5部 明るい月夜の中、ヴァイオリンとチェロが男女のニ重唱を奏で、幸福に満ちた響きで曲が終わる。
表現主義では珍しいハッピーエンドである。
(→CD試聴��)
・交響詩『ペレアスとメリザンド』1903年
マーラーとR･シュトラウスの大規模管弦楽曲の路線を継承。
・『グレの歌』1901,11年
大管弦楽と合唱の為の交響カンタータ。約110分。
･『室内交響曲』1906年
15人の楽器の為の小規模編成の交響曲。大規模編成主義からの変化。
従来の3度でなく4度和声を基本にする。複雑な対位法的創作。
約25分程の単一楽章曲。≒ホ長調
15人は全員がソロであって、強い緊張が強いられる為、あまり演奏されない。
15の楽器の位置は、作曲者自身が図示しており、古典的なオーケストラ配置とは全く違う。
(→CD試聴��)
・5つの管弦楽曲 1909年
年代としては無調時代に入っているが、調性の残存を指摘する人もいる。
第3曲「色彩」は、実験的な音響効果の試み。いわゆる「音色旋律」の実践として音楽史上重要。電子楽器はまだ存在しない時代だが、古典的な楽器によって電子音楽の先駆ともなっている。
瞑想的な響きを聴かせようと意図しており、旋律線を聴衆に届けようと言う考えはない。
ピアニシシモ”ppp”があちこちに現れる。大演奏会場でこれは聴こえない筈。
この頃、シェーンベルク等は極小の私的演奏会で新曲を発表した。それを「初演」と言っても、一般聴衆は殆ど誰も知らないし、聴く機会もないのだが。(*)
(→CD試聴��)
(*)「私的演奏協会」
1904年に新聞に広告を出した「創造する音楽家協会」と同趣旨。
ツェムリンスキーと伴に組織した協会で、現代音楽の啓蒙活動の一環である。
その綱領には、以下のように書かれている。
・・・ (演奏会は)利益を上げる事を考えていない。
協会の目標は、芸術家、音楽愛好家に現代の音楽についての真の、そして正確な知識を伝えたい事にある。
この目標に到達する為に、協会は、定期的に、可能ならば毎週、現代音楽を演奏する協会の会合「協会の夕べ」を催す努力をする。・・・
一般大衆に理解させる事はもはや諦め、音楽評論家も締め出し、現代音楽の演奏会がブーイングの渦になる事を避け、会員の為の内的(私的)演奏会として「協会の夕べ」を開催した。会員には拍手も歓呼も禁止した。
1919〜21の3年間で117回の演奏会を開き、同時代の154作品を上演した。
若手の有能な演奏家を集め入念なリハーサルを行い、交響曲等の大編成曲は室内楽に編曲して演奏した。
会員数は最盛期400以上となったが、「協会の夕べ」コンサートに来るのは、作曲者を含め関係者20人程というのが実態だったらしい。
◆シェーンベルク 無調時代(1908〜21)
特徴；19世紀末、極端な半音階法ですでに不明確となっていた調性がついに崩壊。＝「不協和音の解放」
第1次大戦へと向かう不安定な社会情勢が反映されているととる人達もいる。
代表作；
・弦楽四重奏曲第2番 1908年
ソプラノ独唱付きの第4楽章(終楽章/約11分)で無調に突入。
歌手の声を入れる事で、無調が実現された(当初、古典的楽器のみでは無調化は困難だったという事か)。
(→CD試聴��)
・『月に憑かれたピエロ』1912年
3部構成、21の一連の歌からなる。歌詞は、ベルギーの象徴派詩人ジロのドイツ語訳版。
「私は感じる、どこか別の惑星の空気を」。
強い表現主義的色彩。
「シュプレッヒゲザング」技法の導入。Sprechgesang＝話し歌,話し声。ドイツ語シュプレッヒ＝英語スピーク。
作曲家の指示；楽譜に書かれた音高は近似的でいいが、記されたリズムは厳格に守って朗誦せよ。
同 第3部「月のしみ」約50秒
ピッコロの鋭い音が目立つ。
中央で前後線対称の構造。つまり、真ん中から後半は、前半を反転する、鏡仕掛け。
(→CD試聴��)
・3つのピアノ曲op.11 1909年
第3曲は無調で、主題ナシ。
(→CD試聴��)
傾向として、無調作品はどうしても短い曲になってしまう。古典の第1主題,第2主題,展開,再現、等という旋律線による構造を取りにくいからだ。
無調で且つ大曲を作る為にはどうしたらいいか。
シェーンベルクの悩み、これが、後の「12音技法」へ繋がる。
12音技法時代(1921〜51)については、後日、第2次大戦後の音楽の項で取り上げる。
◆シェーンベルクの10歳年下の弟子アルバン･ベルク(1885-1935)
シェーンベルクと、もう1人の弟子アントン･ウェーベルン(1883-1945)とで「新ウィーン楽派」を形成する。
代表作；
・ピアノ･ソナタop.1 1908年
この曲によりシェーンベルクからの独り立ちを許された。
調性と無調のギリギリの線上にある。人によっては、ロ短調のトーンを聴きとるだろう。
「ソナタ」だけに、一応古典的ソナタ形式は確保している。
強弱表現の書き込みが詳細に亘る。フォルテッシシシモ”ffff”が史上初めて印刷楽譜に記された。勿論これは絶対音量の指示ではない、前後相対的なものだ。
約10分。
(→DVD視聴 pf グレン･グールド / 1958年スタジオ録画)
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